マッスル書店へようこそ!

ねこ沢ふたよ

文字の大きさ
12 / 19

美しい人(村上春樹とチャイルドポーズ)

しおりを挟む

 大学の友達まで、この店のマッスルに染まり始めた。
 そんなうんざりする現状の中で、勇気を振り絞って店の扉を開ければ、先輩の中書島さんが土下座している。
 額を床にこすりつけてずいぶん丁寧な土下座。
 土下座している相手は壁。

「その壁に何か悪い事でもしたんですか?」
「違うわよ! これは『チャイルドポーズ』。背骨を伸ばしているのよ!」

 この間の、終電を逃した人のポーズといい、今回の土下座といい、ヨガのポーズは、なにやら良く分からないポーズが多い。そして、そのよく分からないポーズに、虎のポーズだのチャイルドポーズだの、やたらカッコイイポーズ名が付いているのだ。

 両手を前後に水平に伸ばす、後ろの方の人も誘って自撮りしている最中の人は、英雄のポーズというらしい。

 まあ、いいや。
 とりあえず、俺はこの土下座中の人は放っておいて、店番をするのが仕事だ。
 カウンターに、俺あての本因坊店長からのメモが置いてある。

 『佐々木君へ ちょっと出てくる! 勝利を土産にすぐ戻る! 本因坊』

「あれ? 本因坊店長は……外出?」
「そう。なんかね、放出さんとマッスル勝負しに行くんだって」

 放出さん。本因坊店長の良きライバル。
 この間、店に来たから、今度は、本因坊店長が、放出さんの所へマッスル勝負をしに行くということか。

 それは、店が静かでいい。
 本因坊店長の、フンッフンッとトレーニングする息遣いを聞かないだけで、ずいぶんストレスフリーな気がする。

 ヨガは、それほど五月蠅うるさくはない。

 
 快適に仕事を進める。
 売れた本のデータをまとめて、次に入れる本のチェックをして、出版社から来た本を倉庫に移して。
 珍しく本屋らしい業務を俺がすすめていると、店の扉がひらく。

 ――美人だ。
 
 清楚系? 長い黒髪の美しい若い女性。
 白いワンピースが良く似合っている。

「に、逃げて! この店は、あなたのような方が来るべき場所ではないです!」


 本因坊店長のいない今なら、まだ間に合う。中書島さん程度なら、俺でも頑張れば抑えられる。

「え? え、でも、ここは、本屋ですよね?」
「はい。ですが、ここは普通の本屋ではありません! あなたの求める本屋は、ここでは……」
「駄目よ、佐々木君! まずお客様のご希望を聞くのは、接客の基本でしょ?」

 いいから、中書島さんは、土下座を続けていてほしい。

「この間、お爺ちゃんがこの店に行って。とても良い店だったから、お前も行って来いっていってたんです」

 お爺ちゃん? ああ、あの武者小路実篤を購入したマッスル爺か?

「ウチのお爺ちゃん、すごく喜んでいて! 話の分かるおとこがいるっていってました。失礼ですが、本当に普通の人に見えます」

 にこやかに笑うお客様。
 違います。男でなくおとこと書くタイプの男は、本因坊店長。

「あら、それはきっと、本因坊店長のことね」
「もう一人いらっしゃるんですか?」


 中書島さんとお客様の会話が、遠くに聞こえる。
 このお客様もすでにマッスルに染まった人だった。

 楽しく談笑して、自撮りのポーズを練習した後に、美人のお客様はお帰りになられました。
 手には、村上春樹のノルウェイの森を抱えて。

 ノルウェイの森。軽快な文で書かれているのに割と難解なこの小説は、俺はまだ読破したことがない。読んでいる内に眠くなって、気付けば朝になっているパターンが多い。

 俺も、土下座しながらもう一度読んでみようかな。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

処理中です...