【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ

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第四章 ゆるやかな変化

1 特別な日

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 この街に戻ってきた日は、駅のホームに降り立つなりじっとりと全身が汗ばむほどまだ暑かった。

 最近は、蒸し暑さが続くとはいえ、早朝や夜は少し空気が涼しく感じることも増えている。夏休みの後半、いつのまにか秋の匂いが近づいていた。

 悠也が家族旅行に行く、と言って数日家を空けた時は、なんだかいきなり、日常が静かになってのっぺりと過ぎていくように味気なく感じた。(最近浮かれてちっとも手をつけていなかった課題は、ものすごい勢いで進めておいた。)


 帰ってくるなり俺を散歩に誘って、明日の朝は待ち合わせしようぜ!と悠也が言い出したのは、風の心地よい夜だった。

「え、また?」
 俺が唐突な誘いに首を傾げると、悠也は力強くうなずいてきた。謎のやる気に満ちた目で俺を見つめてくる。

 俺たちの家からすぐそばにある、路地裏のこじんまりとした神社を待ち合わせ場所に指定され、俺はとりあえず、「わかった」とうなずいた。
 何だかやけに浮き足だったような様子でにやにやを抑えきれていない様子の悠也に、何やら企んでいるようだなと、内心思った。

 あんな何にもないところでなにする気だ?
 ガキの頃みたいに、あいつのすきなまつぼっくり集めでもする気だろうか、と一瞬思ったが、まだ拾いにいくには季節が早すぎる。夜でもないから肝試しってこともないだろうし…。

 翌朝、早い時間からウェストポーチに財布やハンカチを入れ出かける準備をしつつ、今日の服装はどうしようか、と考える。
 まあ一応待ち合わせだし、別にきっとただの散歩で、何もデートとかじゃないけど。

 ラフなジーンズの上にちょっと奮発して買ったパーカーを着る。古着屋だけどブランド品で、さまざまな色のパンツに合わせやすいすぐれものだ。

 朝はまだ爽やかな陽気で、日の光もちょっと心地いい。
 待ち合わせの神社にたどり着くと、錆びて古びた境内のベンチに悠也が座っている。落ち着かなさげに辺りを見回している小動物のようなその動きに、俺はひとりでに笑みを浮かべてしまう。

 悠也は俺に気づくとぱっと顔を輝かせ、にこにこと手を振ってきた。
 珍しく片手で手を振ってる、と思って視線をずらすと、右手に何か袋らしきものをもっていることに気づく。

 悠也は「おはよっ」 といつも以上に弾むような勢いで、俺に声をかけてくる。
 俺はなんだかこっぱずかしくなって「よっ」と言うのと、悠也が「じゃん!」と俺のほうに向け袋を差し出してくるのはほぼ同時で、 まるで歌声みたいに息が重なり合う。
 悠也はくすぐったそうに笑いながら元気よく、
「プレゼント!」
 と言って俺の胸に、やや小さな紙の手提げ袋を押しつけてきた。

「お誕生日おめでとう、かえで!」

 俺は全くもって予期していなかった出来事に、固まってしまった。

 そうか、俺、誕生日なのか今日。 そう思って目を瞬いたが、 どうも頭の整理が追いつかない。 今、俺は悠也から「プレゼント」と言われ、手提げ袋を渡されていて。それで、えーと…。

「へへっびっくりした~?サプライズ!」
 悠也は得意げに俺の目の前にVサインを突き出してきた。満面の笑みだ。なんだ、これは。こんなの、不意打ちだ。

「なん、え、覚えて、」
 やっとの思いで発語した言葉はぐちゃぐちゃだったしロボットさながらの固さだったが、それでも悠也には言いたいことが一応伝わったらしい。

「あったりまえだろ~!かえで21歳、だよな。成人してから初めて一緒のお祝いじゃん」
 俺はぽつりと、「そっか、忘れてた…」とつぶやいた。

 誕生日なんて、友人、というか誰かにちゃんと直接祝ってもらうのは高校以来だ。大学では夏休み中にわざわざ、俺誕生日なんだ!と誰かに言うこともなかったし (少なくともそういうキャラじゃない、自分からそんなこと言うなんて恥ずかしすぎる)母から バースデーカードと一緒に仕送りが届いて、そういえば今日か、とぼんやり思うくらいだった。

「な、かえで。いつもありがと」
「なんだよ急に」
 つい反射的に乱暴な返答をしたにもかかわらず、相変わらず悠也は嬉しそうな顔で俺のことを見てくる。

 やばい、めちゃくちゃ抱きしめたい。 いや違う、違くないけど。あーもうだめだ。
 悠也はきっと嫌がらないけど、こんな近所で真っ昼間から大の男が抱きしめ合ってるなんて、誰かに見られたら弁解の余地がない。息を一旦整える。

 身体中ぽっぽっとほてるような感覚の中、俺は悠也の肩にとん、とこづくように触れながら 小さな声でたずねる。
「…開けていい?」
「もっちろん!」
 俺はベンチに腰掛けると、ゆっくりと紙袋を開けた。綺麗なクリーム色を背景に、色とりどりの植物の絵が描かれた、しゃれた細身の包み紙が入っている。
 せっかく丁寧にほどこされたラッピングの包みが破れるのが嫌で、そうっと「For you」と記されたシールを慎重にはがす。このシールも、あとで勉強机に記念に貼っておこう、なんて浮かれた気持ちになりながら。

「え、」
 袋の中身もラッピングも悠也にしてはセンスが良すぎる、というか大人っぽいデザインなので、俺は手にとった贈り物をまじまじと見つめてしまう。

「これ、悠也が選んだのか?」
 そう言うと悠也は、恥ずかしそうに頭をかきながら、足をぶらぶらさせた。

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