57 / 61
前日譚。
そしてホリィは、それを見付けた。※グロあり。
しおりを挟む
とある漁村の若い夫婦に、子供が生まれた。
その子供は、くすんだ金髪にアイスブルーの瞳をした、大層可愛らしい赤ん坊だった。
将来はとても綺麗になるだろうと・・・
夫婦は、その子をとても可愛がった。
子供が生まれて、約二月程。
漁師だった父親の漁獲量が少しずつ増え、緩やかに暮らしが上向いて行った。
この幸せが続くのだと、夫婦はそう思っていた。
けれど、そんな若い家族を妬む者がおり・・・
※※※※※※※※※※※※※※※
その女は、近所に住む若い夫婦の旦那のことが昔から好きだった。しかし、彼はその女に振り向いてはくれなかった。
眼中にさえ入っていなかった。
彼は別の女と結婚し、やがて子ができたと近所に触れ回り、子供が生まれたのだと幸せそうに報告して来た。
生まれた子は元気だと言い、見せられたその子供は、とても可愛らしい子供だった。
幸せそうだった。
女はその様子が、彼の奥さんが、彼の子供が、とてもとても妬ましかった。許せなかった。
だから、そっと噂を流した。
「彼らの子供は可愛過ぎやしないか?」
「両親に似ていない」
「鄙びた田舎には美し過ぎる赤ん坊」
事実、彼ら夫婦は共に金髪ではなく、その瞳の色も青くはなかった。
毒を孕む噂を、尤もらしく・・・
「子供は彼らに似ていない」
「けれど、生んだのは・・・?」
「その子供は一体、誰の子だろうか?」
その噂を流した途端、あっという間に狭い漁村を駆け巡り、その夫婦があっさりと壊れて行く様が見て取れた。
女はその破綻を、歓んだ。
※※※※※※※※※※※※※※※
夫は妻を責め、誰の子だと詰る。
妻は泣き崩れる。
子供は泣き喚き、益々夫は苛立つ。
漁も段々と収穫量が減って行き・・・
夫が妻を詰るときに、手が出るようになるには大して時間は掛からなかった。
夫は妻を殴り、やがて酒浸りになり、漁へも出ずに妻を詰り続け、夫婦生活は破綻した。
妻はやがて、夫から逃げ出した。
※※※※※※※※※※※※※※※
女は自分の生んだ乳飲み子を抱え、行き先も知れぬ汽車へ飛び乗り、見知らぬ地へ降り立った。
無賃乗車で汽車から降ろされたが、女の殴られた痣を見た駅員は、そのまま女を見逃した。
冷たい氷雨が降る夜中。乳飲み子を抱え、女は見知らぬ土地を彷徨い歩いた。
潮の匂いはもうとっくにしていなかった。
暗い中を歩いて歩いて、子供が泣いて・・・
冷たい雨に打たれて、疲れ切って足が止まった。
薄く白んで来た空の、それでも昏い彼誰刻。
細く、切れ間無く降る氷雨。
そして女は、ぼんやりと思った。
この子供は、あの人の子供。
なのに、あの人はそれを信じてくれない。
この子を可愛いって、言ったのに。
けれど、この子はあの人に似ていない。
自分にだって、似ていない。
そう。似ていない。
全く、似ていなかった・・・
コレはナニ?
