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嫉妬、執着、怒り爆発
しおりを挟むエリックが立ち去り、代わりに入ってきた侍女2人を確認した後、レイはソファで大人しく座り現状を確認する事にした。
さっきまでと違いシン…と静まり返る部屋。
ソファは割と大きめで、ふかふかと座り心地がいい。そのソファに体を預け深く息をつく。
頭痛を何とかしないと考える事もできない。体の気怠さは薬のせいだろう。多少の怠さは覚悟しておかなくてはならない。
まずは情報を整理する必要があるが、とりあえず現状わかっている事は、拉致監禁された事、このままだと王太子の婚約者にされる事、フィオが確実に怒っているであろう事。
(弱ったな…絶対に言われる。『ダラダラせず、身を守る魔道具を作るか、とっとと移動しとけばよかったんだ!』って。その後に長い説教が待ってるだろうな。フィオ、怒ったら昭和のお母ちゃんみたいになるからなぁ)
監禁時間が長くなればなるほど、フィオの説教が長くなる事は目に見えている。しかも、のんびりさせてもらえず、もっとベッタリになって…トイレもついて行くなんて言わないよね…?フィオって心配性というか、過保護というか…。う~ん…
よし、脱走しよう。
そう決断しソファから立ち上がると、酷い立ちくらみでガクリと再びソファに舞い戻る。
どうやら、先程までの気を張った状態が体調の悪さを上回っていたらしい。
落ち着けば胃が重く、頭が痛い。自分が思っていた以上に不調だった。どんな薬使ったんだと思わず舌打ちしてしまう。
「レイ様、お茶でもお淹れ致しましょうか?」
侍女がソファで項垂れているレイを案じて声をかけてきた。
この場所での飲食は大丈夫なのだろうか。毒でも盛られたらお終いだが、今、この城内にレイを害する理由を持つ者もいないだろう。
「……いただきます」
とりあえず侍女にお茶をもらい回復に努める事にした。毒を盛られてたら、盛られてた時だ。その時考えよう。ヤケクソと言うべきなのか、レイは開き直る事にした。
ため息を吐き出しながら視線を彷徨わせる。
今いる部屋を改めて見てみると、今まで見たことのないような、豪華だけど毒々しさのない部屋だった。洗礼された文化の美しさを感じる様式でまとめられている。
窓はないが、一つの壁を占拠するように本棚が設置され、たくさんの書籍が収納されていた。
室内を静かに観察していると、そっと目の前にティーカップが置かれた。
「レイ様と一緒に召喚された方々が好んでいた茶葉です。レイ様のお口にも合えばよろしいのですが…」
「……3人の好みの?ひょっとして、3人もこちらに?」
「はい。レイ様の捜索隊として参加されてましたので」
「……そう。 ありがとう、美味しいわ」
侍女はレイの言葉にニコリと笑って下がっていく。入れてくれたお茶は赤みがかった色でフンワリといい匂いがする。一口飲むと爽やかな香りと味が体に広がり気持ちが良かった。
「今、何時くらいなんですか?」
窓がないから、朝なのか夜なのかすらわからない。
「もう夜ですよ。ちょうどご夕食の時間ですが、レイ様の体調が戻りましたら、何か消化に良さそうな物をお持ちしますね」
夜かぁ。誘拐されて何日目の夜なんだろうか。フィオは大丈夫かな…。ロイやトーマスも無事だろうか。体調が戻ったら魔法ぶっ放して逃走するか。3人は……ま、自力でなんとかするか。
ゆっくり紅茶を飲みながらソファでまったりしていると、
ドンッ
と、外から何かがぶつかるような大きな音がした。その後は特に異変はない。
訝しみながらも、侍女の1人がドアへ、もう1人はレイを庇うような位置へと動いた。
「レイ様は少しこちらに…」
侍女がレイを奥へ誘導しようとしたその時、
バンッッ!!!!
ドアが吹っ飛び、それに巻き込まれるように侍女の1人も飛ばされる。火魔法を使ったのか何かが燃える匂いと煙の中、現れたのはアカネとマイだった。
般若のような形相とは、こんな顔の事を言うのだろうな。日本にいた時はあれだけ綺麗にしていたのに…。伸びた髪の毛を一つに結び、簡素なワンピースを着て化粧っ気のない顔をしている。
その2人の後ろには動かなくなった騎士らしき姿が見える。ドアとともに吹っ飛んだ侍女も血を流し動かない。
ここまでの凶暴性はなかったはずなんだが。
レイを庇うように前に立っている侍女をそっと押しのけ、レイは二人に声をかけた。確実に目的は自分だとわかっているから。
「佐藤さん、綾瀬さん、お久しぶりね。なかなかド派手な登場で驚いたわ」
レイの声に反応したかのように、ギラッと睨みつけてくる2人の魔力が増大する。
「なんなのよ!アンタ!そんな若返って!!身なりも綺麗にして、なんの苦労もしてませんって格好!ふざけんな!」
「しかも王太子の婚約者って!私達なんて娼婦扱いなのに!騎士団長や魔導師長も愛してるって言ってくれてたのに…アンタが奪ったんでしょ?!」
ーーー知らねぇよ。
そうか。王太子妃の座を狙ってる人間には恨まれる立場なのか。まったく興味がないから思いつかなかった。それにしても嫉妬でここまで暴れたのか?信じられない!
確かに大変な目にあったのだろう。娼婦まがいのことをしてると言ってたし、女の尊厳は傷つけられただろうか。
(だがしかし、何故私を恨むんだ?!こっちじゃないだろ?誘拐紛いの召喚をした奴らだろ??なんだよ?王太子妃の座を奪われた事の怒りがそれを上回るのか?ただの八つ当たりか?)
レイはそっと溜息をついた。やっぱりこの人達、嫌いだ。
「知らないわよそんなの。私だって苦労したんだから。それよりもアンタ達の魔法で怪我をした人がいるのよ。その人達をよく無視できるわね」
「そんな下賤な人間の事なんて知らないわよ!私達は聖女よ?いちいち気にしてらんないわよ!」
「そうよ!それなのに…なんで?なんでなのよ?」
この世界に呼び出され、きっと最初は『聖女サマ』とチヤホヤされたんだろうな。そして、この世界で生きていく覚悟を決めた途端に、周りの人間の態度が変わってしまったんだろう。
きっと、『いらない人間』と烙印を押されたような気になったんだ。彼女達がこの世界に来て失ったのは、元の世界の人間関係や未来だけではなく『人としての尊厳』も失ってしまったんだろうな。
それ以前にこの人達は、この世界をきちんと現実として受け止めていたのだろうか?
「気に食わない!アンタみたいな地味で色気のない女がどうしてなのよ!ふざけんな!ふざけんな!!ふざけ…」
叫べば叫ぶほど、興奮するほど魔力がどんどん膨らんでいくのがわかる。その圧に隣で侍女が冷や汗をかいている。
風船が爆破するみたいに暴走しないよね?心配になったその時、
ガンッッ!!!
一人の騎士が横向きに吹っ飛んできてアカネとマイを吹っ飛ばした。思わずビクッと体が揺れる。さっきから何なの?!
そう思った時、
「レイ!!!」
視線の先には真っ白な大きな狼が立っていた。
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