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【日常】

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・【日常】


 目が覚めた。
 というか寝ていたのか。
 デジタル時計を見ると、あれから1日すら経っていなかった。
 夜に寝て、今、朝起きただけ。
 あの異世界は全て夢の中のようになっていた。
 でもあの世界での記憶は全部あるわけで。
 朝起きてパパやママに挨拶して、朝ご飯を食べる。
 パパやママのハートマークは見えない。
 魔法はどうやら使えなくなっているみたいだ。
 でも今の僕には魔法以上に言葉を巧く使えるはずだ。
 そう思って学校へ行ったけども、急にクラスメイトと会話できるようになるわけではなくて。
 前よりも、昨日よりも、大きな声が出せるようになって、少し驚かれたけども、ただそれだけで。
 突然友達が増えるわけでもないので、結局あんまり喋らず今日の学校は終わった。
 分かっている、今を変えるには自分を変えなきゃいけないって。
 いやでも実際、キッカケが一切無い状態で自分から喋りだすなんてできないなぁ、と思いながら、家路に着いて、夕ご飯を食べて自分の部屋へ戻ってきた。
 テレビを見たり、スマホでお笑い芸人さんのユーチューブを見ていると、ママから呼びかけられたので、何だろうと思って部屋を出ると、
「今、学校から知らせがあったんだけども、急にこんな時期に転校生が来るんだってさ」
 6月という微妙な時期に転校生がやって来るなんて珍しいけども、これはチャンスだと思った。
 僕は転校生にいっぱい話しかけて友達になりたいと思った。
 まだどんな転校生かは分からないけども、これこそキッカケだと思って、僕は頑張ろうと思った。
 というわけで明日のために、どんなジャンルの話が来ても喋られるように、ネットで最新ニュースを調べてから眠りについた。
 早朝、目が覚めた時、僕は目をパチクリしてしまった。
 あまりにも今日の夢が生々しく僕の心の中に残っているからだ。
 僕がナッツさんの家にいて、ナッツさんが出掛ける準備をしている夢。
 僕がナッツさんの手荷物を鞄にまとめてからナッツさんに手渡すと、その僕の腕をそのまま引っ張って外へ出かけた夢。
 そこで目が覚めた。
 まあまだあの世界にいたことは昨日の今日みたいなところもあるので、ナッツさんの夢を見ることもあるだろうな、と思いつつ、僕は朝の支度をして学校へ行った。
 相変わらず教室では黙っているけども、転校生が来たらいっぱい喋るぞ、と心に決めた。
 ホームルームが始まり、先生が入ってきた。
「さて、今日は連絡した通り転校生が来ています。それではどうぞ、中に入ってください」
「はーい!」
 そう言いながら扉を開けて入ってきたのは女の子で、というかそれはまさしく、
「堀田夏と言います! 気軽にナッツと呼んで下さい!」
「ナッツさんだ!」
 僕はつい大きな声で叫んでしまった。
 そう。
 目の前にはなんと、異世界のナッツがいたのだ。
 他のクラスメイトたちは転校生を見ればいいのか僕を見ればいいのか困っている様子。
 ナッツさんは僕のほうを見ながら手を振って、
「タケル! 逢いに来たよ!」
 と言って笑った。
 クラスメイトたちは何々知り合い? みたいな感じでザワザワしている。
 先生もキョトンとしている。
 ナッツさんはニコニコしながら、
「今日からずっと一緒! 言うなれば、鳥と深海魚だね!」
 あっ、ボケた、の、ならば! 僕も思い切ってツッコむしかない!
