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美しい人(村上春樹とチャイルドポーズ)
しおりを挟む大学の友達まで、この店のマッスルに染まり始めた。
そんなうんざりする現状の中で、勇気を振り絞って店の扉を開ければ、先輩の中書島さんが土下座している。
額を床にこすりつけてずいぶん丁寧な土下座。
土下座している相手は壁。
「その壁に何か悪い事でもしたんですか?」
「違うわよ! これは『チャイルドポーズ』。背骨を伸ばしているのよ!」
この間の、終電を逃した人のポーズといい、今回の土下座といい、ヨガのポーズは、なにやら良く分からないポーズが多い。そして、そのよく分からないポーズに、虎のポーズだのチャイルドポーズだの、やたらカッコイイポーズ名が付いているのだ。
両手を前後に水平に伸ばす、後ろの方の人も誘って自撮りしている最中の人は、英雄のポーズというらしい。
まあ、いいや。
とりあえず、俺はこの土下座中の人は放っておいて、店番をするのが仕事だ。
カウンターに、俺あての本因坊店長からのメモが置いてある。
『佐々木君へ ちょっと出てくる! 勝利を土産にすぐ戻る! 本因坊』
「あれ? 本因坊店長は……外出?」
「そう。なんかね、放出さんとマッスル勝負しに行くんだって」
放出さん。本因坊店長の良きライバル。
この間、店に来たから、今度は、本因坊店長が、放出さんの所へマッスル勝負をしに行くということか。
それは、店が静かでいい。
本因坊店長の、フンッフンッとトレーニングする息遣いを聞かないだけで、ずいぶんストレスフリーな気がする。
ヨガは、それほど五月蠅くはない。
快適に仕事を進める。
売れた本のデータをまとめて、次に入れる本のチェックをして、出版社から来た本を倉庫に移して。
珍しく本屋らしい業務を俺がすすめていると、店の扉がひらく。
――美人だ。
清楚系? 長い黒髪の美しい若い女性。
白いワンピースが良く似合っている。
「に、逃げて! この店は、あなたのような方が来るべき場所ではないです!」
本因坊店長のいない今なら、まだ間に合う。中書島さん程度なら、俺でも頑張れば抑えられる。
「え? え、でも、ここは、本屋ですよね?」
「はい。ですが、ここは普通の本屋ではありません! あなたの求める本屋は、ここでは……」
「駄目よ、佐々木君! まずお客様のご希望を聞くのは、接客の基本でしょ?」
いいから、中書島さんは、土下座を続けていてほしい。
「この間、お爺ちゃんがこの店に行って。とても良い店だったから、お前も行って来いっていってたんです」
お爺ちゃん? ああ、あの武者小路実篤を購入したマッスル爺か?
「ウチのお爺ちゃん、すごく喜んでいて! 話の分かる漢がいるっていってました。失礼ですが、本当に普通の人に見えます」
にこやかに笑うお客様。
違います。男でなく漢と書くタイプの男は、本因坊店長。
「あら、それはきっと、本因坊店長のことね」
「もう一人いらっしゃるんですか?」
中書島さんとお客様の会話が、遠くに聞こえる。
このお客様もすでにマッスルに染まった人だった。
楽しく談笑して、自撮りのポーズを練習した後に、美人のお客様はお帰りになられました。
手には、村上春樹のノルウェイの森を抱えて。
ノルウェイの森。軽快な文で書かれているのに割と難解なこの小説は、俺はまだ読破したことがない。読んでいる内に眠くなって、気付けば朝になっているパターンが多い。
俺も、土下座しながらもう一度読んでみようかな。
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