大嫌いなキミに愛をささやく日

またり鈴春

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「大丈夫か!?凛!」
「あ、煌人……?」


どこからともなく現れた煌人は、私に迫る先輩を撃退し、私を守るように、そこへ立っていた。

まるで王子様みたいに――


「煌人、どうして……」
「……たまたま通りかかった」
「た、たまたま?」


そんな都合のいい事ある?
それに、そんな都合よく助けられる?


「……本当の事を言って?」
「安心しろよ。お前が俺の悪口を大声で叫んでたなんて、俺は一切知らないから」
「(ずっと見てたんじゃん!)」


煌人はストーキングをする――

「私が煌人を嫌いな理由リスト」に、新たな情報が追加された。

すると、その時。
煌人に蹴り飛ばされたナル先輩が「いてて」と、腰をさすりながら立ちあがった。


「くっそ、凛ちゃん……。思い切り蹴りやがって……!」
「(わ、私じゃない!)」


だけどナル先輩はめちゃくちゃ腰が痛いのか、ずっと目を瞑っている。

そしておでこに青い線を浮かばせて、こんな事を言った。


「鳳条グループの跡取り息子の悪口を一緒になって言ってるって、もしも鳳条の奴らに知られたらどうするんだ大バカが!未来の俺の出世の道がないだろーが!だから静かにしろってんのに凛ちゃんはベラベラと!怖い物知らずか!ほんと肝が冷えるわ!!」


「……」
「……」


私が喋らないのを不思議に思ったのか、ナル先輩は、やっと目を開ける。

そして目の前にいる煌人を見て、青ざめた顔をした。


「え?鳳条くん……?」
「お、お久しぶりです……ナル先輩」
「き、聞かれた……だと?」


バタン


「きゃー!ナル先輩しっかり!」
「こりゃ車がいるな……」


その後――


ショックで気を失ったナル先輩を、鳳条家の車で家まで送ることになった私たち。

幸いにも、車の中で意識が戻ったナル先輩。ポツリポツリと、自分の事を喋ってくれた。


「俺の名前は金之成来(かねのなるき)。以前、自己紹介を渋ったのは理由があってね。

俺が生まれた時から、家がすごく貧乏でさ。それなのに“金の成る木 ”なんて名前がついてて。そのギャップが嫌で、フルネームは名乗りたくないんだ」


「……」
「……」


そんな事を誰も気にしないのに。だけど、きっとナル先輩にしか分からない苦労があったんだろうな。

私も煌人も、静かに先輩の続きを聞く。


「さっき凛ちゃんには言わなかったけど、俺も家で家事してるんだよ。両親が時間問わず働いてるからね。家では、俺が家事担当なんだよ」
「そうだったんですね」


しおらしくシートベルトをして静かに語るナル先輩に、さっきまでの気迫はない。窓に頭をよからせて、物憂げに外を見ている。

そんな先輩を問い詰めたのは、煌人。


「でも、だからって……何でウチの事を気にしてるんですか?ナル先輩がいくら俺の悪口を言おうが、ナル先輩に損はいかんでしょ」


呆れるように言う煌人に、呆れ返したのはナル先輩だった。


「いいわけないでしょ。煌人くんと仲良くなって、パイプ作って……将来はコネ入社して、金持ちになろうと思ってたのに。大事なパイプの悪口なんか言えないよ」
「俺を思ってくれてるようで、自分の事しか考えてませんね」
「はぁ、完璧な計画だったのに。未来創造図がパアだよ……」


すると煌人は向かい合って座る先輩を見て(大きい車に乗車中)、脱力しながら笑った。


「先輩の計画、早いとこパアになって正解ですよ。ウチはコネ入社とかないんで」
「ないのかよ、クソ……」


はぁと、ナル先輩はため息をつく。

すると煌人は「もしかして」と、どこか納得したようにナル先輩を見た。


「俺が凛と仲良いって知ってて、それで凛に近づいたんですか?」
「当たり前じゃん。じゃないと、こんな子供のお守りなんて毎日しないよ」
「(今さらっと悪口を言われた……!?)」


失礼な言葉を聞いて、いてもたってもいられなくなった私。

そんな私を、隣にいる煌人が「まぁまぁ」と笑顔で宥(なだ)めた。


「凛ちゃんと一緒に帰ってたら、それを気にした鳳条くんがちょっかい出してくれるかなって思ったんだ。いわば、凛ちゃんは餌だね。鳳条くんをおびき寄せるための餌」
「え、餌……!」
「俺は動物じゃねぇ!」

「だけど鳳条くんが乱入してきたのって、一度きりでしょ。そこから全く会えなくて。何のために凛ちゃんと一緒に帰ってんだって、ついイライラしちゃった。
ごめんね凛ちゃん。さっきはビックリさせたし怖い思いもさせた」


「本当にごめん」と、ナル先輩は私に謝った。そして、煌人にも。


「鳳条くんも。下心で近づいてごめん。君を利用しようとした事、謝らせてほしい」


ペコリと深くお辞儀をするナル先輩。
煌人は絶対に怒るぞ……と思った。

だけど、


「……顔を上げてください、ナル先輩」
「でも、」
「いいんですよ。慣れてますから」


それだけ言って、笑って、許した。

あの煌人が。


「だけど凛を怖がらせたのは、きちんと謝罪してくださいね。震えてましたから」
「うん、分かってるよ……何でもする。凛ちゃん、何でも言ってね。償うよ」
「え、と……」


ナル先輩が、そう言ってくれるのはありがたいんだけど……。

私は今、そんな事はどうでもよくて。
じゃあ、何を考えているかというと、


――いいんですよ。俺は慣れてますから


煌人のその言葉に、ひどくイライラしていた。


「ねぇ、煌人」
「ん?どした、凛」
「……何でもない」


いつも通りに笑う煌人に腹が立って。
それ以上、煌人と話しをするのをやめた。

そして――

先輩を送り届けた後、今度は私の家に向かう。
後部座席には、あの日から喧嘩しっぱなしの私たち。

その空気は……重たい。


「おい凛、さっきから何を怒ってんだよ」
「別に。怒ってないよ」
「俺をチラリとも見ないくせに、何が”怒ってない”だ」


煌人は私でなく窓の外を見ながら「ふん」と不機嫌に鼻を鳴らす。

そのまま無言を貫くから、私も煌人に倣(なら)い、それ以上は喋らなかった。


「……」
「……」


その重い空気に終止符を打ったのは、運転席にいる煌人の執事さんだった。


「おや、そういえば」


すると、いきなり車が停まる。

次にエンジンが切れ、執事さんが運転席から降りた。


「すみません、少し席を外してもよろしいですか?奥様から言いつかったお品物を、すぐに買ってまいりますので」
「(え、なんで今!)」
「……行って来れば?」


執事さんは煌人に目をやり、優しい顔をして笑った。

そして「私のいない間、凛お嬢様の事を任せましたよ」と残し、本当にいなくなってしまった。

窓から執事さんの後ろ姿を見ながら、私はため息をつく。


「まだお嬢様呼びしてたの?やめてくださいって、前から言ってるのに」
「癖なんだよ。許してやれよ」
「そりゃ、いいけど……」
「おう……」


車の中。二人きり。
静寂だけが、この場に漂っている。


「私、さ……」


先に口を開いたのは、私だった。
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