濁流の中で

一宮 沙耶

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10話 懺悔

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「乃愛、ごめん。乃愛が言っていたことは正しかった。花音は、あれからすぐに僕をふったんだ。婚約していたのに。もう、僕には乃愛しかいない。よりを戻してほしい。」
「帰ってよ。今更、何を言っているの。」
「ひどいことをしたってわかってる。だから、この1年、いくら乃愛が好きでも、乃愛の前に出る勇気がでなかった。でも、僕には乃愛しかいないんだ。もう、乃愛のことを忘れたふりして生きていけない。」
「酔ってるの。あれだけ私をバカにして別れたんでしょう。もう私の目の前から消えてよ。」

私は、すがってくる隆一を振り払い、部屋に入った。
今更何よ。だから言ったじゃない。
隆一のことなんて、もうどうなってもいい。もう知らない。

私がどれだけ寂しい時間を過ごしたと思ってるの。
一生、一緒にいると思っていた人が突然いなくなったのよ。
しかも、花音と一緒になるって、そんな理由ってある?

やっと、最近は、隆一との暮らしを忘れられたのに。
また、悲しい思いをさせるつもりなの。
別の人が好きになったと言って、また私をふるのでしょう。
もう、あんなみじめな気持ちになるのは嫌。

人には優しくしようと思ったばかりなのに。
自分のことになると、そんなに簡単なことじゃない。

次の日の夜、私の最寄りの駅で私を待ち構えていた。
どうしちゃったんだろう。
あれだけ冷静だった隆一が。

「今日は乃愛にバラの花を買ってきたんだ。受け取ってほしい。」
「受け取る理由もないし、もう付きまとわないで。」
「じゃあ、また明日来る。僕は諦めないから。」

その言葉の通り、隆一は毎日、私の前に現れた。
最近は、いつも笑顔で、精神も安定したみたい。
私も、隆一と一緒に過ごしていた楽しい日々を思い出していたの。

隆一は、私と会いやすいように近くに引っ越したと言っていた。
毎回会うたびに、私のファッションを褒めてくれる。
毎日、違う服にしなきゃいけないじゃないの。
でも、明日は、どんな服を着ようかと、寝る前の時間は楽しくなったわ。

お昼とかにも、隆一からメッセージが毎日届いていた。
隆一のアドレスをブロックしていなかった私。
どこかに、隆一への思いが残っていたのかもしれない。

今日、こんなことがあって驚いたとか。
クスッと笑えるようなエピソードが毎日のように届いたの。

空を見上げたら、雲が私みたいだったというエピソードもあった。
もう、私って、そんなにふわふわした顔じゃないし。

仕事も忙しいのに、こまめにここまでするなんて大変だろうに。
しかも、隆一はLINEの返事なんて1週間後でも早いぐらいだったのに。
そんな隆一が、朝から晩までずっと、私のことを考えてくれている。

普通ならストーカーみたいだけど、隆一には嫌な感情は感じなかった。
むしろ、私の心の中で、隆一の存在は日に日に大きくなっていった。

毎日家に帰ると、玄関の前に、小さなサボテンの鉢が置いてある。
日に日に玄関の前にサボテンが増えていき、サボテンの花園になっていった。
家に帰るたびに、笑いがこみ上げる日々になっていったの。

手料理を作ったと持ってくる日もあった。
料理なんて女性の仕事だと言って、なにもしなかった隆一。
それなのに、私のために料理を始めたんだ。

しかも、春巻きなんて作るのが大変な料理を。
これが初めてじゃないはず。
多くの時間を使い、やっと満足できるものができたから持ってきたに違いない。

これまでずっと、冷たく断ってきたけど、やりすぎだったかしら。
私のことばかりを考え、謝罪を続けている。

隆一は悪くないのかもしれない。
花音に騙されただけなの。
花音の毒牙が強すぎただけ。

半年もこんなことを続けるなんて、私のことを本当に愛してくれているに違いない。
私と別れたことを本当に悔やんでいるのね。
隆一は、これから私をずっと幸せにしてくれるはず。

家に帰ると、玄関の前に隆一がいた。

「今日は、乃愛の誕生日だろう。プレゼントを渡したら帰るから、受け取ってほしい。」
「もうわかった。部屋に入って。」
「いいのか?」
「今更何よ。再会してからもう半年ね。ご苦労さま。隆一が本当に私のことを愛してくれているとわかったわ。さあ、入って。」

隆一が、狭い私のワンルームの部屋に入ってきた。
隆一がここに来るのは初めて。
付き合っている頃は、隆一の部屋で暮らしていたから。

「狭いから、ベットに座るしかないけど、まずは背広を脱いで、リラックスして。ビール好きだったわよね。ビールでも飲んで。おつまみは柿ピーぐらいしかないけど。」
「ありがとう。ビールと柿ピー、最高じゃないか。」
「プレゼント、ありがとう。見ていいかしら?」
「もちろん。喜んでもらえると思う。」

包装紙をあけると、赤い箱があった。カルティエの指輪。
ホワイトゴールド、イエローゴールドにダイヤモンドがいっぱい。

「ありがとう。高かったでしょう。」
「乃愛への思いは、もっと大きいから。」
「私のどこがそんなに好きなの。これまで聞いたことがなかったけど、前から不思議だったのよ。」
「乃愛は気づいていなかったようだけど、実は僕らは昔会っていたんだ。」
「そうだったの? どこで?」
「乃愛が大学受験をするために輝光ゼミナールに通っていただろう。実は、当時大学生だった僕は、そこでアルバイトをしていたんだ。」
「そうだったの、気づかなかった。」
「そうだろうね。僕は乃愛の授業は担当していなかったから。でも、廊下ですれ違う乃愛は輝いていた。僕は一目惚れをしたんだ。いつも、ステキな笑い声で、受験で暗くなった仲間たちを笑顔にしている。そんな乃愛も大好きだった。でも、その時は、僕は乃愛に声をかけられなかった。もし声をかけても、受験の中で、付き合うなんて余裕はなかったと思うし。」
「それで。」
「乃愛が大学に合格して、しばらく会っていなかったんだけど、偶然、再会する日が訪れたんだ。乃愛がニューヨークコンサルティングにいた頃、乃愛のクライアントで僕は働いていた。初めて会議室で名刺をもらったときは、本当に驚いたよ。こんな偶然があるなんてと。」

そうだったんだ。
隆一は、一ノ瀬 乃愛のことがずっと昔から大好きだったんだ。
でも、私は、隆一が好きだった乃愛じゃない。
そんな隆一の純粋な気持ちを踏みにじっていいのかしら。

私は、急に罪悪感に潰されそうになった。

「どうしたんだい。急に暗くなって。」
「ごめんなさい。私は黙っていたことがある。」
「怖いな。そんな深刻な顔をして。」
「実は、私は乃愛じゃないの。しかも、男性だったの。」
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