 僕は意を決して、お腹に力を込めて、
「鳥と深海魚じゃ生きている空間が全然違うよ! 鳥が深海魚に会いに行ったらビチョビチョに沈むよ!」
 と言うと、クラスメイトたちがドッと沸いた。
 先生も何が何だかといった感じに拍手をしながら、
「じゃじゃあ、席もそこならちょうど追加できるし、岸本さんの隣に堀田さんは座って下さい」
 と言い、ナッツさんは教壇の前にあった机とイスを運びながら、僕の隣に置いた。
「これからよろしくね! タケル!」
「うん、よろしくっ、というか、ナッツさんだよね、どっ、同級生なの?」
「うん! だってタケルと一緒がいいからそうしたの!」
 明らかにナッツさんは僕たちクラスメイトよりも身長があったけども、まあそういう人もいるかと思えるギリギリのラインだったので、まあいいのかなと思った。
 先生はざわざわする教室を制止するように手を叩きながら、
「じゃあ今日の1限目は堀田さんへの質問タイムにしましょうか」
 と言うと、クラスメイトはさらにワッと沸いた。
 そこから一気にナッツさんへの質問が飛んできた。
「堀田さんと岸本さんって、いとこなのっ?」
 まあまずそこから入るだろうなぁ、と思った。
 ナッツさんはどう答えようか悩んでいるようだったので、僕が思い切って答えることにした。
「ナッツさんは僕の親戚の家の近くに住んでいた人で、向こうの親戚の家へ僕が遊びに行くと、一緒になって遊んでいた友達なんです」
「そうそう! それ!」
 と言いながら僕を指差したナッツさん。
 ナッツさんの表情を見ると、イマイチ分かっていないみたいな感じだけども、僕の言うことを全信頼してそう答えているといった感じだった。
 周りはまず一納得といった感じ。
 まあここを解決させれば、あとはナッツさんが自由に答えればいいだろうと思っていると、こんな質問がナッツさんへ飛んで行った。
「逢いに来たってどういうこと? 岸本くんのことを追ってきたの?」
「うん! そう!」
 あっけらかんとそう答えたナッツさんに僕は慌てた。
 だってそんなことする小学生なんていないから。
 そのナッツさんの答えに何だか生唾を飲み込んだクラスメイトたち。
 僕は急いで訂正、というか、
「いや! そんなことないでしょ! 親の仕事の関係って僕に昨日連絡してくれたじゃないか!」
 とツッコんだ。
 そう、ボケにした。
 するとクラスメイトたちはアハハと笑いながら
「面白ーい」
「仲良いんだね」
 と口々に言ってくれて助かった。
 ナッツさんがどうやってこの世界に来たのか、どうやってこの学校に編入(?)したのか、何から何まで分からない。
 そのくせナッツさんはこっちの常識では考えられないことを平気で言うので、正直僕は気が気じゃない。
 とにかくナッツさんが変なことを言ったら全部ボケ扱いしてツッコんでいったら、周りのクラスメイトたちが僕に対して、
「何か岸本さんも喋るね」
「うん、岸本くんも声が出てるね」
「というかタケルってツッコミとかするんだ」
 と言うようになってきた。
 それはそれでラッキーだと思いながら1限目は終了した。
 そのあともナッツさんをクラスメイトが囲むけども、その輪の中に僕も入って、ナッツさんが常識的に考えてありえないことを喋る度にツッコんでいった。
 するとナッツさん以外が、つまりクラスメイトがボケる時があって、それにも僕は思い切ってツッコむと、
「タケルのツッコミ何かいいな!」
 と言われて、何だか僕は照れてしまった。
 でもナッツさんをキッカケに僕はどんどんボケというボケにツッコんでいき、ナッツさんは勿論、僕も何だか今日は人気者みたいになれた。
 時間は瞬く間に過ぎていき、放課後になった。
 放課後はナッツさんが、
「今日はタケルと一緒に話したいことがあるから、みんなと一緒に帰れない!」
 と断って、僕とナッツさんの2人きりで、とりあえず公園へ行くことにした。
 近くの公園のベンチに2人で座って、僕は気になっていることを聞くことにした。
「ナッツさん、どうやってこの世界に来たんですか?」
「そりゃ勿論、大魔法使いになったからだよ! もうお豆くらいの大魔法使い!」
「お豆は小さいの象徴だけども。えっと、2日くらいで大魔法使いになったんですか?」
 僕がそう言うと、ナッツさんは大笑いしながら、
「そんなわけないじゃない! タケルがボケないでよ! 丸々3年掛かっちゃったよ!」
「3年もちょっと早いような気もするけども」
