その日暮らしの自堕落生活

流風

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兵舎の中へようこそ

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 回復魔法をかけた途端、レイの腰を押さえていたダリルの腕に、ギュッと力がこもったのがわかった。
 
 たった今、アウルベアを討伐したのか、背後ではギルマスを中心に「よっしゃーっ!勝ったー!!」と歓声が上がっている。

 そんな声を無視し、レイの腰を抱いたまま、ダリルは力強く立ち上がった。さっきまで死にかけていたのに、縦抱きの子供を抱える時の抱き方で軽々と抱え上げた。

 レイを抱え上げて、とどめを刺されているアウルベアに一瞥もくれることなく、門のほうに足を進め始める。

「自分で歩けるよ……?」

「さっきかなりきつい攻撃受けてただろ。俺はレイに治してもらったからもう平気だけど、レイはそうじゃないだろ」

 いや私もちゃんと回復したから。それに、ダリルを下敷きにしちゃって、かなり打撃軽減されてたから大丈夫なんだけど。
 どうしようか逡巡しているレイの耳にダリルは口を寄せ、

「……それと、さっきの治癒魔法については後で説明してもらうからな」

 小声でボソッと呟かれた一言にグッと変な声が出ただけで返事はできなかった。それでも、この様子だとダリルが皆に喋ったりすることはなさそうだと、密かに安堵した。

 いまだ喜びの雄叫びをあげているギルマスや兵達を視界の隅に入れながら、でもさっきまで瀕死だったダリルに抵抗する気も起きずに、レイはその格好のまま門番たちの詰所まで連行されてしまったのだった。

 



 普通なら入ることがないであろう門番の詰所に、レイはお子様抱っこされたまま連れてこられてしまった。

 映画で見たような石造りの詰所内部を見るのが新鮮で、あたりをきょろきょろしていたら、部屋の隅にアウルベアを引き連れてきた冒険者達が縛られ転がされている姿が見えた。

 捕まったんだと、ほっとして顔を上げると、ダリルの肩越しに視線を向けられている事に気づいた。

 捕らえた冒険者達を監視している人、詰所で休憩していたらしい兵士さん達が、興味津々でレイとダリルを見ている。

 そう、見られてる!

「ダリル。真昼間から可愛いお嬢ちゃんを誘拐して服をぼろぼろにするのはどうかと思うぞ」

「「違う!!」」
 
 真顔で声を掛けてくる兵士の一人に、レイとダリルは声をそろえて突っ込んだ。
 というか外ではあれだけ警笛が鳴って騒いでいたんだからわかるだろ。
 周りはニヤニヤしながらこっちを見ているから、揶揄われてるのはわかる。ちくしょぉおおっ!


 それにしても詰所内部は平和なんだな。

 退治し終えた事もあるかもしれないが、すでに外の喧騒が全く分からない。

 そんな疑問をダリルにぶつけたら、門番はあれで結構神経を使うらしい。だからしっかり休憩しないと気もそぞろになって、失態を犯すとそのままそれが街の治安悪化につながるから、本当の緊急事態でもない限り中には外の様子はあまり伝わってこないんだとか。

 確かに門番って楽そうに見えて全然楽じゃないと思うけど。
 
「とりあえず、治癒室に行こう。それとレイの服は見られたものじゃなくなってるから、着替えをしないと」

「え、大丈夫です」

「女の子なんだから、そんな格好はダメだ」

 アイテムボックスに着替え入ってるんだけどな。抱っこされたまま、どうしようか逡巡する。

 奥に向かう廊下を歩き、ずらっと並んだドアを見て、ここから先って衛兵のプライベートルームじゃないかと気付くと、すぐ近くのドアを開けて入って行った。

 部屋に入ると、ベッドと本棚と薬棚と机があり、机の前には白髪の髪を短く刈った筋肉モリモリのおじいさんが座っていた。

 壁際にある薬棚には薬瓶がびっしり詰まっていて、とても興味深い。アルコールの臭いがするのは、やはりケガの多い仕事だから消毒用に度数の高いアルコールを置いているせいだろうか。

