意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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8.二人きりの旅行

95.はるひちゃん

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 待ってたみたいに、すぐメシが運ばれてきた。
 野上さんがめっちゃ上品だし、ホテルのひとが「奥様」とか言うし、どんなすげえ料理出てくるか、ちょいビビってたんだけど、順番に皿が出てきたりってこともなくホッとした。
 つうか並んだ皿や小鉢には煮物や焼き物多くて、具だくさんのみそ汁とか、サラダの他に酢の物なんかもあって、おばあちゃんの得意料理って感じ。運んでくれたおねーさんの説明によると、土地の新鮮な野菜やキノコ、地鶏とか川魚とか、ハーブガーデンのハーブもふんだんに使ってるんだって。
 彩りキレイで、超イイ匂いして、見ただけで喉がゴクリと鳴った。
「うわ~、すっげうまそうっすね!」
「どうぞ、召し上がれ」
 野上さんがニコニコ言ったんで早速箸をつける。丹生田も手を合わせて一礼してから食べ始めた。
 丸焼き風の魚はニジマス。手づかみでかぶりつきたい衝動と闘いつつ、箸で身を取って口に運ぶ。
「マジやばい!」
 思わず声が出た。皮の食感イイし塩加減最高、良い香りもする。
「炭火で焼いてますのよ。火加減が絶妙でしょう?」
「鶏も美味しいよ。あたしやっぱり、ここのサラダ大好き」
 はるひちゃんはサラダ、野上さんは酢の物つつきながら上品に食ってる。
 俺らも煮物やみそ汁なんかに手を伸ばしながらもりもり食う。どれもコレもうまい!
 うお、キノコ盛り沢山の炒め物、味噌味じゃん! やっべ、こういう味とか意表つく!
「……すみません」
 夢中になってたら丹生田が低い声を出した。見ると周りを見回してる。ああ、デッカい声出したくねんだなと思ったから、他のお客さんトコにいたおねーさんに手を上げる。
「すんませーん!」
 俺はデカい声出しても平気だし。
 おねーさんはすぐコッチ見てくれて、近寄ってきた。「すまん」とか呟いてる丹生田に悶えそうになるの我慢して箸動かしたりしてたら、丹生田が低く聞いてる。
「ご飯のおかわりは出来ますか」
「はい。大盛りも出来ます」
「マジすか! んじゃコイツと俺と、激大盛りで!」
 言うと、丹生田も黙ったまま頷いた。
 すぐにデッカいどんぶりに山盛りのご飯が二つ届けられ、二人してかっ込みながらもりもり食ってたら、野上さんが少し煮物と、鶏なんて丸ごと分けてくれた。
「どうぞこちらも召し上がって。素敵な食べっぷりです、拝見しているだけでお腹いっぱいになりますわ」
「コレもあげる」
 はるひちゃんは酢の物と煮物をくれた。つうかまったく手つけてねえし。
「いいの? 超うまいよ?」
「いいの。こういうの好きじゃないから」
 なるほど~。かっ込みながら拓海は納得した。
 煮物とか和風な献立ん中で、鶏とかサラダとか洋風なの混じってんな~とか思ってたけど、野上さんとはるひちゃん、両方の好みを反映してたんだな。おかず盛り沢山になってっから俺らは大歓迎だけど。
 食い終えて腹一杯になってから、
「お二方はおいくつなんですの?」
 野上さんに聞かれ、二十歳になったばっかりと答えた。
「でしたら、少しお酒に付き合っていただけないかしら」
「もちろんイイっすよ」
 ニカッと頷いた。
 野上さんを見てると、なんだか、なんでもしてあげたくなる。母親のおばあちゃんは十歳の時に亡くなってあんま覚えてねえし、父方のおばあちゃんは写真でしか知らねえし、……そのせいかな。
 なにが飲みたいか聞かれたからビールつっとく。あんま酒強くないし、カシオレとかあるかどうか分かんねえし。丹生田も同じでイイって言って、はるひちゃんが「あたしも」とか言ったら
