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IF もしもの話
「帰還 ―if―」
しおりを挟む焼けた大地の匂いが鼻を突いた。 瓦礫と血の匂いにまみれた戦場で、オレはなお息をしていた。 何度も剣を振り、何度も倒れ、それでも何度も立ち上がった結果が──これだ。
「……ちっ……生き残っちまったか…。」
胸も腹も引き裂かれ、足は立ち上がる事が出来ないほどに痛む。それでも、まだ生きている。 本当なら、ここで仲間を庇って倒れ、静かに終わる予定だった。 そうすれば二人の未来に、オレという名の余計な影は差さない。
──なのに、本能は生きて帰ろうと、必死に足掻いて立ちあがろうとし続けた。その結果…
───俺は、死に損なってしまった。
◆
生き残った兵士の仲間達に庇われながら、彼らと一緒に帰還した。全身傷だらけの満身創痍のオレの身体を見た瞬間、兵舎の医師たちは驚愕に目を剥いた。
「まだ息があるぞ! 早く運べ!」
限界を迎えた身体からゆっくりと意識は遠のいていく。そんな中、オレの心は妙に冷めていた。 助かりたくなんてなかった。ただ、彼らの笑顔を遠くから祈っていればよかったんだ。
だというのに──運命はどうやらオレを見捨ててくれなかったらしい。
◆
数日後。
目を覚ました俺は、全身包帯だらけで天井をぼんやりと見つめていた。
「……戻ってきちまった、か」
胸に広がるのは安堵ではなく後悔だった。 こんな姿では、尚更あいつらの前に顔を出すことは出来ない。俺はもう邪魔者でしかないのだから。
そう思っていた時──病室の扉が勢いよく開かれた。
「「バルト!」」
聞き慣れた声が病室に響く。 声のした方向へゆっくりと首を動かしたオレは思わず目を疑った。そこに立っていたのはカルムとサマリーの二人だった。 二人とも、泣き腫らした顔をしている。
……どうして、お前らがここに。
「バルト……お前が、まだ生きていてくれて……本当に、良かった……!」
カルムの声が震えていた。あの冷静で何よりも強い男が、子どものように感情をあらわにしている。
「ま、待ってくれ…!お前ら、どうしてオレなんかに……。オレは、邪魔だったろう?二人が幸せになるのを、遠くで祈るしか──」
「違うんだ!」
カルムが遮った。
「全部、俺が誤解していたんだ……! ストーカーとか刺客を差し向けるなんて、そんなこと……お前がするわけないのに。俺は噂に踊らされて、信じるべき幼馴染を見捨てようとしたんだっ!」
カルムの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。その姿を見て、ギュッと胸が締め付けられる。
サマリーもまた、震える声で言葉を紡ぐ。
「……バルト、本当は私だって悪かったの。貴方はもう気づいていたのかもしれないけれど、私はカルムのことが好きだって、そして貴方の事も家族みたいに大切な存在だって事を、貴方にもっと早く伝えるべきだった。始めから伝えていれば……あなたに余計な気苦労や孤独感を背負わせてしまうことは無かったのに。貴方がずっと私を守ってくれたのに、あの時私は恐怖で黙って……何も言うことが出来なかった…。」
潤んだ瞳が、真っ直ぐに俺を見つめてくる。 サマリーの頬にも、涙が伝っていた。
俺は呆然とした。 この二人が、俺に頭を下げて泣いている。 俺はただの当て馬だと思っていた。二人を繋ぐための踏み台でしかないと。 けれど今、目の前にいるのは──俺を『失いたくない』と泣く二人だった。
「バルト……!」
カルムが俺の手を掴む。その手は震えていて、熱かった。
「俺たちは、お前無しじゃ駄目なんだ。お前は俺達の大事な仲間だ。幼馴染だ。家族なんだ!」
サマリーも、そっと俺のもう一方の手を包み込む。
「私達のせいでもあるけれど…。どうか、もう一人で苦しまないで。私たちは、あなたと一緒に生きて行きたいの。」
胸の奥がジンと熱くなった。 俺はずっと、死んで二人の元からいなくなる事でしか彼らを守れないと思っていた。 でも違う。 生きて、一緒に笑うことだって、これからもきっとできるんだ。
そう思うと、涙が頬を伝うのを止められなかった。
「……ちくしょう……お前ら……オレに……どうしろってんだよ……っ!!」
嗚咽混じりにそう漏らすと、カルムもサマリーも同時に涙を浮かべながら笑みをつくった。
◆
こうして俺は、生き残ってしまった。 でもそれは決して「不幸」じゃないのかもしれない。 だって、この二人が手を伸ばしてくれたのだから。
ボロボロで満足に動けないオレを、それでも「帰って来て良かった」と言ってくれる親友がいる。 その事実が、戦場のどんな勝利よりも嬉しく感じた。
窓の外には青空が広がっている。
今度こそ、この蒼き空の下で──三人一緒に生きていける気がした。
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