 と僕がポツリと呟くと、ナッツさんは満面の笑みでこう言った。
「だって私、早くタケルに逢いたかったもん。頑張って当然でしょ」
 僕に逢いたくてって……と思うと、急に何だか心の奥から熱くなってしまい、多分、顔が真っ赤になってしまったと思う。
 それを見たナッツさんもちょっと頬が赤くなってきて、よく分からないけども2人で笑い合ってしまった。
 ちょっと経ってから、僕はナッツさんへ、
「でも時系列はどうなっているんですかね、僕がこっちの世界に戻ってから2日後にはもうナッツさんが転校してきましたよ」
「それね! 私も組織の人から説明があって分かったんだけども、じゃあ話すね!」
 組織の人……? 一体何なんだろうか、と小首を傾げていると、ナッツさんが少し真面目な表情になって口を開いた。
「この世界にやって来たと同時に、知らない人が私の元へやって来て、話によるとこの世界の魔法使いを管理する組織だって言うの!」
「この世界って僕の世界のこと?」
「そう! タケルの世界に来たら、すぐさまここの世界の魔法使いを管理する組織が『魔力の反応があったから』ということで駆けつけてきて!」
 ということはこの世界にも魔法使いがいるということ……? そしてその魔法使いを管理する組織があるってまさか。
 ナッツさんは続ける。
「その組織の人がすっごい親切で、私がタケルの学校に行きたいと言ったら全部手続してくれたんだよ!」
 そう言って快活に笑ったナッツさん。
 何で学校に入れたかどうかも聞きたかったけども、これは数珠繋ぎで理由を知った。
 いやでも魔法使いを管理する組織って本当何かすごいな……僕はそれに関連することで1つ気になったことがあったので聞いてみることにした。
「魔法使いの組織って今もナッツさんのこと監視しているんですかね」
「う~ん、それは分からないなぁ、あんまり魔法を使わないでほしいみたいなことは言われたけども。あと大事件を起こすなとか、そんなところ。でも大事件は起こしちゃダメだよね! それは人間の基本!」
 そう言って拳を強く握ったナッツさん。
 まあそりゃそうだ、事件って起こしちゃダメなものだから。
 それとは別に最初から気になっていたことも聞くか。
「時系列ってどうなっているんですかね?」
「タケルは私の言いたいことを先回りしちゃって、先回ニストだね」
「そんなピアニストみたいに言われても、それならば先回リストでしょ」
「私は繊細なピアニスト気分でした!」
「大胆にボケていましたよ」
 と会話したところでナッツさんは両手をグッとしてから喋り出した。
「この世界と私の世界を最初に結んだのが私で、そうなると私が時系列の支配者になるんだってさ! 私が行きたい時系列に飛ぶことができるんだ! 勿論、戻ることはできないけどもね! って! 魔法使いを管理する組織の人が言っていたよ!」
「じゃあ100年後に繋ぐと自分で思って繋げば、100年後になっちゃうということですか?」
「最高1週間後だってさ、ちなみにもっと短くはできて。魔法使いを管理する組織の人がそこも自動で管理するらしいんだけども。この世界の魔法を管理する組織ってかなり強力なんだねぇ!」
「いやまずこの世界にも魔法があるということが驚きだけども」
 でもそうか、じゃあナッツさんが間違って100年後に設定してしまうことも無いということか。いや疑っていたわけじゃないけども。
 それならそれなりに安心して行き来できるのかもしれない、いや、
「じゃあ行き来できるということ?」
「勿論! ちなみに時系列の支配者は私が死ぬまで続くんだってさ! 私はまだまだヨボヨボじゃぁ~~~」
「いや元気ね! 急に老いるのは止めてよ!」
 するとナッツさんはピースサインをして、てへぺろした。
 それに対して僕は
「元気を表す行動がそれなんだっ」
「いやこれは可愛いでしょのサイン」
「何で急にそんなアピールを」
 と言いつつも、何だかドキドキしてしまう。
 いや何だかじゃなくて当然か。
 まず僕に逢いに来てくれただけでドギマギしてしまうのに。
 まあとにかく
「じゃあシューカさんとかにも会いに行けるということですね」
 と普通に言うと、ナッツさんは急に口を尖らせ、ムッとしながら、
「シューカさんに会うのは別にどうでもいいでしょっ、まあ会いには行けるけどもっ」
 と言ったので、何で少し不機嫌になったんだろうと思いつつも、そこはまあいいとして、
「いつでもいろんな人と会えて便利ですね」