 「グルルッ」と鳴き声が聞こえて下を見ると、アルコールの臭いがダメなのか、フィオが顔に皺を寄せていた。
 
 それでも薬師をしているレイにとっては、この世界の医療現場が見れるのは嬉しい。抱っこされたまま興味深くキョロキョロしていると、白髪のおじいさんが首を傾げながら近寄ってきた。

「ダリル……貴様は昼間から何を……」

「俺じゃない!」

「ま、そうだろうな」

 はっはっはっと笑いながら診察用のベッドをペシペシ叩き、「診察するからお嬢ちゃんを早く寝かせんか」とダリルをせかすが、見る表情がどこか面白いものを見るようで、苦虫を噛み潰したような表情のダリルとの対比で、あぁ、頭が上がらないんだろうなとよくわかる。

 そっと優しくベッドへとおろしてくれたが、交換されたばかりとわかる真新しいリネンの上に、血と土まみれで上がり込むのも気が引けると狼狽えていると、「子供が気をつかうんじゃない」と頭をひと撫でして寝かしつけられる。

(中身は大人……いえ、なんでもないです)

 このムキムキ筋肉に逆らってはいけない。そう思って診察台で大人しくする事にした。

「儂はローエン。この兵士集団のかかりつけ医をしている。診察のために嬢ちゃんの体に触るがいいかな?大丈夫。怖いことは何もないからな」

 安心させようとしているのか、シワの目立つ顔でニッと口角を上げて笑いかけてきたが、顔にある古傷と、医師とは思えない筋肉のせいでむしろ怖い。子供は泣くんじゃないか?と思ったが、そこは中身4○歳のレイ。むしろ好感度が上がったなと思いながら、肯の意味を込めて頷いた。

 触診をうけたレイはまあ当たり前だが身体に問題なしと診断される。そもそも何か問題があるならダリルに回復魔法かけた時に自分にもかけたのだから、治っているだろう。

「問題がなくて良かった。じゃあ、何か服を……」

 ダリルがそこまで言った時に、コンコンとリズム良くドアが叩かれた。

「なんじゃ?開いとるぞ」

 ガチャ

 ローエンが返事をすると、遠慮するかのようにそっとドアが開いて、ダリルと同じ装備を見にまとった男性が顔を出してきた。

「少しよろしいですか?」

「なんじゃ、副団長か。珍しい」

 ローエンに副団長と言われた男性はミルクティ色の髪をツーブロックショートにした、他の門番達と比べて細身の20代にしか見えない男性だった。
 その副団長と共に長く伸びた赤髪を後ろで一つ結びにした大柄な女性が入って来た。この女性がネフライトの冒険者ギルドマスターなのだが……。

(うっ……、嫌な予感がする)





 レイがアッテムト国から隣の帝国へと移動して3ヶ月。

 帝国の辺境の地であるフルオール辺境伯領ネフライトの街に住居を手に入れて『フィリップの雑貨屋』にのみ商品を卸す薬師の仕事をしている。


 レイが召喚者である事を知っているのは、辺境伯であるヤイコブ・フルオールと、その孫でありネフライトにて雑貨屋を営んでいるフィリップ、そして冒険者ギルドのギルドマスターをしている女傑イルマの3人。

 その3人以外には召喚者である事がバレないようにしようと思っていたのに、ついついダリルに回復魔法を使ってしまった。

 レイのように回復魔法が使えるものは珍しい。だからこそ、王家や貴族といった者に気づかれて、いいように利用されないよう、回復魔法が使える事が露見しないよう、ひっそりと生活していこうと考えている。
 日本にいた頃の、会社での人間関係に疲れ、仕事に振り回されて……といった生活に戻る気はない。気ままに採取に行き、調合し、販売し生活する。のんびりとした今の生活を手放す気はない。


 だからこそ、今目の前で苦笑しながらレイを見つめるギルドマスターと、ニコニコ笑顔の副騎士団長を前に、レイはこの場をどう切り抜けようかと考えていた。







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