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第一章 常春と真冬編
11)常春の秘密。
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「付き合って欲しい場所……?」
俺は首を傾げて常春を見つめた。常春はいつになく真剣な眼差しのまま、今度は視線を外して己の表情を俺から隠すように、俺の肩口に顔を埋める。
「今夜、俺の家……来てくれないか? 散らかってるけど」
「常春の、家……?」
常春が何を言っているのか、俺は一瞬良くわからなかった。
けれど、冷静に考えてみれば、この店にはスタッフルームの他、一畳ほどの小さな簡易シャワー室と、辛うじて仮眠がとれる程度の四畳半の和室があるだけだ。
テレビや掃除機こそ店の片隅に置いてあるようだったが、テレビに関してはほぼ未使用だ。
洗濯機やパソコン、その他家電などの、生活必需品は一切無い。
洗濯は近所のコインランドリーを使用していたし、店には固定電話があるので、常春がパソコンは愚かスマートフォンで調べ物をしているのすら、あまり見たことが無い。
本来の自宅は、別にあった。……そういう事だろう。
「……行く」
俺の肩口に顔を埋めたままの常春の表情は、俺からは見えない。
けれど、俺がそう答えた瞬間、俺を抱きしめる常春の両腕に力がこもった。肩口に吐かれる常春の吐息はとても弱々しくて、何かを恐れるかのように震えていた。
いつもとは明らかに違う常春の様子に、俺の心はザワザワと不安を騒ぎ立て、心臓はそれに呼応するように大きく高鳴っていた。
『ラーメンはる』のある繁華街を離れ、俺達は電車に乗った。数駅ほど移動して常春が降り立ったのは、数年前に新興された小綺麗な住宅街のある駅だった。
駅から五分ほど歩いたところに、それはあった。小さな公園が併設された、十二階建てのマンションのエントランスに、常春は慣れた足取りで入っていく。
エレベーター前にズラリと並ぶ銀色のポスト群。
俺はその一つに『大谷』の文字を見つけたが、そのポストは下の名前が黒く塗り潰され、受け口は既にガムテープで完全に塞がれていた。
常春は俺の手を引いてエレベーターに乗ると、九階のボタンを押す。
常春の手は震えていて、よく見れば顔も青ざめている。
「常春」
俺は常春の上着の襟を掴み、背伸びをして常春の唇に口付けを落とす。
驚いたように目を見開いた常春に構わず、俺は常春の唇を何度も奪った。
俺は反対の腕を常春の首に回して、常春の顔を引き寄せる。
更に深く口付けようと俺が薄く口を開いたその時、チンという小気味の良いベルの音と共に、エレベーターのドアが開いた。
すると常春は、あっさりと俺から離れて、エレベーターを降りてしまった。
「……こっちだ」
常春は何事もなかったように廊下を進み、突き当りの部屋の前まで移動した。俺は慌てて常春の後を追う。
「………っ!!?」
常春が、突き当りの部屋のドアの前でくるりと振り返る。
そこにあったのは、花束や菓子の山だった。
花束の山は新しいものから、半分ほどが茶色に変色して枯れかかっているものまである。
その奥には子供用の三輪車が無造作に置かれていたが、雨風に長く晒されたのか、車輪は錆び、サドルは色褪せて破れかかっていた。
「ごめんな、散らかってて。入って」
そう言って、常春はその部屋のドアを鍵で開ける。
比較的新しいマンションに響くギィィという重苦しい錆びた音が、そのドアが普段あまり開けられていないことを物語っていた。
中に入ると、室内は真っ暗だった。
家具が残っているにも関わらず、室内には乾いた木材の香りと、埃っぽい匂いがうっすらと漂っており、まるで長く空き家になっていたかのような雰囲気だ。
常春がブレーカーを上げると、ようやく家中の電気がつく。常春に着いて玄関の前の廊下を歩むと、突き当りにあったのはリビングだった。
