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悪意
しおりを挟む月影草を採取し終え草原から帰ると、妙に騒々しい。門から見える街中はいつもの騒がしさとは少し違う喧騒に包まれていた。
街の入り口から見える、通りを行き交う冒険者達や住民の様子は、例えるなら祭りの露店に浮き足立っている子供のようだった。
(……なにかイベントでもあるのかな?)
首を傾げつつ街へと入るための列に並ぶ。そこから周りを観察していると、いつも街の入り口で通行人の検査をしている門兵の人と偶然目が合った。
ちょうどレイの順番が来たためか、人の良さそうな笑顔でちょいちょいと手招きされて、少し戸惑いながらも近寄ると門兵の人は話し慣れた様な口調で教えてくれた。
「今、行商団一行が来ててな、中央広場を過ぎた辺りで露店やってるだろうからお嬢ちゃんも行ってみたらどうだい?珍しいものも結構売ってるから見るだけでも楽しめるぞ」
「へえ、そうなんですか」
「あぁ。だが、王都に行く途中でたまたま寄っただけみたいだからな。長居はしないみたいだ。今日行っておくのがオススメだな」
だから街がいつもと少し雰囲気が違うのか。心惹かれる露店という名に、依頼の達成報告を済ませてから見に行ってみようと即座に決めた。
ギルドで採取終了の報告を終え、ついでに買い物用のお小遣いを稼ごうと、ストックしていた魔物を解体に出した。露店が楽しみで仕方ないといった感情がモロに表情に出ていたらしく、解体のおじさんに微笑ましいものを見る目をされた時は恥ずかしかった。
「おぉ…」
中央広場に向かうと、いつもとは違う光景が広がっていた。
通常ならば余計なものは置いていない広い通りは、両端に露店がずらっと立ち並んでいて、がやがやと商人や冒険者の売り買いする声で賑わっている。
どうやら地元商人も便乗して露店を出しているようで、天幕を張った露店にしてはしっかりとした作りの店から地面に布を敷いてその上に商品を並べるだけの簡素な店まで、様々な露店が様々な商品を売っている光景はとても心躍るものだった。
中央広場を抜けてすぐにある露店では、食べ物類が売っていた。そこで聞き覚えのない名前の串焼きを一本と果実水の二種類を買って、少し離れた人気のない場所でフィオと2人で串焼きを頬張った。肉は噛むと肉汁が溢れ、前歯で簡単に噛み切れる柔らかい肉だった。
「これ、美味いな!柔らかくってじゅわっと肉汁が滲み出て、程よい塩気の後に肉の旨みが広がってくる!この果実水も美味しいぞ。ほんのり甘いのにスッキリとした酸味と爽やかな香りがいいな!」
いつの間にか料理研究家のような批評を語り出したフィオをほのぼの眺め、2人ともが食べ終わったタイミングで次の店を目指して立ち上がった。
食べ物関係の店で、他国への移動時の非常食を買い込んだ。その店を通り過ぎると取扱商品は戦闘や旅の際に役立ちそうな道具に変わり、どれも結構良い値段がしたから買わなかったけれど、多種多様なアイテムは見るだけでもとても楽しくて、特に豪華な装飾を施した武器や防具を見た時はすごく感動した。
気付けば太陽はだいぶ傾いてきていて、街の雰囲気は夕暮れの気配へと移ろうとしていた。
けれどまだ露店が店を閉じる気配はなく、夕食を食べて帰るつもりなのか、だいぶ人は少なくなったが、通りはまだまだ賑わいを見せていた。
あと数件で露店が立ち並ぶ通りを抜ける位置まで来た時、今までとは雰囲気の違う露店に視線が引き寄せられた。
その露店は他が地べたに布を敷いた簡素な作りで商売をしている中、同じ様に地べたに商品を並べつつ、その後ろに入り口の閉じられた立派な天幕が構え、横にはこれまた立派な馬車が停められていた。
簡易の天幕なのだろうが、素材や装飾が周りとは違っている。
よほどの行商人の露店なんだろうか、疑問に思いつつ興味が湧き、自然と足がそこに向かうと、商品の前で店番をしていた男と目が合った。
「おや、可愛いお客さんだな、何かお探しかい?」
「あ、いいえ。ちょっと気になっただけで」
特に何か買おうと思ったわけではないレイは冷やかしの客と違いないので、ちょっと申し訳なく感じながらも言葉にすると店番の男は構わないと言って豪快に笑った。どうやら気のいい人みたいだ。その言葉に甘えて地面の敷き布の上に並べてある商品の傍に屈んでそれらを眺めた。
小さめのナイフや簡素な装飾の施されたアクセサリー類、綺麗な装飾の施されたマントやシンプルなランプ、統一性が全くない品揃えは返って心躍るものだった。商品についている値札を見てもそれほど高い値段は付いていないから、一個二個買っていこうかなという気持ちが湧いてきてじっと商品を見つめた。
「お、何か買ってくれる気になったみたいだな。それならお嬢ちゃん、ついでにこれ食べてみなよ、オススメだからさ!サービスだ!」
店番の人はそう言って紙で包んだ小さく綺麗なグレープ味の飴のような物を差し出してきた。
それを受け取り太陽の明かり照らすと、ほんのり透けていて綺麗だった。
(へぇ。こんな綺麗な飴、この世界に来て初めて見たな)
店番の人に勧められるままレイは飴を口に含み、舌でころころと転がすと甘い味が口の中に広がる。
美味しい。露店を回って疲れた体に糖分が染み渡る。つい顔が緩んだ。口に含んだ飴玉は、徐々に甘さを増してきた。ただひたすらに砂糖を煮詰めたような甘ったるさで、果実の風味もない、これといった特徴の無いひたすら脳が甘いと感じる味へと変わっていく。
(この飴、何味なんだろう?)
グレープでもイチゴでもない。つい、日本で食べてた飴の味に似たものがないか考えていると、
「っ、…… 」
頭上から冷水を被った様に一気に熱が冷めた。浮かされた思考が戻り、反動なのか胃の辺りが少し気持ち悪い。頭がふらつく。まずい!咄嗟に自身に解毒の魔法をかけて持ち堪えた。
……なにこれ、飴に毒でも含まれてたの?
「……お嬢ちゃんどうだい、美味しいかい?」
飴玉を食べた時から変わらない体勢のままでいるレイに、店番の男がゆっくりとした口調で声をかけてきた。さっきまでは人の良さそうな声色に聞こえた筈なのに、今はその声に這い寄る蛇の様な印象を受けた。
ーーー 私に何をしようとしたの?
ーーー こわい
最近、いい人とばかり接していたから忘れていた。人の良い笑みの下に隠した悪意があることを。
魔物もいる世界。殺し殺される世界である事はわかっていたつもりだ。それでも、身近な人達は良い人が多くて忘れていた。異世界に来てから初めて人に害された事実に、レイは恐怖を感じた。
飴を食べたままの体勢で固まっていたレイに、店番の男が手を伸ばしてきた事に、反射的に後ろに飛びのいた。そしてそのまま走って宿まで逃げ出した。そのレイに従う様にフィオも店番の男をひと睨みして走り去った。
「おい、どうしたんだ?」
「いや、今、上玉の少女がいたんだが、逃げられたよ」
「おい、ここで騒ぎを起こすなよ。荷物がばれたらややこしいからな」
「はいはい。わかってるよ」
店番の男は商品を仕舞いながら、しかし惜しかったな。あの毛色は高く売れただろうに……。そう考えながら、店番の男は舌なめずりをした。
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