誰が為の異端審問か。

月白ヤトヒコ

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前日譚。

なんだ、君こそ天使ではないか。※BL、虐待あり。

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 ※不快に思うような表現があります。

 ※同性愛者の方を貶めるような表現がありますが、そう言われていた時代の話です。無論、そのようなことは無いと思っています。

__________


 ボクは、教会で育った。
 両親の顔は知らない。

 教会で、ラファエルと名付けられた。
 天使様の名前を頂いたという。

 教会で育って、そのままなんの疑問も持たないで、ボクは修道士への道を進んだ。

 立派な司祭様になるんだと、思っていた。

 その、ボクが憧れていた敬虔な・・・司祭様に、犯されてしまうまでは・・・

 そういう噂があることは、なんとなく知っていた。けれど、まさか戒律違反の、地獄へ堕ちるとされている男色を、司祭様自らが・・・
 それも、ボク自身がそういう風に犯されてしまうとは、全く思っていなかった。

 初めて犯された夜は、怖くて怖くて怖くて・・・けれど、それは誰にも言えなかった。

 怖かった。裏切られた。恥ずかしかった。苦しかった。つらかった。痛かった。気持ち悪かった。悔しかった。助けて、ほしかった・・・

 汚い。ボクは、汚された。
 幾ら身体を洗っても、汚い気がした。
 汚い汚い汚い汚い汚い。

 辛くて、辛くて、辛くて・・・

 それで・・・

 助けを求めて・・・

 ボクは、更に絶望した。

 助けを求めたことは、全くの無意味だった。

 だって、ボクを犯したのは、ボクを庇護して守って来た、司祭様だったんだから。

 それ・・夜毎よごと続いて・・・

 何本もの手がボクをまさぐりながら言った。「お前が悪いんだ」「お前が誘うから悪い」「淫らなお前が悪い」「わたし達がお前の邪悪さを浄めてやろう」「そう、悪魔祓いだ」「お前を魔女として火刑にさせない為に」「これは全てお前の為だ」「お前の淫らさを鎮めてやっているのだ」「感謝せよ」「これまで育てて来た恩があるだろう」「誘ったのはお前だ」「お前が美しいからいけない」「白い肌」「美しい身体」「さあ、慰めてやろう」「淫らな身体」「お前が・・・」「お前は・・・」「お前の・・・」「お前に・・・」

 それ・・が毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩続いて・・・

 ボクは、ボクが悪いんだと、思うようになって行って・・・段々となにも考えなく、感じなくなって行った。

 そして、気付いたときには昼夜を問わず、ボクは彼らに弄ばれていた。

 彼らの劣情を受け止めさせられるボクは・・・

 物だ。

 なにも、感じない。

 痛くない。辛くない。

 なにも見ない。なにも聞こえない。

 なにも感じない。なにも感じない。

 なにも、感じない、から・・・

 気持ちくなんか、ないっ・・・

 ボクは、全ての思考を放棄した・・・

※※※※※※※※※※※※※※※

 そんなある日の夜、唄が聴こえた。

 なにも聞かないようにしていたボクの耳に澄んだ声の、美しい唄が響いて・・・

 優しい声の、子守唄。

 歌詞ことばの無い唄。

 眠れ。
 安心しろ。
 私が付いている。
 不安に思うことはない。
 さあ、ゆっくり目を閉じろ。
 お前が怖がることはなにもない。
 さあ、もう眠くなって来ただろう?
 ゆっくり眠るがいい。
 ほら、おやすみ。

 言葉じゃないのに、意味が伝わって・・・

 静かに、安心させるようなこえ、で・・・

 その唄が聞こえた途端、ボクを犯していた彼らが、糸が切れたように眠りに就いた。

 そしてボクは、汚れてくたくたの身体を引きるようにして、教会の外へ向かった。

 教会の井戸場にいたのは、美しく妖艶な女性。

「やあ、いい月夜だな。君も水浴びか?」

 美しく澄んだソプラノの声。月明りを照り返す淡い色の金髪に、どこまでも無邪気なアクアマリンの瞳。例えその全身が、真紅の液体に濡れていて、片手には血まみれの獣を引き摺っていようとも・・・

「ボクを、殺しに来た…の?」

 満月に照らされた彼女はまるで、断罪の天使様のように神々しく、ボクの目には映った。

 淫らな行為にふけることは、戒律違反。
 ましてや同性同士の性行為は、地獄に堕ちる。

「いや? なぜそう思う?」
「・・・ボク、が…司祭様達を、誘惑した魔女、で・・・貴方は、天使様じゃ…ないの?」
「ふっ、ハハハハハハハハハっ!? よりにもよって、私が天使っ!? 面白いことを言うな、君は? 残念ながら、私は天使などではない。どちらかというと、魔物のたぐいに当たるのだがな?」

 彼女は笑う。

「魔、物・・・魔女?」
「ククッ…まあ、魔性の女という意味では魔女と称されることもあるな」

 たのしげに言葉を紡ぐ彼女。

「まあ、まずはお互い、水浴びを済ませようじゃないか? 駄犬が満月で血に飢えてしまってな。大人しくさせる為、少々しつけをしたところ、血腥ちなまぐさくなってしまった」
「っ!?」

 彼女がなにを言っているかはわからなかったが、臭いと言われて自分の酷い格好を思い出し、ボクはとても恥ずかしくなった。
 すると、パチンと指の鳴る音がして、

「へ?」

 井戸から大量の水がのたりともたげ上がって、ボクへと襲い掛かった。

「ぅぶっ!?!?」

 溺れるかと思った次の瞬間、

「よし、綺麗になった」

 真紅がすっかり落ちて満足そうに頷いた彼女の、

「私はシンだ。さあ、君の名前は?」

 なぜか全く濡れていない白い手が差し出された。

「・・・ラファエル」
「なんだ、君こそ天使ではないか」

 それが、ボクとシン様の出逢い。

 そしてボクは、あの日・・・最初に犯された夜から数年間、自分の成長が止まっていたことにようやく気が付いた。

__________

 地獄へ堕ちるだなんて、全く思っていませんよ?
 そう言われていた時代の話です。不快に思われた方がいたら、本当にすみません。
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