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どんどん染まっている気がする(中原中也と背筋)
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人生の様々な舞台で必要になる、本という物。
ハウツー本、ビジネス書、辞書、小説。
思い悩んだ時、人生の分岐点、どんなときにも寄り添って、助けてくれる存在の一つが、本だと思う。
ええ。決して、筋肉ではない!
断じて認めない! 染まらない!!
「その頑固さを活かせば、新たなるマッスルが産まれそうだな!」
「知りませんよ。産まれる前に葬り去って下さい」
新たなるマッスル?
そんなおぞましい物をこの世に出現させてはならない。
俺は、純粋に本を楽しみたい。筋肉に関係なく!
この店の表に、『入るな危険! 猛獣注意!』と貼り紙をしたいくらいだ。
いや……猛獣に失礼か? 珍獣? マッスル生物? 生物? その辺りも怪しい。
「あのう。ここ、本屋さんですよね?」
俺が貼り紙を怠ったがばかりに、今日も憐れな犠牲者が……。
今日のお客様は、まともそうな青年。俺と似たような歳……大学生か?
「いらっしゃいませ。どのような本をお探しでしょうか?」
そう。俺は店員。この最悪のマッスル地獄の従業員だ。
心の底では『逃げて!』と叫んでいても、この罠に一歩入ってしまった客には、容赦するわけにはいかない。
それが仕事なのだ。
「詩集を買いたくて」
「誰の?」
「中原中也です……『山羊の歌』っていうんですけれども」
中原中也。また素敵なセレクトで。
確か、倉庫のあの辺りの棚だ。
ウチの倉庫、最近気づいたのだけれども、出版社別でも作者別でもジャンル別でもなく、必要筋肉の部位別に整理されている。
うん。中原中也の詩集は、背筋の辺り。参考書の僧帽筋の近くだ。
理解したくない、この世で最も要らない知識を身に着けてしまっていると、そう自覚する。
倉庫の中、ここは本の森。夥しい数の本が、丁寧に独特な方法で分類されて棚に収まっている。
本を保管するための温度、湿度管理はバッチリで、さながら図書館の貴重本コーナーのようになっている。
その辺の本を一冊一冊大切にする精神は、ものすごく共感出来るのだが。
いかんせん、さっきも言ったように、分類は、筋肉メイン。
初めてバイトに入った時は、一体どこに何があるのか苦労したものだ。
一冊の本を見つけ出すのに時間が掛かり過ぎて、その間にトレーニングを受けていた客が、疲れて眠り込んでいたことも多々。
―――えっと、中原……中也……。あった。
中原中也の詩の代表といえば、『汚れちまったかなしみに』とか『サーカス』とか。
倦怠感や悲しみ、喪失感を感じさせる詩は、彼が亡くなってずいぶん経つのに人の心をとらえて離さない。
良い詩が多い。
文学にそれほど詳しい訳でない俺も『在りしの日のうた』の『骨』なんか、難解な言葉を少しも使わないのにインパクトある詩には、心惹かれる。
なんで背筋が必要なのか? そんなことは、知らん。知るわけがない。
たぶん……まあ、そんなのいいや。
店内に戻れば、背筋を鍛えたであろうお客様が、タオルをもらって汗を拭いている。
「本因坊店長!! また来ます!!」
爽やかな笑顔で中也の詩集を買って、青年は店を去っていった。
お買い上げ、ありがとうございます。
ハウツー本、ビジネス書、辞書、小説。
思い悩んだ時、人生の分岐点、どんなときにも寄り添って、助けてくれる存在の一つが、本だと思う。
ええ。決して、筋肉ではない!
断じて認めない! 染まらない!!
「その頑固さを活かせば、新たなるマッスルが産まれそうだな!」
「知りませんよ。産まれる前に葬り去って下さい」
新たなるマッスル?
そんなおぞましい物をこの世に出現させてはならない。
俺は、純粋に本を楽しみたい。筋肉に関係なく!
この店の表に、『入るな危険! 猛獣注意!』と貼り紙をしたいくらいだ。
いや……猛獣に失礼か? 珍獣? マッスル生物? 生物? その辺りも怪しい。
「あのう。ここ、本屋さんですよね?」
俺が貼り紙を怠ったがばかりに、今日も憐れな犠牲者が……。
今日のお客様は、まともそうな青年。俺と似たような歳……大学生か?
「いらっしゃいませ。どのような本をお探しでしょうか?」
そう。俺は店員。この最悪のマッスル地獄の従業員だ。
心の底では『逃げて!』と叫んでいても、この罠に一歩入ってしまった客には、容赦するわけにはいかない。
それが仕事なのだ。
「詩集を買いたくて」
「誰の?」
「中原中也です……『山羊の歌』っていうんですけれども」
中原中也。また素敵なセレクトで。
確か、倉庫のあの辺りの棚だ。
ウチの倉庫、最近気づいたのだけれども、出版社別でも作者別でもジャンル別でもなく、必要筋肉の部位別に整理されている。
うん。中原中也の詩集は、背筋の辺り。参考書の僧帽筋の近くだ。
理解したくない、この世で最も要らない知識を身に着けてしまっていると、そう自覚する。
倉庫の中、ここは本の森。夥しい数の本が、丁寧に独特な方法で分類されて棚に収まっている。
本を保管するための温度、湿度管理はバッチリで、さながら図書館の貴重本コーナーのようになっている。
その辺の本を一冊一冊大切にする精神は、ものすごく共感出来るのだが。
いかんせん、さっきも言ったように、分類は、筋肉メイン。
初めてバイトに入った時は、一体どこに何があるのか苦労したものだ。
一冊の本を見つけ出すのに時間が掛かり過ぎて、その間にトレーニングを受けていた客が、疲れて眠り込んでいたことも多々。
―――えっと、中原……中也……。あった。
中原中也の詩の代表といえば、『汚れちまったかなしみに』とか『サーカス』とか。
倦怠感や悲しみ、喪失感を感じさせる詩は、彼が亡くなってずいぶん経つのに人の心をとらえて離さない。
良い詩が多い。
文学にそれほど詳しい訳でない俺も『在りしの日のうた』の『骨』なんか、難解な言葉を少しも使わないのにインパクトある詩には、心惹かれる。
なんで背筋が必要なのか? そんなことは、知らん。知るわけがない。
たぶん……まあ、そんなのいいや。
店内に戻れば、背筋を鍛えたであろうお客様が、タオルをもらって汗を拭いている。
「本因坊店長!! また来ます!!」
爽やかな笑顔で中也の詩集を買って、青年は店を去っていった。
お買い上げ、ありがとうございます。
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