リビングに入ってすぐの大きなテレビとソファの前には、子供用のジョイントマットが敷き詰められていた。
壁の本棚には子供向けの絵本が並び、本棚の更に左奥には、お洒落なカウンターキッチンがあった。が、よく見れば窓際に飾られていた観葉植物は全て茶色く枯れ果てている。
キッチンの反対側、右手にあったベランダに繋がるガラス窓には、小さなヒビが入っていた。その側の壁にも陥没のあとがあり、その奥には隣の部屋と繋がっているらしい襖戸が見える。
常春が襖を開くとそこにあったのは広めの和室で、部屋の奥には常春の胸元の高さまであるタンスがあった。
タンスの上にあったのは、いくつかの幸せそうな家族写真と、林檎ほど大きさの小さな壷だった。
それは恐らく小さな骨壷で、ドアの前に置かれていた花束や菓子が俺の脳裏に蘇る。
「あっ……」
まさか……。
一つの考えが俺の脳裏をよぎって、俺は常春の顔を見た。
写真の並んだタンスの前に立つ常春は、しばらくその小さな壺を眺めてから、俺の方を振り返ってこう言った。
「ひでぇだろ。ここはあの日のままなんだ。あいつが居なくなったあの日から、時間が止まっちまって、な……」
振り返った常春は力なく笑っていた。
馬鹿。笑うな。笑うなよ……。
俺はきつく常春を抱きしめる。
常春の肩越しに見える、家族写真。
そこに映る常春はとても幸せそうに笑っていて、隣には先日の女性と、幼い子供が写っていた。
沢山の幸せな家族写真に囲まれた真ん中には、良く見れば幼い少女の小さな遺影があった。
恐らくまだ、一~二歳だ。
「俺……大学を出てすぐに、大学の後輩だった明子って女性と結婚したんだ。こないだ店に俺を訪ねて来てた女性、覚えてるか?」
「あ、……うん」
忘れもしない。常春の様子がおかしくなったあの日に、訪ねてきた彼女の事だろう。俺が相槌を打つと、常春はゆっくりと話を続けた。
「結婚して半年くらいで、俺達はすぐに子供を授かって……。俺達は、その子に瑞希って名前を付けた。瑞希はあの頃、ようやく俺のこと『パパ』って言えるようになって……」
俺は静かに頷きながら、常春の話を聞いていた。
俺は首を傾げて常春を見つめた。常春はいつになく真剣な眼差しのまま、今度は視線を外して己の表情を俺から隠すように、俺の肩口に顔を埋める。
「今夜、俺の家……来てくれないか? 散らかってるけど」
「常春の、家……?」
常春が何を言っているのか、俺は一瞬良くわからなかった。
けれど、冷静に考えてみれば、この店にはスタッフルームの他、一畳ほどの小さな簡易シャワー室と、辛うじて仮眠がとれる程度の四畳半の和室があるだけだ。
テレビや掃除機こそ店の片隅に置いてあるようだったが、テレビに関してはほぼ未使用だ。
洗濯機やパソコン、その他家電などの、生活必需品は一切無い。
洗濯は近所のコインランドリーを使用していたし、店には固定電話があるので、常春がパソコンは愚かスマートフォンで調べ物をしているのすら、あまり見たことが無い。
本来の自宅は、別にあった。……そういう事だろう。
「……行く」
俺の肩口に顔を埋めたままの常春の表情は、俺からは見えない。
けれど、俺がそう答えた瞬間、俺を抱きしめる常春の両腕に力がこもった。肩口に吐かれる常春の吐息はとても弱々しくて、何かを恐れるかのように震えていた。
いつもとは明らかに違う常春の様子に、俺の心はザワザワと不安を騒ぎ立て、心臓はそれに呼応するように大きく高鳴っていた。
『ラーメンはる』のある繁華街を離れ、俺達は電車に乗った。数駅ほど移動して常春が降り立ったのは、数年前に新興された小綺麗な住宅街のある駅だった。
駅から五分ほど歩いたところに、それはあった。小さな公園が併設された、十二階建てのマンションのエントランスに、常春は慣れた足取りで入っていく。
エレベーター前にズラリと並ぶ銀色のポスト群。
俺はその一つに『大谷』の文字を見つけたが、そのポストは下の名前が黒く塗り潰され、受け口は既にガムテープで完全に塞がれていた。
