アプリで殺してみただけなのに

一宮 沙耶

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6話 失ったもの

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 私は、その後、順風満帆で30歳で、高等検察庁に所属して東京で活動していた。そして、変わったことといえば、1か月前に結婚して、男性と一緒に暮らしている。

 別に結婚しなくても良かったんだけど、雰囲気として結婚したほうが勝ち組みたいな目線を感じて結婚することにした。

 今は、別に子供なんて考えていなくて、しばらくは仕事に専念するつもり。パートナーもそれに同意している。

 パートナーは、実は小学校の時にクラスが一緒だった。親が転勤で小学校5年から地方に行ったから、それ以降会わなかったけど、小学校3年生、4年生の時にクラスメートだった。

 その頃は、私もどこにでもいる普通の女の子で、彼は、私の初恋の人だったと思う。

 小学校の男性って、スカートめくりとかバカなことばかりしてるでしょう。そんな中で、私のスカートをめくった男性に、彼は怒ってくれた。

 それ以降、彼を見るのが恥ずかしくなって、彼のことばかり考えている自分に気付いたの。彼は、雨が降り始めた帰りに、私を傘の中に入れてくれるとか、私のことを好きに違いないと思った。

 そして、バレンタインのときには、自分の家のキッチンをチョコレートの匂いでいっぱいにして、彼へのプレゼントを作っていたんだけど、そんな自分に驚いていた。

 チョコレートを入れて固めるシリコン型とか、チョコレートとか買ってる姿をみて母親とか笑っていたわね。あの頃は、とても、あどけない私で微笑ましい。

 でも、転校してから、あんなに好きだった彼のこと、どうしてか忘れていたの。

 そして1年ぐらい前かしら、スーパーで食材を買っていたら、後ろから声をかけられた。振り返ると、彼がそこにいたの。

「あれ、工藤さんじゃないか。久しぶり。」
「宮本くん、本当に久しぶり。この辺に住んでるの?」
「ああ、でも、すぐに分かったよ。小学校のときとそれほど変わってないね。」
「それって、ディスってる?」
「そういうことじゃなくて、すぐに分かったということだよ。今、仕事とか何をしてるの?」
「検事なの。宮本くんは?」
「僕は、IT系の会社立ち上げて、そこで社長をしてるんだ。」
「社長さん? すごいじゃない。頑張ってるのね。」
「3人しかいない会社で、社長といっても、それ程じゃないんだけど。」

 そんな出会いから、別に今更、初恋だった人なんて言うほどじゃないけど、一緒にいる時間が増え、結婚することになったの。私の仕事は今のままでもいいと言うし。

 でも、今から振り返ってみると、小学校の時の彼との思い出は楽しかったかもしれない。今、感じることがないワクワク感があったように思う。毎日が楽しかった。

 そんな同じ時間を過ごした人と一緒にいられるのは、良いことなのかもしれない。別に、今更、一緒にいてもワクワク感ということはないし、空気のような存在だから、どちらでもいいけど。

 もちろん、結婚したい人がいるということは花恋にも話した。花恋は、私にもそんな気持ちがあったんだととっても喜んでくれてたの。とってもいい友達。

 パートナーにも会わせると、パートナーのことをとても褒めてくれて、結婚式にも友達として出席してくれた。

 これからも、友達としてはずっと変わらないけど、パートナーの方と幸せに暮らしてねって。

 それから、結婚して1年が経ったけど、仕事に忙殺される日々を過ごしていた。

 その中で、私の記憶から、小学校の時の幸せだった記憶が失われたのに気づくことはなかった。あのアプリが奪ったものだから。

 私は、ふと、どうして、この男性と一緒にいるのかわからなくなり、一緒にいなくても困らないと思い、事あるごとにパートナーへの不満をいう日々が増えていった。

 パートナーの作ってくれた料理を、忙しくて外食するから、こんなもの作る必要はなかったのにと捨てたり、結婚記念日のお祝いで家で待っていたことに、あなたは暇でいいわねと嫌味をいったりとか。

 そして、あなたの事業は上手くいっていないから収入が少ないし、それだったら、部屋の掃除をもっとしないさいよと、床に落ちている髪の毛を指さして怒ったこともあった。とうとう、その時に、パートナーは私に言ったの。

「雫、僕たちって、どうして一緒にいるんだろう。雫は、小学校のときに僕を初恋の人だと言っていたじゃないか。心の大切なところで僕らは繋がっていると思って一緒にいるんだけど、それは変わっていないんだよね。」
「初恋、なんのことかしら。私は、私がしたいことを邪魔しない聖人と結婚しただけなのに。」
「そういうようにしか見てなかったんだ。初恋の話しも、嘘だったんだね。なんか、僕らは一緒にいる意味がないみたいだ。離婚届を置いておくから、離婚したければサインをしておいてくれ。僕は2日後に来て、サインしてあれば、僕もサインして出しておくよ。」

 そういって、彼は離婚届をテーブルの上に置いて私のもとから去っていった。私も、別に彼がいなくても困らないし、逆にいると邪魔だと思っていたのでスッキリした気持ちだった。

 少し、何か喪失感はあったような気がしたけど、何か分からない。どうして、彼と一緒になったのか、思い出せない。でも、まあいいんじゃない。

 今どき、離婚なんてよくあることだし、1回結婚していれば、負け組とか言われないと思う。

 逆に、1人で暮らしていくのに困ることはないし、そっちの方が楽。何も困ることはない。私は、誰もいない部屋で、離婚届にサインをした。

 その時だった。いきなり倒れてしまった。最初は何が起こったのかわからなかったけど、手足がしびれ動かない。また、顔もしびれて声はでない。でも、意識はしっかりしていて、目は見えるし、耳もいつも通り。

 脳の中で出血とかしたのかしら。目線は床を這い、ソファー横のテーブルにスマホがあるのが見える。それを使えば救急車とかを呼んで助かるんだと思うけど、体が動かない。

 日が暮れ、そして朝を迎えても、意識はしっかりしているけど体は動かなかった。とても寒い。頬はずっと床の上で痛いはずだけど何も感覚はない。

 すごい長い時間、何もできずに、目の前のソファーだけが見えていた。

 私に、幸せな時間はあったのだろうか。多分、生きなくてはいけないから生きていただけで、幸せなことなんてなかった。

 いや、そういえば、小学生の頃、初恋の人がいたような気もするけど、もう忘れちゃった。多分、子供の頃も、学生のときも、検事になっても、幸せなんてなかった。

 たしかに、花恋とは穏やかな時間を過ごしていたけど、幸せとは違うような気もする。

 結婚も、体裁を整えただけで、どうして結婚したとか、どう出会ったのかとかも思い出せないし、誰でも良かった。

 私は床にころがり、2日が経ったときだった。玄関のドアが開き、パートナーが離婚届を取りに来た。そして、倒れている私をみつけ、病院に運んでくれたの。

 そして、私は九死に一生を得た。
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