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17.もういいや Side リディア
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次の日も何もしないで寝ていろと言われ、その通りベッドの上で過ごした。夕方にはゆっくり動けばふらつかなくなり、そう伝えたら安心したように笑った。
用意してもらったご飯を食べて、また苦い薬を渡される。むりやり飲み干した私の目の前に、ジェイクがスプーンを差し出した。
「口開けろ」
言われた通り開けた口の中へスプーンが入れられた。中でトロリと蜂蜜が広がり、濃厚な甘さが薬の苦みを消していく。美味しくてモゴモゴとスプーンを舐めたらジェイクが笑った。
「旨いか?」
私は何度も頷く。ジェイクは小さな蜂蜜のピンにフタをして机に置いた。
「体洗うか? 洗ってやる」
「自分で」
「何もしねぇから」
そう言って自分の服を床に脱ぎ捨ててから、私を抱き上げてシャワー室に入った。洗って拭いてくれるのは嬉しい。けど、自分は体をブルブルして水気を飛ばしただけって呆れてしまう。そのまま歩くから床に濡れた足跡がついてるし。
「……ジェイクも拭いてください」
「わかったよ。リディはもう寝ろ」
私を布団でくるんで、尻尾からしずくを落としながらシャワー室に戻っていった。
胸がざわざわする。
蜂蜜は薬を苦いと言った私のため。ジェイクの優しさ。風邪を引いた妹や弟に一匙の蜂蜜を食べさせる母親。私がもらえなかったもの。
役に立つから求められる決まり切ったことと、手にしたことのない優しさ。同じものと違うもの。
何をどう受け取ったらいいのかわからなくて混乱する。目を閉じてゆっくり息をした。
もういいんじゃない? 優しいから。それでいいんじゃない?
そのまま眠り、朝起きたらジェイクが覗き込んでいた。
まだ寝てろと言いジェイクは仕事に行く。私はいつもよりゆっくり動いて、掃除と洗濯をした。帰ってきたジェイクは心配そうにしてたけど、私は平気だと笑ってみせる。
だって役に立たなくなったら捨てるでしょ?
でもこれはただの意地かもしれない。
笑った私の様子に安心したのかベッドの中で髪を撫でる。
「調子は?」
「大丈夫です」
「……いいか?」
「はい」
そう返事をしたらすぐに口の中に入ってきた舌を今まで通り迎えた。
荒い息も熱心に動く舌も私を好きだからじゃないけど、蜂蜜をくれる優しさが私を捉まえて離さない。耳元で熱っぽく名前を呼ばれると嬉しくなるのも止められない。それが悲しくて胸が痛み、涙がこぼれた。
終わって落ち着いたジェイクが涙を舐めとる。
「リディ? ごめん、辛かったか?」
「大丈夫です。体がびっくりしただけです」
「リディ」
ジェイクは私の名前を呼んで頬ずりをする。私はジェイクの背中をそっと撫でる。今まで通り平穏に過ごしたかったら、今まで通りにしたほうがいい。
5日後にまた魔術師がやってきた。
今回は前より少ない血の量でジェイクが止めた。それなのに、このあいだより震えてる気がする。ぼんやりした頭で水を飲んでたら、真っ暗になった。
目を覚ましたらジェイクが泣きそうな顔で私を覗き込んでいた。
この顔は見たことある。買われたばっかりのとき泣いてたっけ。あれは後遺症が良くなって嬉しかったのかな。それだけ辛かったってことか。
安心してもらうために笑ってみたら抱きしめられた。今はまだ私が必要みたい。
そのあとも何日かは起き上がるとクラクラした。
こないだよりも戻りが遅い。私はぼんやりすることが多くなった。頭も体も働かない。ジェイクは私を抱きしめて眠る。
「後遺症があるんですよね? 舐めないんですか?」
「調子が戻ったらでいい」