自分の胎から生まれた、けれど、自分にも夫にも似ていない生き物。
そう思ったとき、女の中で、なにかが切れた。
全部全部、この子が生まれたせいだ。
あんなに優しかった夫が自分の不貞を疑い、詰り、殴るようになった。
酒浸りになり、人が変わってしまった。
不貞を疑われ、狭い漁村であっという間にそれが広がり、女は村全体から白い目で見られた。
外へ出られず、かといって家にいれば酒浸りの夫へ口汚く詰られ、罵られ、殴られる毎日が酷く辛く、なにもかもがもう耐え難くなった。
それもこれも、全てこの…コイツのせい。
女は、じっと子供を見下ろした。
異様な雰囲気を察したのか、女の腕の中で子供が泣き出し・・・
そのとき、女の目の端に、キラリと鈍く光るモノが映った。道端に転がっていた、鋸。
「ぁ、は…ハハハ…ふふっ、フフフフフフ」
小さく笑うと、笑いが止まらなくなった。
女は笑いながら子供を地面へ置いて、鋸を拾った。
そして・・・
五月蝿く泣き喚く子供の首へと押し当て、ゆっくりと笑いながら、鋸を引いた。
「フフフフフフっ、アハハハハハっ…」
ぶちぶちと、柔らかい肉が切れる感触。
赤ん坊の泣き声が一際大きくなり、喉を切り裂いた瞬間、ヒューヒューと掠れる音へ変わった。
冷たい雨に濡れた身体へ、熱い赤が掛かる。それは熱く、勢いよく女の顔へ当たり・・・
「アハハ・・・っ!?」
冷え切った身体へ掛かった液体の、その思わぬ熱さに驚いた女は、ふと自分を見上げるアイスブルーの瞳と目が合った。
硝子玉のような、美しいアイスブルーの瞳が、じっと女を見上げていた。
「ヒィっ!?」
女はその視線に気付いたとき、心底怖くなってその場から逃げ出した。
一切振り返ること無く・・・
※※※※※※※※※※※※※※※
その日は、前日から冷たい雨が降っていた。
雨の日は、外へは行かない…筈だった。
けれどこの日、小さかったホリィはなぜか雨の中に、とてもいい匂いを嗅いだような気がした。
だからホリィは、夜明け前にそっと孤児院を抜け出し、そのいい匂いを探し歩いた。
一人で出歩いては駄目だと、厳しく言われていたが、そのいい匂いには抗えなかった。
そしてホリィは、それを見付けた。
とてもいい匂いの綺麗な赤を流している、布に包まれた、小さいなにか。
ホリィはそれに近寄り、そっと触れた。
熱くて赤い、綺麗で美味しそうな流れる液体。
それを流す小さな生き物を抱き上げ・・・
ホリィは、その傷口へ、そっと口付けた。
それから何時間が経ったのか・・・
いつの間にか、ホリィはあの子を取り上げられて、風呂へ入れられていた。
あの子は、病院へ連れて行かれたらしい。
ホリィは、あの子がとても心配になった。
あの子を見付けたのはホリィだ。
だからあの子は、ホリィのモノだ。
守らなきゃ、なぜかそう強く思った。
その子供はホリィの望んだ通り、ホリィ達のいる孤児院に引き取られた。
氷雨の降る寒い日に見付かったから、コールドという名前になったらしい。
「これからは、ずっとずっと、僕が君を守ってあげる。大好きだよ?コルド・・・」
ホリィは、自分の手元へ戻って来た小さな赤ん坊へキスを落とした。
その子供は、くすんだ金髪にアイスブルーの瞳をした、大層可愛らしい赤ん坊だった。
将来はとても綺麗になるだろうと・・・
夫婦は、その子をとても可愛がった。
子供が生まれて、約二月程。
漁師だった父親の漁獲量が少しずつ増え、緩やかに暮らしが上向いて行った。
この幸せが続くのだと、夫婦はそう思っていた。
けれど、そんな若い家族を妬む者がおり・・・
※※※※※※※※※※※※※※※
その女は、近所に住む若い夫婦の旦那のことが昔から好きだった。しかし、彼はその女に振り向いてはくれなかった。
眼中にさえ入っていなかった。
彼は別の女と結婚し、やがて子ができたと近所に触れ回り、子供が生まれたのだと幸せそうに報告して来た。
生まれた子は元気だと言い、見せられたその子供は、とても可愛らしい子供だった。
幸せそうだった。
女はその様子が、彼の奥さんが、彼の子供が、とてもとても妬ましかった。許せなかった。
だから、そっと噂を流した。
「彼らの子供は可愛過ぎやしないか?」
「両親に似ていない」
「鄙びた田舎には美し過ぎる赤ん坊」
事実、彼ら夫婦は共に金髪ではなく、その瞳の色も青くはなかった。
毒を孕む噂を、尤もらしく・・・
「子供は彼らに似ていない」
「けれど、生んだのは・・・?」
「その子供は一体、誰の子だろうか?」
その噂を流した途端、あっという間に狭い漁村を駆け巡り、その夫婦があっさりと壊れて行く様が見て取れた。
女はその破綻を、歓んだ。
※※※※※※※※※※※※※※※
夫は妻を責め、誰の子だと詰る。
妻は泣き崩れる。
子供は泣き喚き、益々夫は苛立つ。
漁も段々と収穫量が減って行き・・・
夫が妻を詰るときに、手が出るようになるには大して時間は掛からなかった。
夫は妻を殴り、やがて酒浸りになり、漁へも出ずに妻を詰り続け、夫婦生活は破綻した。
妻はやがて、夫から逃げ出した。
※※※※※※※※※※※※※※※
女は自分の生んだ乳飲み子を抱え、行き先も知れぬ汽車へ飛び乗り、見知らぬ地へ降り立った。
無賃乗車で汽車から降ろされたが、女の殴られた痣を見た駅員は、そのまま女を見逃した。
冷たい氷雨が降る夜中。乳飲み子を抱え、女は見知らぬ土地を彷徨い歩いた。
潮の匂いはもうとっくにしていなかった。
暗い中を歩いて歩いて、子供が泣いて・・・
冷たい雨に打たれて、疲れ切って足が止まった。
薄く白んで来た空の、それでも昏い彼誰刻。
細く、切れ間無く降る氷雨。
そして女は、ぼんやりと思った。
この子供は、あの人の子供。
なのに、あの人はそれを信じてくれない。
この子を可愛いって、言ったのに。
けれど、この子はあの人に似ていない。
自分にだって、似ていない。
そう。似ていない。
全く、似ていなかった・・・
コレはナニ?
