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【人前に立つことが好きな人】

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・【人前に立つことが好きな人】


 ナッツさんとの作戦会議で、僕がすぐさま思いついたこと。
 それは宿屋で働く店員さん達だった。
 人前に立つことが苦では無くて、丁寧な口調もできる人は先生として適任だと思った。
 ただそれだと店員さんが一人減ってしまうので、代わりの店員さんも同時に見つけないといけないけども。
 ユラシさんとは毎日情報交換をして、どこまで教科書ができたかの話をしている。
 ある程度、見込みもついたらしいので、早速まずは代わりの店員さん探しを始めることにした。
 ナッツさんは小首を傾げながら、こう言った。
「でもどういう人が店員さんに向いているのかな?」
「やっぱり基本的にはやりたい人を探すということですかね。例えば、店員さんをやりたいけども、やらせてもらえていない人とかっていますか?」
「やらせてもらえていない人ねぇ、う~ん、大体みんな自分のやりたいことを自由にやっているから、やりたいことをやっていない人ってあんまりいないんだよねぇ。選択肢として”何もやらない”という選択肢もあるから」
 僕はう~んと唸ってから、こう言ってみた。
「例えば子供とか、まだ早いみたいなことを言われていそうな人を探すってどうですか?」
 するとナッツさんの顔とハートマークは一気に明るくなって、
「それはあるかも! 親が何もやらない人なら『何かすることは得しない』と子供へ言う人もいるから、その子供のやりたいことを制限する人はいるかも!」
 早速僕とナッツさんは、子供が遊んでいる空き地のようなところにやって来た。
 そこでナッツさんは人差し指を天に掲げながら、大きな声で叫んだ。
「宿屋の店員さんになりたい人はこの大きな雲の上に集まれ!」
 いや!
「雲の上には誰もいけませんから! 普通に僕たちの前に来て下さい!」
 ナッツさんとはずっと一緒に居て、結構大きな声でツッコむことができるようになってきた。
 いやそんな進化はどうでもいいんだけども。
 少し待っていると、1人の女の子が僕たちの前にやって来た。
「わたしも店員さんしたい!」
 ニコニコと笑っている女の子。
 すぐ愛想の良い子だと分かった。
 ハートマークもキラキラに輝いていて、本当に店員さんをしたいことが分かった。
 女の子は続ける。
「わたしね! 宿屋の店員さんがカッコイイと思うの! いつかあれになりたいと思っているんだ!」
 するとナッツさんの表情とハートマークが曇ってきた。
 何だろうと思っていると、ナッツさんが、
「そう言えば店員さんの枠が減らなきゃダメだよねぇ……先にこっちを決めて良かったのかなぁ……」
 いやでも
「店員さんだって休みたい日もあるかもしれませんし、その時の代わりって絶対いたほうがいいので、まだ枠のことを考える段階じゃないと思います」
「それなら安心だぁ!」
 そう言いながら僕の手を握ってきたナッツさん。
 それを見た女の子も僕の手を握ってきて、
「よろしくお願いします! 知らないお兄ちゃん!」
 と言ったので、僕は、
「僕はタケルといいます。君の名前は何ですか?」
「ノノ!」
 と元気に答えたので、これは店員さんに向いていると思った。
 早速僕とナッツさんとノノちゃんの3人で宿屋に向かって歩き出した。
 するとその道中で、この村へ最初に来た日に見かけた、杖の先端から大きな雪の結晶のようなモノを出している男性から話し掛けられた。
「おい、オマエたち、というかノノ、何してんだ」
「パパぁー!」
 そう言ってノノちゃんはその男性に抱きつきに行った。
 どうやら大きな雪の結晶のようなモノを出して、涼んでいるだけの男性がノノちゃんのパパらしい。
 ナッツさんは元気に手を振りながら、
「ノノちゃん! 早く宿屋に行こう! カタツムリのように!」
 と言ったので、僕はすかさず、
「いやセカセカと行きましょう!」
 とツッコんだ。
 ノノちゃんはパパから離れて、
「じゃあこれから宿屋に行くー!」
 と言って今度はナッツさんに抱きついた、ところで、ノノちゃんのパパが急に怖い目になりながら、こっちへ向かって叫んだ。
「宿屋なんて行くな! 子供は子供らしく空き地で遊んでろ!」
 ノノちゃんは肩をすぼませて怖がった。
 それを見たナッツさんが、
「いやノノちゃんは宿屋で働きたいんです。だから交渉に行こうと思うんです」
 と毅然とした態度で言うと、ノノちゃんのパパはすぐさま、
「ノノが宿屋で働きたいことは知っている! だけどもダメだ! 働いたって意味は無いからな!」
 僕は疑問に思ったことをそのまま聞いてみた。
「何で働いても意味が無いんですか?」
「働かなくたって働き者が食べ物を持ってきてくれる! だから何もしなくても生きていけるんだよ!」
「でもそれは善良な働き者のお方がいるだけですよ」
「それでいいじゃねぇか! それ以外に何がある!」
 ……確かにそれで成り立っているのであれば、これ以上口出しすることは無いのかもしれない。
 でもそれは
「ノノちゃんパパの話は分かりました。でもこれはノノちゃんの話なんです。ノノちゃんが働きたいのであれば、働くべきだと思います」
 それにナッツさんも応戦する。
「そう! ノノちゃんがやりたいことをやらしてあげるべきだよ! 親とノノちゃんは別々の人間なんだから! ね! ノノちゃん!」
 しかしノノちゃんはぶるぶると震えて怖がるだけで。
 だから僕はノノちゃんの手を握って、こう言った。
「大丈夫、自分のやりたいことをハッキリ言ってみよう。僕たちはノノちゃんの味方だから」
 するとノノちゃんは意を決した表情になり、ノノちゃんのパパのほうを向いて、こう叫んだ。
「わたしやっぱり宿屋で働いてみたい! 宿屋の店員さんは憧れなの!」
 ノノちゃんのパパは少し怯んだように後ずさった。
 僕は言う。
「何もしないことも選択肢としてあると思います。でもそれが何かする選択肢を壊すことはいけないと思います。何もしないなら何もしないらしく、反対もしないで下さい」
 ノノちゃんのパパは溜息をついてから、むしろ深呼吸をしてから、こう言った。
「なるほどな、何もしないでいることが好きなら反対もするなということか。これは一本取られたな。じゃあもういいだろう。俺はまたいつも通りここで雪の結晶を作って涼んでるさ。まっ、もし何もしなくてもいい仕事があれば手伝ってやってもいいぞ」
 そう言ってこっちに手を振ってから振り返り、また雪の結晶を出し始めたノノちゃんのパパ。
 嬉しそうに飛び跳ねるナッツさん、そしてノノちゃんは、
「パパありがとう! 大好き! また一緒に雪遊びするからぁ!」
 ノノちゃんのパパは一瞬振り返って、柔和な笑顔を浮かべた。
 さぁ、ノノちゃんのパパからも許しをもらったし、意気揚々と宿屋へ向かおう!
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