意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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5.新体制と迷走

71.後悔

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 六月に入って、丹生田は鬼気迫る感じで稽古にのめり込むようになった。
 木原さんに稽古の様子撮影してもらったの見ながら真剣に相談してて、トレーニングの助言してもらってその場で始めたり、一緒に外出て走ったり、今までとちょい違う感じの練習になってんだな、とか思いつつ、俺は相変わらずだけど、できる限りの応援した。まあしょーもねーことしか出来ねーんだけども。
 今年こそ国体に出て、安藤昌也に勝つ。
 丹生田はくちに出して言わねーけど、その一心で必死になってるのはビンビン伝わった。姉崎の部屋に行くことも無くなったし、余裕も無いように見えたし、邪魔しちゃイカンだろって感じで。
 結果、予選を勝ち抜いて、国体出場が決定した。
 もちろん応援に行きたかったけど、行けば間違いなく原島がいるし、色々無理っぽいんでやめといた。
 けど結果はめちゃ気になってて、保守の後輩から速報で国体決めたって聞いて狂喜して、帰って来た丹生田に「お祝いしようぜ!」つったけど
「まだ終わってない」
 ギンとした目でまっすぐ前見ながら断った丹生田の、少しそげた頬とか研ぎ澄まされた眼差しとか、ゼンゼン緊張解いてない感じがものすんごくカッコいくて、やっぱ惚れた。
 わりと水無月から声かけてくるようになってたんで、時間あればお茶したりメシ食ったりするようになった。
 丹生田は忙しいし、一人でいても余計なこと考えるし、寮の連中だとなんかのついでに丹生田のこと思い出しちまうし。水無月といるときは、そういうの一瞬忘れてられる感じがあって、だから時間があれば会ってた。
 でも、もうセックスはしない。キスもしない。抱きしめるのもやめた。
 水無月がマジだって分かったから、なんかもう、しちゃイカンだろって思って――つうか正直ビビってた。
 だってときどき聞いてくるんだ。
「好きな人ってどんな人」
 とか
「どんなところが好きなの」
 とか、そういう、思い出しちゃマズいことを。
 はじめは笑って誤魔化したりしてたけど、一回「やめろよ」とか思わず言っちまったとき、ちょいきつい口調になってて、それからそういうの言ってこなくなったし。
 そこら辺から水無月は、目を見て話すようになったし、良く笑うようになった。慣れてきたんかな、とか思いつつ、最初みたいに頑張って話し続ける感じも無くなって、水無月といるのが楽になってた。

 そうしてるうちに丹生田は国体に出場するため、愛媛へ行った。
 ジリジリしながらネットとかで状況見てたんだけど、丹生田は安藤昌也と対戦できなかった。
 県単位の団体戦だし決勝まで行かないと当たらないつう組み合わせだったんだ。お互いそこまで残れなかった。
 けど丹生田たちは頑張った。ベスト8まで残ったのだ。
 寮に戻ってきた丹生田を大騒ぎで出迎え、保守と執行部総出でお祝いしよう! つって食堂をパーティー会場にしたんだけど、丹生田は乾杯の後しっかり応援のお礼をして、ちょいメシ食っただけで、すぐ部屋に戻っちまった。
 まあ、みんな飲みたいだけだったつか、まだゼンゼン緊張解いてない丹生田見てたら、みんなも先輩たちも引き留められなかったつうか。
 一緒に部屋に戻って「もう次見てんだな」と聞いたら、目をギラッとさせて頷いた。
「今年は、やれる気がしてる」
「全日本学生だよな」
「俺が教えてやった身体の使い方、効いたか」
「そう思います」
 そっから木原さんも交えて、久しぶりに話し込んだ。
 ここんとこやってたトレーニングの意味とか成果とか、今まで謎に思ってた色々についてツッコんで聞いたら、二人がかりで教えてくれた。
 足捌きや体重移動、あと『見る』ってコトとか、今までと違う視点で考えてやってたトレーニングなんだってのが分かって、丹生田ってものすごく考えて剣道してるんだな、とかマジ感心した。
 そんでやっぱり、惚れた。

  *

「ふ・じ・え・だ・く~ん」
 イヤな予感と共に振り向くと、寮内屈指のイケメンふたりという、あまり見たくない顔が並んでいた。うんざりしつつ「なんスか」低い声を出す。
「お~い、もうちょっと愛想良くしろよ」
 ニヤニヤしてるのは声の主、大熊先輩だ。
「機嫌悪そうだな」
 苦笑気味の仙波に肩を叩かれ、「たった今、めっちゃ悪くなった」つって答えたんだけど。
「お~いおいおい、ずいぶんカワイイ事言うじゃねーの」
 大熊先輩が絡んで来る雰囲気かもすと、姉崎がクスクス笑った。
「先輩、藤枝はコレが普通でしょ?」
「そんなのおまえ限定だろ。俺には素直になるぜ~」
 イケメン二人が舐めた会話はじめたのをまったく気にせず、小松がコッチ見た。
「つうかなんで寮食、来ねえの?」
「最近、うちらのこと避けてんじゃね?」
 武田も声をかけてくる。
「……べつに、いいだろ」
「いいけどさあ、藤枝いないと、少しつまんないっていうか」
 背後から馴れ馴れしく肩組んできたのは姉崎だ。
「さわんなよ」
 肩に乗った手を払うと、横から肩を叩いた大熊先輩が顔を覗き込んできた。にんまり笑ってる。
「調度いいや、おまえも来いよ。基本つきあい悪いんだ、今日は逃がさねえ」
 アッシュブラウンの髪を弄りながら、グレイのカラコン入れた今時イケメンがニッコリと笑った。