自分の胎から生まれた、けれど、自分にも夫にも似ていない生き物。
そう思ったとき、女の中で、なにかが切れた。
全部全部、この子が生まれたせいだ。
あんなに優しかった夫が自分の不貞を疑い、詰り、殴るようになった。
酒浸りになり、人が変わってしまった。
不貞を疑われ、狭い漁村であっという間にそれが広がり、女は村全体から白い目で見られた。
外へ出られず、かといって家にいれば酒浸りの夫へ口汚く詰られ、罵られ、殴られる毎日が酷く辛く、なにもかもがもう耐え難くなった。
それもこれも、全てこの…コイツのせい。
女は、じっと子供を見下ろした。
異様な雰囲気を察したのか、女の腕の中で子供が泣き出し・・・
そのとき、女の目の端に、キラリと鈍く光るモノが映った。道端に転がっていた、鋸。
「ぁ、は…ハハハ…ふふっ、フフフフフフ」
小さく笑うと、笑いが止まらなくなった。
女は笑いながら子供を地面へ置いて、鋸を拾った。
そして・・・
五月蝿く泣き喚く子供の首へと押し当て、ゆっくりと笑いながら、鋸を引いた。
「フフフフフフっ、アハハハハハっ…」
ぶちぶちと、柔らかい肉が切れる感触。
赤ん坊の泣き声が一際大きくなり、喉を切り裂いた瞬間、ヒューヒューと掠れる音へ変わった。
冷たい雨に濡れた身体へ、熱い赤が掛かる。それは熱く、勢いよく女の顔へ当たり・・・
「アハハ・・・っ!?」
冷え切った身体へ掛かった液体の、その思わぬ熱さに驚いた女は、ふと自分を見上げるアイスブルーの瞳と目が合った。
硝子玉のような、美しいアイスブルーの瞳が、じっと女を見上げていた。
「ヒィっ!?」
女はその視線に気付いたとき、心底怖くなってその場から逃げ出した。
一切振り返ること無く・・・
※※※※※※※※※※※※※※※
その日は、前日から冷たい雨が降っていた。
雨の日は、外へは行かない…筈だった。
けれどこの日、小さかったホリィはなぜか雨の中に、とてもいい匂いを嗅いだような気がした。
だからホリィは、夜明け前にそっと孤児院を抜け出し、そのいい匂いを探し歩いた。
一人で出歩いては駄目だと、厳しく言われていたが、そのいい匂いには抗えなかった。
そしてホリィは、それを見付けた。
とてもいい匂いの綺麗な赤を流している、布に包まれた、小さいなにか。
ホリィはそれに近寄り、そっと触れた。
熱くて赤い、綺麗で美味しそうな流れる液体。
それを流す小さな生き物を抱き上げ・・・
ホリィは、その傷口へ、そっと口付けた。
それから何時間が経ったのか・・・
いつの間にか、ホリィはあの子を取り上げられて、風呂へ入れられていた。
あの子は、病院へ連れて行かれたらしい。
ホリィは、あの子がとても心配になった。
あの子を見付けたのはホリィだ。
だからあの子は、ホリィのモノだ。
守らなきゃ、なぜかそう強く思った。
その子供はホリィの望んだ通り、ホリィ達のいる孤児院に引き取られた。
氷雨の降る寒い日に見付かったから、コールドという名前になったらしい。
「これからは、ずっとずっと、僕が君を守ってあげる。大好きだよ?コルド・・・」
ホリィは、自分の手元へ戻って来た小さな赤ん坊へキスを落とした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる