誰がための香り【R18】

象の居る

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番外編1 尻尾の意味 Side リディア

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 忙しくて楽しい結婚式だった。ジェイクの家族がみんなよくしてくれてホッとした。
 妹さんはジェイクが人間と結婚することに驚いて、面白がっていた。
 運動が苦手な妹さんはお爺さんに叱られてばかりだったらしく、『ムカつくから、逆に人間と仲良くなってやるって思ったんだけど、周りにいなかったんだよねー。もうどうでもいいんだけどさ、せっかくだから仲良くしよー』と言って、楽しくお喋りしてくれた。

 私の家族は死んで借金のカタで売られたってことにしたから、誰からも過去を聞かれずに済んだ。悪口しか出てこないから、わざわざ聞かれたくない。
 それにしても、『リディ以外はどうでもいい』って。可笑しくて可笑しくて。愛されたくて気をひきたい私をいいように扱って踏みにじった人たちも、ジェイクにかかれば『どうでもいい』に変わる。前は私が『どうでもいい』存在だったのに。
 あんまり可笑しくて思い切り笑ったらサッパリした。

 家族が死んだ人なんてたくさんいる。私もその中の一人になっただけ。すごく気が楽になって、体まで軽くなった気分。ジェイクと私だけ、それだけでいいなんて本当に嬉しい。

 これから二人で暮らしていくから、今度は相手のことちゃんと知ろうと思ってジェイクを観察したり、わからないこと聞いたりしてる。獣人のことは分からないから、思い込まないようにしなくちゃ。
 最近気になってるのはジェイクの尻尾。たまに揺れる。フサフサの尻尾が動くと可愛いからもっと揺らしてほしいと頼んでみたら、揺らしてないと言い張って誤魔化された。

 なんだろう? なんかそんなにダメなことなのかな?

 恥ずかしいことならしつこく聞くのもよくないから、代わりに職場や街中で尻尾を観察する。
 気づいたのは小さい子供は揺らすけど、大人は揺らさないってことだった。ジェイクがあんなに誤魔化したのは子供っぽいから?

 ある日、職場の食堂で大声出してる人がいた。研究が上手くいったらしく喜んでいる。良かったなと見ていたら、その人の尻尾が勢いよく振れているのに気づいた。

「わかるなぁ。あれは何ものにも代えがたいから」

 一緒に食事をしているマークもその人を見て、微笑ましそうに頷いてる。

「そうみたいですね。尻尾が揺れるって何か意味があるんですか?」
「えっ? あー、そうか、わからないよね。オオカミ族の尻尾は嬉しい時に揺れるんだよ。でも大人になったら揺らさない」
「なんでですか?」
「小さい子はどこでも泣きわめくけど大人はしないでしょ? それと同じ」
「へえ。じゃあ、あの人は嬉し泣きをしそうなくらい嬉しいってことですね」
「そういうことだね。嬉し過ぎて抑えられないって感じかな」

 ジェイクの尻尾が揺れたときを思い出しても、そんなに嬉しそうには思えなかったけど。今度からはよく見てみよう。

 いつも通り屋台で晩ご飯を食べて朝ごはんを買って帰ってきた。屋台のご飯が美味しくて先延ばしにしてたけど、お料理も覚えなきゃと思う。

「こっちのお料理を覚えたいんだけど、お義母さんに教えてもらえるかな?」
「んな面倒くせぇことしなくても買えばいいじゃねぇか」
「でもほら、子供できたら離乳食とかあるでしょ?」
「あ、まあ、そうだな」

 フサっとした尻尾の先が目に入って、揺れてるからだと気づいた。ジェイクの表情は変わらずに斜め上を見てる。
 嬉しいのかわかんないな。

「小さいと毎日出かけられないし」
「ああ」

 フサっとまた揺れた。

「子供ほしい?」
「あー、まあ、どっちでもいいな」
「あ、でも、人間とのあいだに子供ってできるの?」
「……でき辛いって聞いたかもしれねぇな。まあいいじゃねぇか。うるせぇし」

 ジェイクが優しく私の頬を撫でる。これは彼なりの慰め。
 私はジェイクの手に自分の手を重ねて頬ずりした。

「うん。ジェイクがいたら幸せだから」

 フサフサ。
 小さく揺れる尻尾に喜びがこみ上げる。私の言葉を嬉しいと思ってくれる人がいる。そのことに涙が滲んだ。

「なんだよ、泣くなって。そんなに欲しけりゃ、どっかからもらってきたっていいんだから」
「っふ、ふふ。そんなこと言って。これは嬉し泣き。ジェイクがいて嬉しいから」
「……俺も。リディ」

 安心する大きな体に包まれて力が抜ける。
 こんなに幸せな気持ちを返せてるかなって思ってたけど、尻尾が揺れるなら大丈夫なのかもしれない。


 体にふれてる毛がもぞっと動いた感覚で意識がぼんやり戻る。ジェイクに抱かれてたあと眠っちゃったみたい。
 目が覚めそうで覚めない私の耳にジェイクの声が聞こえた。

「リディ、リディ、好きだ、リディ。好きなんだ」

 額に頬に頭に、そっと触れるしっとりした鼻と口元の短い毛の感触。
 起きてるときには『好き』なんて言ったことないのに、私が眠ってるあいだに小さい声で呟いてる。

 私が好きだって言ったら『俺も』って言うし、『可愛い俺のリディ』って言うのがそういう意味だと受け取ってた。私が眠ってるあいだにそんなこと言ってるなんて。すごく可愛い。

 ジェイクはなんていうか、意外と乙女だ。私よりずっと。
 出かけるときはいつも手を繋ぐ。魔術師のローブを支給されたから、絡まれる心配ないと説明したのに心配だって譲らない。このあいだなんとなく私から手を繋ぐとちょっと驚いてから、はにかんで笑った。あぁ嬉しいのか、もしかして手を繋ぎたかっただけなのかと思ったり。私がシャツを一着作ってみたら、そればっかり着て遠回しにもう一枚欲しがったり。最初はすごく怖かったと言ったらションボリして拗ねたから、慌てて慰めたり。
 それに、私を待ってる。私が眠る準備を済ますまで、眠くても眠らない。早く食べ終わっても、座ったまま眺めてる。ちゃんとここにいるって思えることが、私にとってどんなに嬉しいかなんてジェイクは気づかないだろうけど。

 ジェイクは可愛い。すごく愛しい。いつまでも尻尾を揺らしてもらえるように、ずっと仲良くしたいと思う。


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