「もうさ! うるっさいよね、あのおっさん!」
「はいはい、もう三百回聞きました」
 仙波が辛抱強く言いながら大熊先輩のおかわりを頼んでいる。
「ていうか絶対トシさば読んでると思わねーか? あきらか三十過ぎだろ、あのルックス」
「あ~、でも間違いなく二十一歳らしいですよ」
「えっマジ?」 
 大熊先輩と仙波の会話に、小松が割って入る。
「庄山さんって軽く二十五は行ってると……うっ!」
 武田が小松の鼻っ面を邪険に押しのけつつ「黙っとけ」言い、愉快そうに「あはは」と笑うニヤケメガネは強そうな酒をグイグイ飲んでる。
 そんでカシオレなめつつ、なんでこうなったかなあ、とぼんやり考えてた。
 つまり執行部の会議で、大熊先輩は監察の庄山先輩にさんざんやり込められたのだ。
『だいたい新歓の時期に行方をくらまし後輩に丸投げするなど、部長の自覚が無いと言わざるを得ん! いい加減、女のことから頭を離せ!』
 まったく正しい指摘である。その被害を真っ向から被ったの俺だし、諸手を挙げて賛成を表明したい。
 しかも先輩は、その時期行ってた人妻との不倫旅行について、仲間内で自慢げに語っていたわけで、それが庄山先輩の耳に入ったわけで、そりゃ怒られるでしょう。てか俺だってイラッとするよ?
 庄山先輩はそれだけで終わらせず、相手の人妻を突き止めて証拠写真まで突きつけたとかで、旦那にバラすことも出来るなんつって脅されたらしく、さすがの大熊先輩もヘラヘラしてらんなかったらしい。
『申し訳ありません』
 土下座させられ、今後はちゃんと仕事すると誓う羽目に陥った、とか言ってるけど当たり前のことじゃんね?
 なんだけど今日は先輩の慰労会つう名目で飲もうってコトになったらしく、そこに引っ張り込まれちまったわけ。
 個人的には庄山先輩に大賛成なんだけど、今ココで先輩やりこめるのは、さすがにレッドランプ明滅するから黙ってる。てかちょい、気分転換になるかな、たまにはいっかな、なんて思ったし。
「つうかさ、彼女できたんだよな? 聞かせろよ。もうヤッたか?」
「は?」
 武田に聞かれて、思わず「なんの話だよ」言いながらカシオレ一気飲みする。誤魔化すのに酒って便利だ。
 それに水無月のことはシラフで考えたくない。
 ここんとこ呼び出されたら水無月と会ってたし、別に隠してないから、そう思われてんのは知ってる。そんな風に聞かれたのも初めてじゃないし。
 けど付き合ってるつもり無いわけで、それはマズイと思ってもいて。
『好きな人がいるのに、ありがとう』
 あのとき微笑んで言った水無月の顔を思い浮かべると、ぶっとい針ブスブス突き刺されるみてーに胸が痛む。
 だって分かるから。
 自分の好きな奴に、他の好きな奴がいるっての、どういうことか。
 その状態がかなりキツイってのも、俺には痛いほど分かる。つうか今その痛さ、俺以上に知ってる奴いるだろうかってくらい分かる。イヤもちろんいるんだろうけど、とにかく、自分がやってることサイテーだって思うわけで。なのにあの時微笑んだ水無月すげーって思うし、勝てねえなって思うし、ぶっちゃけ尊敬するレベルで。
 水無月を好きになれば、きっとみんな丸く収まる、なんて事も考えた。けど尊敬はしてても、どうしても好きとかそういう感じにはならなくて、そんで言い訳じみたことばっか考えちまう。
 最初のアレは勢いだけど水無月もOKしたし、とか。
 その後も誘ってくるのは水無月の方だし、とか。
 あれからエッチなこととかキスもしてねーし、とか。
 考え始めると自己弁護がアタマん中うじゃうじゃ湧いて、そんな自分がイヤで、だから水無月のこと考えたくない。
「な~に彼女のこと考え込んでんだよ~」
 バシッと小松に背中叩かれ、「えっ、女できたのかよ」大熊先輩が食いつく。
「どんな女だよ。カワイイか?」
 すんげえ嬉しそうに言ってくる。あ~あ、こういう流れになるかやっぱ。頼むから話題に乗せてくれるなよ~。
「ヤったか? ヤったんだろ? どうだった? てか処女か? 俺処女とヤったことねえんだよ教えろよ!」
 うわマジでサイテーだなこのヒト、という意志を隠さず横目を送ったが、大熊先輩はまったくめげずに「言えって!」と酔ってトロンとした目で言い続ける。
「ぼっくはあるよ~」
 姉崎がヘラヘラくちを挟むと、「マジか!」とそっちへ食いついた大熊先輩にホッとする。
「でも幻想持たない方良いよ~、先輩」
「なんだよ」
「だって処女ってあんまり良くないって。面倒だしさ、やめといた方がイイよ」
 うわこいつもサイテーだよ。知ってたけど。
「いやあ、でもよ~、初めての男になるっての、征服欲的な満足があるんじゃね?」
「それほどじゃないって。ていうか向こうの執着、ほんとに面倒だよ? むしろ年上で~、社会的地位があって~、プライド高い~とか、そういうのの方が満足感は高いんじゃない?」
「お~、おまえ! よし、ちょっとこっち来い、そこら辺詳しく聞かせろよ」
 腕引っ張られて「あはは」とか言いながら大熊先輩の隣に行った姉崎は、クスクス笑いしながら先輩に耳打ちし、聞いてる先輩は、なにが面白いんだかゲラゲラ笑って、耳打ちし返したりして、笑いながらカパカパ酒飲んでる。
 姉崎に席を奪われ、ようやく先輩のお守りから解放された仙波が隣に来て、ため息混じりにレモンチューハイにくちつけた。
「ああいう大人には、なりたくねえな~」
「…………うん」
 思わず他人事みたいに苦笑して頷いたけど、胸には苦い後悔が渦巻いていた。
 自分だって、たいして変わらないコトしてる。
 そう思っちまったのだ。
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