上 下
7 / 17

天使くんのピンチ3

しおりを挟む
「兄さんは、何も間違った事をしていない。さっきのは、ネコの魂を天界に送ったんだ。兄さんは天使として当たり前の事をしただけなんだよ。間違っていたのは、俺だ。天使として、やるべき事をしなかった」
「でも、」
「仕事って割り切れなかった、俺が悪いんだよ」


 でも、でも――
 天翔くんのお兄さん、さっきヒドイ事をしたんだよ?
 せっかく天翔くんが思いを込めて、埋葬してあげたのに。掘り起こして、全部なかったことにして。しかも、天翔くんの事を「未熟だ」なんだって。
 ネコの事を思う天翔くんの気持ちが「悪い」ことなの?
 そんなの、絶対におかしいよ。

 お兄さん、あなた――間違ってるんだから!


「天翔くん、ごめんね。私……天翔くんの方が、お兄さんよりもスゴク天使らしいって。いま本当に、そう思うよ」
「は、はぁ?」


 もう黙っていられない。
 だって、お兄さんが何を言おうと、どんなに天使らしい事をしようと――私の中の「天使」は、天翔くん、一人だけだもん!


「私が思う”完璧な天使は天翔くん”って、そう言ってるの!」
「ッ!」


 天翔くんが驚いた顔をした。
 わぁ、かなりレアだ!と、喜びたいところだけど。

 私の言葉を聞いていたお兄さんが、大人しく言われたままでいるはずがない。滑り台のてっぺんから、自身の翼を羽ばたかせて、一気に私たちの元へ飛んできた。

 バサッ


「ぅわ!ぶ、!?」
「晴衣!!」


 目をつむって、両手で顔をガードする。すると、私の体を、柔らかい羽が何度も当たった。何度も、何度も。柔らかくて、気持ちがいいくらい。


(ん?”気持ちがいい”っておかしくない!?)


 すぐに目を開ける。
 すると、私の周りには……私を守るように、羽のドームが出来ていた。

 つまり、これは――


(天翔くんが、私を守ってくれてるんだ!)


 それが分かった瞬間、羽のドームは開いていく。
 だんだんと直射日光が、私の体を照らしていった。


「ま、ぶし……じゃなくて!天翔くん!大丈夫!?」


 天翔くんは、翼をヒュンと仕舞う。そしてドサリと音を立てて、地面に倒れてしまった。すごく顔色が悪い……どうしようっ!


「誰か、……あ」


 キョロキョロしていると、バサリと音がした。見上げると、私たちの真上にお兄さんがいる。


「天翔くんに、何をしたの!?」
「分からせてやっただけだ。正天使と準天使の違いをな。愚弟の無知は、兄である俺の責任。ソイツに似合いの然るべき道を、俺は示しただけだ」
「そんな……っ」


 そんな事で天翔くんを傷つけたの?
 そんな事で、優しい天翔くんの心を踏みにじったの!?


「お兄さんは天翔くんを天使じゃないとか言うけど……。私からしてみれば、あなたの方が天使っぽくない!

 優しい心を持った天翔くんの方が、よっぽど天使っぽいよ!」
「……言いたい事はそれだけか?」

「お兄さんが怒らないなら、まだまだ喋るけど!?」
「……」


 お兄さんは「面倒だ」と言わんばかりの顔をして、二、三度はばたいた。ひょいと上を見たから、天界に帰るっぽい。
 ん?天界に帰る??


「ちょ、ちょっと待って!お兄さん!」
「なんだ、騒々しいな」

「お兄さん、これから天界に帰るんだよね?じゃあ、この天翔くん……じゃなくて、弟くんも一緒に、天界へ連れて帰ってあげて!」
「なんで俺がそんな、」

「正天使って自慢げに言うくらいだから、当然できるよね!?」


 煽るような言い方をしたのは謝る。だけど、もしも天翔くんが天界に戻れるなら、戻してあげたい。
 私の命が終わるその時に、また来てくれればいいんだから。

 だけど――
 お兄さんが言ったのは、予想外の事だった。


「断る」
「こと、……へ?」

「そもそも、ソイツを半年早く下界に行かせたのは私だ。もう戻って来るなという意味を込めて、天界から追い出した」
(あんたのせいだったんかい!!)


 しれっと言ってるけど……、ちょっとちょっとお兄さん。
 あなた、なんてことをしてくれたの!おかげで弟くん、毎日すごく暇そうだよ!?


「も、戻してあげないの?どうしても?」
「一度下界に降りたものは、魂を回収するまでは戻れない。それが天界のルールだ」
「勝手に天界を追い出しといて、何を……」


 だけどお兄さんは、聞く耳を持たないらしい。
 羽を動かして、少しずつ浮上した。


「起きたら、弟へ伝えておけ。お前はもう二度と天界に戻って来るな、と」
「そ、そんなこと、言えるわけないじゃん!」

「ふん、使えん人間だ」
「んな!?」


 するとお兄さんは、光の速さで飛んでいった。ロケットよりも早かった。突風のせいで目が痛い。


「にしても……」


 擦り傷がたくさん入った、天翔くんの顔を見る。


「ときどき暗い顔をしていたのは、そういう事があったんだね」


 お兄さんは「正天使」。
 弟である自分は「準天使」。
 兄弟で格差があり、しかもお兄さんに嫌われている天翔くん。まさか天使にもレベルの違いがあるなんて、知らなかったなぁ。


「天翔くん……」


 金髪の前髪をサラサラと撫でる。その髪の柔らかさと、日差しの暖かさが交わって……。私は思わず、笑みが零れた。


「助けてくれてありがとう。あと、」


――晴衣!!


「名前を呼んでくれて、嬉しかった」


 すると、今まで気絶していた天翔くん。
 震えるまつ毛を起こして、少しだけ目を開けた。そして小さな声で、
「ほんと、人間って……」と。
 いつものお決まり文句を口にした。
しおりを挟む

処理中です...