 するとナッツさんはニカッと笑ってから、
「一番はタケルに逢えたこと!」
 と言って目を輝かせた。
 そんな純粋な瞳に僕はどうしたらいいか分からず、目を逸らしてしまうと、ナッツさんが駄々をこねるように体を揺らしながら、
「タケル! せっかく久しぶりなんだから、こっちを見てよ!」
「いや僕としては2日前に逢ったばかりだから」
「私は3年ぶりなの!」
 そう言って僕の顔を両手で掴んで、自分の顔のほうに向かせたナッツさんは、
「タケル……、……、……、なんでもない!」
 僕の顔から手を放し、顔を真っ赤にしたナッツさん。
 そりゃ顔を見合わせたら恥ずかしくなるもんね。
 僕は一呼吸開けてから、
「ナッツさんはこの世界に来てやりたいことはありますか?」
「やりたいこと……タケルと……じゃなくて、あっ、タケルと! お笑いがしたい!」
「すごい言葉がガクガクしていたけども、お笑いは僕もやりたいなぁ」
「言葉がガクガクしていたことは触れないで!」
 そう言いながら手で制止のポーズをとったナッツさん。
 いや別に言葉が出なくなることくらいよくあるので別に触れないけども、
「ナッツさんはこの世界のお笑いがどんなものか分かりますか?」
「魔法使いを管理する組織の人から教えてもらったんだけども、この国には漫才という面白い文化があるみたいだね!」
「漫才をもう知っているんだっ、それなら話は早いですね!」
「話は早いということはタケルも漫才やりたかったのっ?」
「はい! 僕もいつしか漫才ができるようになりたかったんです!」
 つい嬉しくて大きな声が出ちゃったけども、それに呼応してくれるのがナッツさんだ。
「じゃあ早速漫才コンビ結成ね! コンビ名を決めよう!」
「そこはもう普通にナッツとタケルみたいな感じでいいんじゃないんですかっ」
「魔法でいこう!」
「いや! 魔法使いを管理する組織的にそれは大丈夫なんですかねっ! まんま言っていますけども!」
 ナッツさんはう~んと腕組みしながら唸ってから、
「多分大丈夫でしょう! 魔法使いとは言っていないから!」
「まあ魔法という言葉くらいは普通にあるからいいかぁ」
「じゃあ早速漫才の練習をしよう! 腕が鳴るなぁ!」
 そう言いながらその場で立ち上がり、腕を回し始めたナッツさん。
 いや
「漫才ってまずネタ作りからしないといけないから」
「えっ、あれってアドリブじゃないのっ?」
「いやアドリブでやる人もいますけども、基本的な骨格はみんなありますよ」
「そうだったんだ! 道理で上手く繋がるなぁ、と思ったら!」
 ナッツさんはまた座った。
 僕は気になることを聞いてみた。
「ナッツさんってどのくらいこの世界について知っていますか?」
 するとナッツさんはあっけらかんとこう言った。
「いや全然知らない」
「それならまずナッツさんにこの世界の常識を教えていくことからしないとダメですね。お笑いって常識から外す行為だから、まず常識を知らないとダメですね」
「なるほど、確かにそうかもしれないなぁ」
「当たり前のことですけども、風の魔法で空を飛んじゃいけませんよ」
 僕がそう言うとナッツさんは笑いながら、
「それはさすがに分かるよ! 魔法はあんまり使っちゃダメって言われているから!」
「でも”あんまり”なんですね」
「そうそう、緊急事態の時は使ってもいいと言われたよ。でもあれだよね、タケルの魔法は使ってもバレないからいいよね、多分使っていい魔法だと思うよ」
「あっ、そのことなんですけども、どうやら僕は魔法が使えなくなったみたいで」
 と言ったところでナッツさんが大きな声で叫んだ。
「えっ! 使えなくなったのっ? 便利だったのに!」
「いやまあそうですね」
「いや念じるのが足りないんじゃないのっ? この世界は空気中に漂う魔力が少ないから魔法の威力が下がるらしいんだけども、そのせいで感度が鈍くなっていると思うんだ! だから本気で使おうと思ったら使えるはずだよ!」
 本気で使えるように、か。
 確かに本気でやろうとは思っていなかったかもしれない。
 それならば、と僕は強く念じてみることにした。
 フルパワーで人の、ナッツさんのハートマークが見えるように念じたその時だった。
 ナッツさんの胸にハートマークが見えて、赤と青のマーブル模様になっている色が見えた。
「見えました!」
 と言った瞬間から、ナッツさんのハートマークは真っ赤に光り、本当に見えていることが分かった。
「やった! タケルもまだまだ使えるじゃん!」
