その日暮らしの自堕落生活

流風

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ユウキとベビーカステラ

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※王城でのお話です。



 召喚され、王城の奥で優雅に暮らしていた時とは違い、新人騎士達との地道な鍛錬が始まる。
 夜明けとともに起きて、筋トレ。腕立て、腹筋、背筋、スクワットと続けていく。そんなのやってる奴はたくさんいるだろうと思われるかもしれないが、事務職だったユウキにとっては骨や筋肉がきしむような痛みに耐えながらのトレーニングだ。思うようには進まない。少しやっては休憩。それを何度も繰り返すことになる。

 筋トレが終わると外にある演習場に向かう。
 新人騎士団とともに模擬戦を交えた鍛錬をする為だが、実際は一緒というのは正しくない。あまりのユウキの体力のなさに指導役の騎士は早々に教えることを投げ出してしまっていた。
 仕方なく、ユウキは一人演習場の片隅で鍛錬を行うことになった。
 行う鍛錬は素振り。ただの素振りとはいえ、腕が上がらなくなるまで素振りを行って、休憩。それをずっと繰り返す。

 恨み言が頭の中に溢れる。召喚されなければ俺は幸せな人生を歩んでいたはず。幸せだったであろう自分の未来を妄想し恨みを深める。それを繰り返しながら模擬刀を振るが、それは声として出る事はない。言った後に何をされるか分からず、怖いからだ。

 肌は日に焼け赤くなっている。いつまでこの生活が続くのかと考えても無駄だと分かっていてもどうしても考えてしまっていた。


◇◇◇



「ユウキ、少しお時間良いですか?」

 第一魔導師団に配属となり、30代となってから受ける本格的な訓練。魔導師団だから肉体的トレーニングは控えめだと聞いていたのに、正直ついていけない。魔法での戦闘にもある程度の基礎体力は必要となるため、それなりのトレーニングは行うのだ。
 走り込みを終えたばかりで喋るのも辛い状態となっているユウキの所へ、元指導担当のノエリアが訪れた。少し離れて魔導師長の姿も見える。

「訓練、頑張っているようですね」

「はい…。ノエリアさんに教わった通りに頑張っています」

 誘拐紛いに勝手に召喚しておきながら、この扱いは酷すぎる。本当はそう叫びたいが、意に沿わぬ行動をすると何をされるかわからない。逆らう勇気が出ず、へらりと笑いノエリアの望むであろう言葉を吐いた。

「私があなたにしてあげられることはもうありません。あとは自力で頑張ってください。これは頑張っているユウキへのせめてものプレゼントです。最近流行のお菓子ですよ。甘い物は疲れた体に良いですから、訓練終わりにでも食べてください」

 ノエリアから渡された紙袋を覗くと、ベビーカステラが入っていた。魔導師長とどこかへ行く途中、これを渡すためにわざわざ寄ってくれたのだろうか。ノエリアさんは愛想はないが根本的に優しい人なんだろうな。
 先程までのノエリアへの怯えを忘れてユウキは気分が浮上していった。

「ベビーカステラだ…。懐かしいなぁ……。嬉しいです。ありがとうございます」

 しかも、くれたものは懐かしい食べ物。
 日本にいた時、祭りの屋台でよく買って食べていた物だ。好きで必ず買っていた。妻と2人、花火を見ながら食べていたのを思い出す。この世界に来て半年以上…もうすぐ一年になろうとしている。久しぶりに日本のものに触れた気がして泣きそうになる。
 一つ口に入れると、甘い味は同じだが、生地の食感は少し違っていた。ユウキの知ってるベビーカステラはもっとホットケーキに近いかんじだ。家でもたこ焼き機とホットケーキミックスで作っていたのを思い出して涙が出る。

「懐かしい?それはあなたの世界にあったものですか?」

 気付かぬ間に魔導師長がそばまで来ていた。あまりに気配を感じなかったため、びっくりして涙も引っ込んでしまった。

「は…はい。よくお祭りの屋台とかで売られているものです。簡単なので家で作る人もいますが」

「ノエリア、それは最近流行り出したものだと言いましたね?」

「はい。北東の方から流れてきたお菓子だと聞いています。貴族達に人気で、私も今回初めて見ました」

「そうですか…」

 しばらく考え込んでいた魔導師長だったが、不意に顔を上げユウキに指示を出した。

「ユウキ、あなたに任務を命ずるようになると思います。部屋で待機していてください」

「え?あ、はい」

 去っていくノエリアと魔導師長にユウキは叫ぶ様に問いかけた。

「あの!茜と真衣はどこにいるんでしょうか?」

 その問いかけに、魔導師長はゆっくりと振り返って応えた。

「あなたとは違う任務についていますが、2人とも元気に働いていますよ」

 そう答え去って行った。ノエリアを見るが、下を向き一度もユウキと顔を合わせる事なく去って行った。

 嫌な予感がする。胸の中がザワザワする。
 かと言って、この場から逃げ出して知らない世界で1人生きていく勇気も出ず、静かに与えられた部屋へと戻って行った。
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