当て馬主人公の小さな祈り

黒狐

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IF もしもの話

「やり直しの蒼 ―if―」

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 血の匂いが満ちる戦場。
 オレは仲間を庇い胸部を貫かれ、剣を握ったまま膝をついた。
 身体はもう動かない。
 意識が遠ざかる。最後に浮かんだのは──カルムとサマリーが笑い合う姿だった。

「……二人が……幸せで……ありますように……」

 そう願い、オレの意識は闇に沈んだ。



 ──はずだった。

 まぶしい朝の光がカーテンの隙間から差し込み、鳥の声が聞こえる。
 目を開けると、そこは懐かしい木造の部屋だった。
 オレが子どもの頃から暮らしてきた街の宿舎。

「……は?」

 混乱したまま自分の手を見れば、血も傷もついていない。剣の練習で出来た剣ダコはまだ柔らかく、戦場をくぐり抜けた証なんてどこにもなかった。
 鏡を覗けば、そこには若き日の俺の顔。まだ十代の、何も知らない自分が映っていた。

「……戻ったのか、オレ…。」

 信じられない。だが確かに、俺は「やり直す」機会を与えられた。



 最初に思い浮かんだのは、あの事件だ。
 サマリーのストーカー騒ぎ。
 あれがきっかけで、カルムは俺のことを誤解し、三人の絆は呆気なく壊れてしまった。
 今度こそ、同じ道を辿るわけにはいかない。
 その日、やり直す前と同じように、サマリーが不審者に追われていた。
 あの時と同じだ。怯えた表情、破られた服の袖、細い手足が震えている。

「離れろ、この野郎!」

 俺はためらわず飛び込んだ。だが今度は違う。
 相手を叩き伏せただけでなく、証拠として突きつける為周囲の人間を呼んだ。

「こいつが犯人だ! サマリーに付きまとっているのはコイツだ!」

 抵抗する男を必死に押さえつけ、貴族や街の人達に見えるように拘束すると、騒ぎを聞きつけ急いでやって来た騎士に犯人を突き出した。
 そしてサマリーに振り返る。

「大丈夫か?」

 彼は小さく頷いたが、まだ怯えが残っていた。オレはその場にしゃがみ込むと、サマリーの震える手を優しく包み込みながらゆっくりと口を開いた。

「サマリー、オレは絶対にお前を裏切らない。だけどオレは平民で、サマリーは貴族だ。オレの事をよく思わない人達が、排斥しようと変な噂を立てるかもしれない。もしそうなってしまった時、本当の事を話して噂を否定して欲しいんだ。」
「…わかった。君が辛い思いをするのは、私だって嫌だから。」

 サマリーは珍しく饒舌なオレに目を丸くしていたが、素早く話を理解すると頷いてくれた。



 そして試練はすぐにやってきた。
 後日、カルムが険しい顔で俺に詰め寄って来たのだ。一回目と同じ、三人の絆に亀裂が走った出来事だ。

「バルト……お前がストーカーを差し向けてるって話、本当か?」

 来た。
 これだ。この瞬間だ。
 以前の俺は、黙って飲み込んでしまった。だが今度は違う。

「ふざけんな! オレがそんなことするかよ!」

 オレの怒鳴り声に、カルムは一瞬たじろいだが、今度は侮蔑ではなく真剣な表情でこちらを見据えてきた。まるで真実を見定めるかのように。
 オレはその姿を見て咄嗟に畳みかける。

「オレは今までサマリーを守ってきた。そこに嫉妬とか打算なんてあるわけない、お前だって知ってるだろ! いつから一緒に生きて来たと思ってんだ!」

 カルムはギュッと唇を噛んだ。
 そこへ、震える声が重なる。

「バルトの言う通りだよ、カルム……。犯人はもう捕まってる。全部、バルトが証拠を押さえてくれた。それに噂は、バルトを排除しようとする他の貴族達の策略も含まれていたの……私だって、今回はしっかり調べたんだ。いつまでもバルトに守ってばかりじゃいられないから。」

 サマリーの真剣な瞳。
 カルムの表情が揺らぎ、考える素振りを見せた後──彼は深く頭を下げた。

「……すまなかった、バルト。俺は周りで吹聴されている噂を信じかけていた。考えればすぐに、お前がそんなことする筈ないって気づけた筈なのに、疑ってしまうなんて……最低だった。」

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。
 ああ…やっと、あの過去をやり直せたんだ。



 その後、三人の関係は以前よりも強くなった。
 カルムはオレを幼馴染として誇りに思い、サマリーもオレを心から信頼してくれた。
 そして二人は、お互いへの想いを素直に伝え合うことができた。
 その姿を見たオレの心が、微塵も痛まなかったと言えば嘘になる。
 だが、今度は逃げないと決めていた。
 オレは笑って二人と肩を組んだ。

「お前ら、今度こそ幸せになれ。オレはその隣でお前達の事を支えてやる!」

 カルムが泣き笑いで頷き、サマリーが潤んだ目で「ありがとう」と笑いかけてくれた。


 未来を脅かす戦場はきっとまた訪れるだろう。
 けれどオレは、もう死に場所を探してなんかいない。
 次は生きて、二人と共に未来を歩む為に剣を取るだろう。

 今度こそ──誰も失わない。
 そう誓いながら、俺は蒼い空を見上げた。
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