常春は俺の手を引いてエレベーターに乗ると、九階のボタンを押す。
常春の手は震えていて、よく見れば顔も青ざめている。
「常春」
俺は常春の上着の襟を掴み、背伸びをして常春の唇に口付けを落とす。
驚いたように目を見開いた常春に構わず、俺は常春の唇を何度も奪った。
俺は反対の腕を常春の首に回して、常春の顔を引き寄せる。
更に深く口付けようと俺が薄く口を開いたその時、チンという小気味の良いベルの音と共に、エレベーターのドアが開いた。
すると常春は、あっさりと俺から離れて、エレベーターを降りてしまった。
「……こっちだ」
常春は何事もなかったように廊下を進み、突き当りの部屋の前まで移動した。俺は慌てて常春の後を追う。
「………っ!!?」
常春が、突き当りの部屋のドアの前でくるりと振り返る。
そこにあったのは、花束や菓子の山だった。
花束の山は新しいものから、半分ほどが茶色に変色して枯れかかっているものまである。
その奥には子供用の三輪車が無造作に置かれていたが、雨風に長く晒されたのか、車輪は錆び、サドルは色褪せて破れかかっていた。
「ごめんな、散らかってて。入って」
そう言って、常春はその部屋のドアを鍵で開ける。
比較的新しいマンションに響くギィィという重苦しい錆びた音が、そのドアが普段あまり開けられていないことを物語っていた。
中に入ると、室内は真っ暗だった。
家具が残っているにも関わらず、室内には乾いた木材の香りと、埃っぽい匂いがうっすらと漂っており、まるで長く空き家になっていたかのような雰囲気だ。
常春がブレーカーを上げると、ようやく家中の電気がつく。常春に着いて玄関の前の廊下を歩むと、突き当りにあったのはリビングだった。
リビングに入ってすぐの大きなテレビとソファの前には、子供用のジョイントマットが敷き詰められていた。
壁の本棚には子供向けの絵本が並び、本棚の更に左奥には、お洒落なカウンターキッチンがあった。が、よく見れば窓際に飾られていた観葉植物は全て茶色く枯れ果てている。
キッチンの反対側、右手にあったベランダに繋がるガラス窓には、小さなヒビが入っていた。その側の壁にも陥没のあとがあり、その奥には隣の部屋と繋がっているらしい襖戸が見える。
常春が襖を開くとそこにあったのは広めの和室で、部屋の奥には常春の胸元の高さまであるタンスがあった。
タンスの上にあったのは、いくつかの幸せそうな家族写真と、林檎ほど大きさの小さな壷だった。
それは恐らく小さな骨壷で、ドアの前に置かれていた花束や菓子が俺の脳裏に蘇る。
「あっ……」
まさか……。
一つの考えが俺の脳裏をよぎって、俺は常春の顔を見た。
写真の並んだタンスの前に立つ常春は、しばらくその小さな壺を眺めてから、俺の方を振り返ってこう言った。
「ひでぇだろ。ここはあの日のままなんだ。あいつが居なくなったあの日から、時間が止まっちまって、な……」
振り返った常春は力なく笑っていた。
馬鹿。笑うな。笑うなよ……。
俺はきつく常春を抱きしめる。
常春の肩越しに見える、家族写真。
そこに映る常春はとても幸せそうに笑っていて、隣には先日の女性と、幼い子供が写っていた。
沢山の幸せな家族写真に囲まれた真ん中には、良く見れば幼い少女の小さな遺影があった。
恐らくまだ、一~二歳だ。
「俺……大学を出てすぐに、大学の後輩だった明子って女性と結婚したんだ。こないだ店に俺を訪ねて来てた女性、覚えてるか?」
「あ、……うん」
忘れもしない。常春の様子がおかしくなったあの日に、訪ねてきた彼女の事だろう。俺が相槌を打つと、常春はゆっくりと話を続けた。
「結婚して半年くらいで、俺達はすぐに子供を授かって……。俺達は、その子に瑞希って名前を付けた。瑞希はあの頃、ようやく俺のこと『パパ』って言えるようになって……」
俺は静かに頷きながら、常春の話を聞いていた。
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