「大丈夫ですか?」
「これぐらいなんともねぇ」
「そうですか」
何もしなくていいから寝てろと言う。私の食事を準備して仕事に行く。帰ってきたら大丈夫か聞いて、シャワーに入ろうとすると抱きかかえて洗ってくれる。
何もできてない私にも優しい。
『リディアが寝てると家の中が片付かなくて。早く元気になってね』
『まだ調子悪いの? 厄介ねぇ』
『いつまで寝てるんだ? ちゃんとしてないから風邪なんて引くんだ』
『それぐらいの熱なんかたいしたことないよ。私はもっと高くて大変だった』
静かに寝ていたいのにそんなことばっかり。そのうえ、寝てるならいらないわねって私の分の食事がないから、自分で用意しなきゃいけなかった。
『動けるんじゃない。怠けたいだけだったの? 家族のことも考えてちょうだい』
『自分ばかり楽しようとするな』
『やっぱり、たいしたことないじゃない』
誰も心配してくれない。働かないって言われるだけ。悲しかった。最後に風邪をひいたのはいつだったかな。成人したてくらいだったかしら。熱があるけど仕方なしに働いてたら、嫌々するなって言われたっけ。
「リディ、大丈夫か?」
頬を撫でられて目を開けたらジェイクが見つめていた。あれは夢か。嫌な夢。
体を起こしてジェイクに渡された水を飲むと、スッキリした。
「ありがとうございます。スッキリしました」
久しぶりに目が覚めた感じがする。
私を抱きしめるジェイクの大きな体に、力を抜いて寄りかかった。
何も言われずに、ただ心配されるって幸せ。寝てるときに撫でられるのも幸せ。
そういうふうに好かれてなくたっていいじゃない。こんなに優しいんだから。本当に大事にされてるんだ、私。
嬉しいのに涙が出る。
そうなの、幸せ過ぎて欲張りになってしまった。いいの、私だけが好きで、それでいい。大事にされてるってわかるからいい。
役に立つ私で良かった。そうじゃなかったら買われてないもの。これできっとよかったんだ。そばにいるのが、何かできるあいだだけだっていい。もう充分にもらってるから。
そう考えると少し気持ちが落ち着いた。素直にありがとうと思え、もらったものと同じくらいジェイクにお返ししたくなる。
もっと何かできないかな。それに、役に立つ私になれば、優しくしてくれるジェイクもバカにされなくなるかもしれない。
「ジェイク、私にできることありますか?」
「調子が戻ったら抱くから、メシをもっと食えよ」
「お腹いっぱいです。このシャツ臭いですね」
「……別のシャツ着る」
「毎日同じシャツ着てちゃダメですよ」
「うるせぇなぁ」
ジェイクは脱いだシャツを床に放り投げて、私の隣に寝転んだ。抱きしめて鼻を擦り付けてる。
「洗濯物入れに入れてください」
「こんだけうるせぇなら大丈夫だな」
ふっと息を吐いて笑い、私の頭を撫でた。その優しさに勇気をもらって一歩踏み出す。
「ジェイクの後遺症ってなんですか?」
「……鼻が利かねぇんだ」
「匂いがしないってことですか? 不便ですね」
「あー、人間はそうかもな」
「人間と何か違うんですか?」
「俺たちは匂いで見てんだよ。人間だったらそうだな、耳が聞こえねぇ感じか?」
「え、あの……舐めてください」
「リディの調子が戻ったら舐める」
「もう大丈夫です」
「……なんかなぁ」
「なんですか?」
「いや、いい。明日にする。寝ろ」
「はい」
ジェイクの腕の中は温かい。お腹の毛は柔らかくて気持ちいい。
いつも抱きしめるのは不安だからかもしれない。耳が聞こえないって怖いと思う。だから薬の私を抱きかかえてるんだろうな。
目をつむって静かに息をする。聞こえてきたジェイクの寝息で肩の力が抜けた。
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