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8.楽しそうなほうがいい
しおりを挟む一日中雨が降ってジメジメする日、晩メシを買って帰ったら下着姿のリディが困った顔で出迎えた。
「……なんかあったのか?」
「服が乾かなくて」
「替えがあんだろ?」
「……ない、です」
「は?」
「一枚しか……」
「ねぇの? 早く言えよ。必要なモンは買うって言ったじゃねぇか」
「すみません」
うつむいて小さな声で謝るから慌てる。
「怒ってねぇ。違うから。あー、ほら、俺も気づかなかったからな、悪ぃ」
「……いいえ」
服なんて見てなかった。すぐ脱がせちまうし。
「買わねぇとな。いや、人間用なんて売ってんのか?」
「あの、自分で縫うので布だけあれば大丈夫です」
「わかった。明日買ってくる」
「ありがとうございます」
「メシ食うぞ。座れよ」
「はい」
リディがいつまでも俯いてて気まずいから、メシだと言って座らせた。薄パンを両手に持って静かに食ってるリディを眺める。
肉がデカいと食いにくそうだから、肉が小さいやつを買ってやったときに初めて笑ったんだよな。もっと笑えばいいのに、あれっきりだ。
「どうだ?」
「美味しいです」
「もっと食えよ」
「一つで充分です」
「食わねぇから小せぇんじゃねぇか?」
「…………私は小さくないですよ」
「小せぇだろ」
「人間の女の中では大きくて頑丈なほうです」
「そんなんで? すぐ折れそうじゃねぇか」
「荷馬車の中で私が一番大きかったでしょう?」
「知らねぇ。いちいち見てねぇし」
リディが驚いた顔でたくさん喋ってる。初めて見る顔だ。もっと喋りゃいいのに。
「頑丈だって?」
「そうです。力もあるし、大人になってから病気もしたことありません」
「そんな弱ぇのに? 人間てそんな力ねぇのか」
「……獣人と比べるとそうですね」
「頑丈で良かった」
「そう、ですか」
リディが珍しく俺を見てる。それがなんか嬉しくて笑った。
「これ以上弱ぇと力加減しなきゃいけねぇじゃねぇか。そんなん面倒くせぇから、リディで良かった」
目を丸くしてたリディが、ふわっと笑った。胸がキュッとなって一瞬息が止まる。口を押えてる小さい手を握りたくなった。
「……なんだよ」
「また、面倒だって」
可笑しそうにそう言って、小さく息を吐いた。
俺はたまんなくなってリディを抱き上げ、ベッドに連れ込んだ。リディの匂いを嗅いだら、もう我慢できねぇ。
リディの口を咥えて舌を捩じ込んだ。口の中を味わいながら、焦って服を脱ぐ。リディの下着も脱がせて抱きしめた。
俺の手の中の柔い胸を揉みしだく。乳首は硬くなってんのに、体は強張ったまま。さっきまで俺を見てた焦げ茶の目はきつく閉じられてる。
ほんのちょっと前の親しさがぜんぶ消えてなくなっちまった。なんでだよ。だって笑っただろ。俺はこんな、こんなたまんねぇのに。
「なぁ、なんでだよ。そんな嫌か?」
自分でも思ってみないほど落ち込んだ声が出た。
「……違います」
「じゃあなんで、そんな、ずっと、ジッとして」
ガキみてぇだな、俺。バカみてぇ。笑ったからって喜んで。
ぐちゃぐちゃだ。
「いえ、あの、だって、……変じゃないですか?」
「なにがだよ」
「その、私が、声とか出したら」
「は? 人間てそうなのか? 動かねぇ決まりでもあんの?」
「え、いえ。えーと、だって、私って女っぽくないでしょう?」
「どこが?」
「体が……ゴツイ、から」
「はぁ? こんな小せぇのに?」
「え? あ、そうか。比べたら、そうですね」
「それだけか?」
「……はい」
リディが困った顔のまま、目をパチパチしてる。まだなんかあんのか?
「……もしかして、気持ち良くねぇ?」
「えっ、あっ、その」
「……力強すぎたか? 痛ぇとか」
「……たまに、少しだけ」
「言ってくれよ……」
力加減もできてねぇバカな自分に嫌気がさして、ため息が出た。こんなんで反応しろったってムリだよな。
力が抜けてシーツに倒れ込んだら、リディが焦った声を上げた。
「さっ、最近はっ、気持ちいい、ので……大丈夫です」
「……ホントかよ」
「本当ですっ」
「ぜんぜん反応してねぇだろ」
「それは、その、我慢して」
「我慢? なんの決まりだよ」
「……恥ずかしくて」
わけわかんなさすぎて、呆けてリディを見てたら、みるみる顔を赤くした。手で覆って俺から顔を背ける。
あ、耳も赤い。人間てこんな顔色変わんだな。思わず感心した。
「人間ってすげぇ顔色変わんだな。なんで赤ぇの?」
「……恥ずかしかったり、熱があると赤くなります」
「恥ずかしいって、なにがだよ?」
「っ、く、……き、気持ちいいことにっ慣れてないから、恥ずかしいんですっ!」
「経験ねぇわけじゃねぇよな?」
「あった、ですけどっ、気持ち良くなかったんですっ」
「あー? よっぽどヘタクソなヤローだったのか? そいつ」
「…………っ、……ふっ、ふふふっ、あはは、……んふっふ」
リディがいきなり笑いだして面食らった。手で顔を覆ったまんま吹き出して笑ってる。
何が面白いのかわかんねぇけど、楽しそうだからいいか。
「ふふっ……、そう、そうですね、下手くそだった、ふふふ」
「俺は?」
「下手くそじゃない、と思う」
「じゃあ、我慢しねぇで反応しろよ。どこがいいかわかんねぇだろ。人間なんか触ったことねぇんだから」
「……できるだけ」
顔を覆った手から、笑ってる目だけのぞかせて俺を見た。
あぁ、これだ。こういうの。こんなふうに楽しそうなのがいい。
リディの手を握って顔の横に降ろし、白い産毛が生えてる頬に鼻づらを擦り付けた。
「なぁ、リディ、俺を呼べよ。リディ」
「……ジェイク」
リディの囁きが耳の毛を撫でて、全身の毛が逆立った。
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