意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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5.新体制と迷走

72.丹生田の勝利

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 七月。
 丹生田は全日本学生剣道大会に出場した。
 大会はコッチで開催だった。寮の連中はみんなで応援に行くとか言ってて、もちろん俺も行くだろって空気だったんだけど。
 だって絶対原島いるし、どうしよ、なんて感じでニヘッとか笑って誤魔化したりして、でも逃げられなくて……一緒に会場行ったんだけど、ホントは一人でこっそり行きたかったんだ。
 だって組み合わせ辿ってったら……丹生田が勝ち上がったら安藤とやることになる。
 コレ見なくちゃだろ? ぜってー見なくちゃ! じゃん!!
 そんでチビッコに紛れて見てたんだけど、必死に見てたけど、なにやってんのかやっぱゼンッゼン分かんなかった。なにげにチビッコたちは剣道やってるらしく、色々言っててちょい分かった気分になったくらい。
 そんな中、丹生田は順調に勝ち上がり、とうとう四戦目で安藤昌也とあたった!
「あ、いまヤバかった安藤」
「安藤が攻められてる」
「あのデカいヒトすげえな」
「えっ?」
「一本取った?」
「すげえ、誰だ?」
 なんてチビッコ剣士たちがしゃべってんの聞いて、そっか丹生田すげえんだな! なんてワクワクしたりして。
 ンでも剣道を観戦するときは騒いじゃダメって言われてるから、(頑張れーっ!)とか心の中でめちゃ応援して、くち閉じて汗握ったこぶし震わせて見てて、そして、そして、そして!
 そしてなんと!
 丹生田は安藤から、勝利をもぎ取ったのだ!
 その瞬間、思わず立ち上がって吼えてた。
 叫んでんだか怒鳴ってんだか分かんねえ声出てた。
「えー! 安藤が負けた!?」
「うっそ!! うそうそ!」
「マジでかー!!」
 とかってチビッコたちも大騒ぎしてたからそんな目立たないで済んだ。てかもう、嬉しくて嬉しくて、じっとしてなんていらんなかった、てか。
 でもチビッコたちだけじゃなく、会場全体がどよめいたからそこまで目立たなかったと思う。
 あの安藤が四回戦(シードで三戦目だったけど)で負けたって周りみんな興奮してて、マジで安藤ってすげえ奴なんだなって実感して。
 そんで喜びもジワジワ来て、泣きそうになるの必死で我慢してた。
 ――――丹生田は、次の五戦目で負けちゃった。
 チビッコたちが「なーんだ」「がっかり」なんてナマイキ言ってたりして、ムッカーとしたんだけど、ココまで世話になったから(一方的にだけど)許してやる。
 それに丹生田は念願叶ったわけで!
 もう嬉しくて嬉しくてたまんなくて、でもみんなと、てか原島と顔併せたくなくて、急いで帰った。
 そんで寮で、すげー! とか騒いで、みんな集まってきたから丹生田が安藤に勝ったんだぞー!! とかって触れ回って。
 丹生田が安藤と闘うために頑張ってたの、みんな知ってるし、食堂担当の岡部さんとか食堂のおばちゃんにも言ってお祝いしようぜ! とか大騒ぎして、帰って来た丹生田をみんなで迎えた。
 クラッカーまで鳴ってさ、誰だよそんなモン持って来たの! なんてさらに騒ぎはデカくなって。
「おめでとう!」
「やったな!」
 なんてくちぐち言いながらで迎えられて、サスガの丹生田もビックリの顔になってて
「丹生田が驚いてるぞ~」
 なんて声も上がって、みんな大笑いして、引きずるみたいに食堂連れてって、なし崩しにパーティー!
 スピーチスピーチとかはやされて前に立った丹生田は、マイクいらずの大声で言った。
「皆さんに大変お世話になり、このたび念願を果たせました! ありがとうございました!」
 深く深くお辞儀する。
 拍手とか指笛とか鳴り響く中、なかなか頭を上げないから
「なんだよ、なにしてんだよ」
 言いながら背中撫でたら、筋肉がめっちゃ緊張してて、時々ピクッと震えてた。泣いてんのかよ、と思ったけど、武士の情けで黙っておいてやった。
 けどしばらくして、ようやくアタマ上げた丹生田の目は真っ赤になってて、バレバレだってみんなに笑われて、丹生田も苦笑いしてたりして。
 その日は丹生田もいっぱい酒飲んで、剣道のこととかしゃべり倒して、良く笑って、時々泣いてた。
 たいしたこと出来ないけど、そんでも精一杯応援してたけど。
 ここまで丹生田がいろんなこと犠牲にして、必死で頑張ってたのも、鬼気迫る感じになってたのも見てた。ずっとずっとそばで見てたから分かる。
 丹生田がどんなに嬉しいか。
 そんな風に思ってたらコッチもジンジン来て。
 マジで良かったなって、本当に、心から、そう思って、いつの間にか涙が漏れてて、ワケ分かんなくてぐしぐし目を擦ってたら「コイツも泣いてる~」とか声上げた奴がいて、ゲシゲシ頭や背中や肩なんて叩かれて、わっちゃになった。
 丹生田は環境が厳しくても、誰のせいにもしなかった。痛くても苦しくても、自分をいじめ抜くみたいな稽古やめずに、高校からずっと果たせなかった悲願を達成した。
(……俺なにやってんだろ…)
 泣きながら自己嫌悪に陥ってて、途中からよく分からない涙になって、ぐしぐし泣き続けた。