 とナッツさんが万歳をした刹那だった。
「失礼します」
 と言いながら僕たちの目の前に、突然人間が出現した。
 僕は急なことでビックリしてしまうと、ナッツさんは普通にこう言った。
「あっ、この地区担当の人」
 担当の人、ということはもしかすると、
「魔法使いを管理する組織のお方ですか?」
 その突然出現した人は僕のほうを見ながら、
「ナッツさんから話を聞いているということは、貴方がナッツさんがこの世界に来た理由、タケルさんということですね」
 僕は少し困惑しながらも、
「えっとぉ、じゃあそういうことなんですね……」
 と中身の無い台詞を吐いてしまうと、その人は喋り出した。
「はい、私はいわゆる魔法使いを管理する組織の者です。新しい魔力を感知したのでやって来ました。タケルさん、ですよね、タケルさんの魔法は一体どういう魔法か私がスキャンしてもよろしいでしょうか?」
 と言ったところでナッツさんが、
「というかスキャンをOKにしないとバトルになっちゃうよ!」
「いやナッツさん、ちょっとバトルになったんですかっ」
「私はちょっとだけバトルになったよ!」
「なっちゃダメですよ、ダメですよね? 組織のお方。僕は全然スキャンしてもらって大丈夫です」
 組織のお方は頷きながら、
「それなら話は早いですね、ではスキャンさせて頂きます」
 と言って僕のおでこに手を当てると、すぐさま
「分かりました。面白い魔法ですね」
 と答えた。
 僕はまず気になることを聞いてみた。
「何か僕に対して制限を掛けたりすることはありますか?」
「いえ、その魔法なら制限を掛ける必要も無いので、好きに使っても大丈夫です」
 それに対してナッツさんが口を尖らせながら、
「いいなぁー、ズルいなぁー」
 と言った。
 組織のお方は、
「ケガを治す魔法などなら使っても大丈夫なんですけどもね」
 と言ったので僕はシューカさんは使ってもいいということか、と思った。
 組織のお方はビシッとしっかり立つと、
「それでは失礼します。あまり魔法使いを管理する組織があることを大っぴらにしないで下さい。ではでは」
 そう言って組織のお方は忽然と消えてしまった。
 まるで忍者みたいだなと思った。
 日も暮れ始めていたのでそろそろ僕もドロンかなと古い言葉が思い浮かんだところで、ナッツさんが、
「じゃあこっから日常会話だね!」
 とニコニコしながら言ってきた。
 いやでも
「そろそろ夜になっちゃうから一旦家に帰ろうか」
「じゃあそうする!」
 直前の台詞から考えられないほどあっさりしていたけども、まあそういうこともあるかと思って立ち上がり、自分の家路に着こうとすると、ナッツさんが僕の斜め後ろをピッタリついてくるので、僕はそっちを振り返って、
「ナッツさんの帰る家もこっちなんですか?」
「ううん、今日はタケルのおうちでお泊まりでしょ?」
 と当たり前のように言ったので、僕は首をブンブン横に振りながら、
「それはダメだよ! 急に僕が女の子を連れてきたらおかしくなったと思われるよ!」
「そういうもんなの?」
「そうそう! この世界ではそういうもんなの!」
 ナッツさんは不満げな表情をしたけども、
「じゃあ明日の朝、またこの公園でこの世界の話を聞かせてよ」
「というか時計とかスマホって持ってるの?」
「時計はあるよ、スマホというモノはまだ持っちゃいけないって魔法使いを管理する組織の人が言っていたから受け取っていないよ」
 そういう順序みたいなものがあるんだろうな、と思いつつ、
「じゃあ明日の朝5時頃にはもう明るくなっているから、僕も早起きしてさっきの公園にやって来るよ」
「やったぁ! 朝はたっぷり会話できるねぇ!」
 と嬉しそうに手を叩いたナッツさんは、
「バイバイ!」
 と言ってその場で踵を返し、僕が今歩いてきた道の逆を歩きだした。
 ナッツさんの家は多分真逆だったんだ。
 僕も
「バイバイ、また明日」
 と言ってその場は分かれた。
 家に帰ってきて、僕はすぐさまベッドに飛び込んで、布団を被った。
 何か体を押さえつけていないと心臓がどこかへ行ってしまいそうだったから。
 まさかナッツさんがこの世界にやって来るとは。
 しかもこんなに早く。
 いやまあ時系列の支配者とか言っていたから、本当は3年で、でもこっちの時間では短くて。
 これからナッツさんと日々が楽しみだ。
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