平安の都で妖狐は笑う

ねこ沢ふたよ

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犬神

乃介

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 一子相伝。先祖伝来の宝物。
 そんな聞こえの良い言葉とともに乃介のすけ受け継いだのが、犬神であった。
 先祖の誰かが、村を山賊から守るために、おぞましい方法で犬神を作った。
 それが全ての始まりであったらしい。

 村を守るため。

 そのために始めた犬神との関係。
 この妖を野放しにすることは出来ず、犬神憑きとして、一族は寺に住み、犬神の力を使って村を守る役を担ってきた。

 有事に呼ばれ、役目を果たして帰る時には、一応の礼は言われるが、妖を使役する者とは関わりたくないというのが本音。
 忌み嫌われて、はれ物に触るかのように扱われてきた。

「主よ。なぜ、そのように村人の頼みごとをきく? どうせ嫌われているならば、村なぞ捨てて、都にでも出て、面白可笑しく暮らせばよいではないか」

 犬神が問えば、主の乃介は、困ったような顔をして笑った。

「こんな小さな村……見捨てたら、すぐに山賊や獣に襲われるよ。それで滅んだとあっては、寝覚めは悪いだろう?」
「寝覚めが悪いか?」
「そうだ」

 犬神には理解できない考え方。
 
 歴代の主の中でも乃介は大人しく優しい男であった。
 妖を使役して戦うなんてことには、端から向いていない。

 村の片隅、寺に住まい、日々経を読んで生きる日々。
 誰の救いのために読む経なのかは、犬神には分からなかった。
 だが、犬神には、奇妙にしか思えない乃介を、犬神は気に入っていた。この人間を主とすることに、満足し白児と共に、乃介の身の回りの世話をしていた。

 そんな日々が、十年も続いた時に、災いがやってきた。
 何日も続く雨。僅かばかりの穀物が腐り、畑は水につかる。
 ただの自然の摂理。
 
 しかし、迷信深い村人には、そんなことは分からなかった。

「このままでは、村は死んでしまう」
「なんとかならのか!!」

 村人は、当然のように乃介に詰め寄った。

「そう申されても、これは妖の仕業ではありませんから……」

 乃介が説明しても、村人は聞く耳を持たなかった。

「……神仏がお怒りなのではないだろうか?」
「そうじゃ。こんな汚い妖なぞに村を守らせていることに、お怒りなのじゃ」

 村人が、身勝手なことを言い始める。
 散々、自分達の都合で村を守らせてくせに、何を今さら言っているのか。
 犬神は、腹で冷笑して聞いていた。

「皆様、落ち着いて下さい。犬神はもう何代もこの村を守ってくれています。今更、神仏も咎めはいたしません」
「そんなの分からぬではないか! 第一、妖を神だなんて呼ぶからこうなるのでは?」
「そ、そうじゃ!!」

 どれほど乃介がなだめても、村人の気持ちは収まらない。

「ひ、人柱じゃ」
「人柱? そんなおぞましい!!」
「おぞましい? そもそも、妖を使役することがおぞましい!!」
「おお、いっそ犬神ごと埋めてしまえば良いのじゃ!!」
「なんと?」

 話し合いは、あらぬ方向へ進む。

「……乃介よ……ここは、村を救うを思ってこらえてくれ。誰かを人柱に立てねば、ここは収まらぬ」

 黙って聞いていた長老が、乃介に頭を下げて懇願した。
 とんでもない話だ。
 こんな連中は、さっさと見限ってしまえばいい。
 乃介に危害を加えようと言うならば、この犬神が許しはしない。

「ちょ、ちょっと考えさせてくれないだろうか……」

 乃介の声は震えていた。
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