  *

 その日、初めて俺から連絡して呼び出した。
 場所は学食裏。ベンチとか置いてるけどあんま人が来ない。目立たない方がイイと思ってそこを選んだ。
 水無月は時間通りに来てニコニコ言った。
「なあに、藤枝くん」
 その顔見てたら心挫けそうになったけど、歯を食いしばる。
 バッと身体を折り、深く深く頭を下げ、「ごめん!」そのまま言ったのは、正直顔見て言うのが怖かった、からかもしれない。
「俺、サイテーだって、自分で分かってたんだ。なのに今までズルズルしてゴメン」
「…………」
 ナニも言わない水無月の靴が見えた。
(ダメだダメだ、ちゃんと目を見て話すのがいつもの俺だろ!)
 ふう、と深呼吸して顔を上げたら、水無月はこわばった笑顔になってた。
「マジでゴメン。でも俺、やっぱ好きな奴いるから、水無月と……これからどうこうって、そういうの無理みたいで。……だからゴメン」
 目を見て、まっすぐ見て言った。
 水無月はフッと力を抜いて、目を伏せる。
(メシだけでも、お茶だけだったとしても、一回やっちまってからのアレは気を持たせるだけで、水無月には超失礼でしかない。ぶつなり罵るなり、なんでもやってもらって構わない)
 そんな気分でじっと見つめてたら、水無月は目だけでチラッと見て、ため息をついた。
「……そんなの分かってるのに」
 なにを言われても受け止める。そんな気持ちで頷く。
「誤魔化しでも、そばにいたら、……なんて、私も思ってたし」
「…………うん」
「だから、お互い様……ていう……」
 伏せたままの目から、ぽろっと涙が零れた。
「………………ばか……」
 震える息の合間に、震える声が聞こえて、水無月は俯いて黙ってしまった。
(え、どうしたらいい?)
 抱きしめるとかマズイよな。肩に手を置くとか、もマズイかな。てか触っちゃイカンような気がする。けど泣いてる女の子ほうって行くとか、んなコトできないし、でもどうしたらいいか分からなくて、おろおろしながら立ったまま待ってたら、「なんでいつまでいるのよ」細い声が聞こえた。
「……え?」
 呆けたような声が、思わず出る。
「行っちゃってよ」
「いや……だって泣いてるじゃん。ひとりになんて出来ねえ……」
「行ってよ! ひとりにして!」
 けして大きな声じゃなかった。
 けど逆らえない、強い声だった。
「……ごめん」
 もう一度言って、すごすごと離れるしかなかった。

 《5部 新体制と拓海の迷走 完》
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