「あなたはいけないわ。未成年でしょう」
 ちょっと眉寄せた感じでたしなめてて、はるひちゃんは不満げだった。
 二階のテラスに誘われた。広いテラスは一部に屋根がついてて雨をしのげる。
 きちんと塗装入ってる木製のテーブルと椅子にみんなで座った。丹生田は野上さんの隣。その向かいにはるひちゃんと俺。すぐにビール二つとジュースと、ウイスキーらしいグラスがひとつ運ばれてきた。野上さんはなんとなくワインかなと思ってたから、ちょい意外。
 乾杯して飲み始めた……んだけど。
 雨は小降りになったけどまだ止んでない。屋根の向こうの空はだいぶ暗くなってて、雲の様子とか分かんない。
「止まないなあ」
 祈るような気持ちで見上げながら呟くと、
「明日は降水確率二十%だ」
 丹生田が言った。
「晴れる」
 目を向けると、雨の落ちる湖を見つめてる。
「きっと、そうなる」
 なんて言いつつ、丹生田の横顔は心配そうだった。
「ほんと、こんな雨降るなんて調子狂っちゃう。ゴルフできないじゃない」
「そうね、わたくしにゴルフバッグを運ばせたんですものね」
 野上さんが微笑んで言うと、はるひちゃんはチッと舌打ちして眉寄せた。
 ああ~、はるひちゃんってワガママなタイプなんかぁ、とか思いつつビール飲んだ。やっぱ苦くて、あんまうまくねえなあと思う。
 すると腕に柔らかい手がかかった。
「ねえ」
 すっげ間近で、はるひちゃんがニッコリ笑いかけてくる。
「どうしてこんなトコ来たの? 女の子なんて滅多に来ないよ?」
「ああ~、つかそういう目的じゃねえし。山ん中でキャンプしたかったんだよ。湖で釣りとかさ」
「嘘ばっかり。男の子はみんな女の子とエッチなことしたいんじゃない」
 うーわ、めっちゃ近い。つうかはるひちゃん、目が怖いよ。
「そんな男ばっかじゃねえって」
 ちょい引き気味に言ったが、さらに顔ぐいっと近寄せたはるひちゃんは、「うそ」と笑みを深めた。
「あたし可愛くない? 引っかけようって気にはならなかった? 違うね、おばあちゃんがいないところで声かけようとか、それまで誠実に見せておこうとか、そんな風に考えてるんだわ」
 めっちゃ笑顔だけどマジ怖え!
 瞬間的に身を引きつつ「そんなんじゃねえって!」両手を顔の横で振る。
「男たって、んなコトばっか考えてるわけじゃねえし、みんなそうってわけじゃねえって!」
「じゃあなんでおばあちゃんといきなり仲良くなってるのよ」
「なんでって、……なんで?」
「言えないんでしょ。そうよね、当たってるんだから言えないよね」
 いきなり責められまくってパニクって「知らねえよ!」キレた。
「藤枝」
「はるひさん」
 向かいから丹生田と野上さんが抑えた声をかけてきた。
「ちげえ、つってんだろ!」
 けどキレちまったら止まらないのが藤枝拓海クオリティだ。
「勝手に決めつけてんじゃねえよ! つうかおまえなんて来るって知らねえし!」
 怒鳴りつけると、はるひちゃんも「うそつき!」怒鳴り返してきた。
「知らなくてもあたし見てラッキーとか思ったのよ! 分かってるんだから! 金持ちっぽい女の子、ラッキーとか思ったのよ! そうに決まってる!」
「違うつってんだろ!!」
 勢いで立ち上がり、腹立ち紛れに椅子の脚を蹴りつける。「きゃ!」驚いてはるひちゃんも立ち上がる。
「ナニ勝手に決めつけてんだよバーカ!」
「藤枝」
 丹生田も立ち上がった。困ったように眉寄せてる。それ見たら、カッカしてた頭が一気に冷えた気がした。はぁ、と肩を動かして息を吐く。
「……少なくとも俺と丹生田は違えんだよ」
 そんでも睨み付けながら言うと、はるひちゃんは腕を組んで「はあ?」鼻で笑い、こっちチラッと見て言った。
「なにそれ。ホモなの?」
「は?」
(黙れバカッ!! なにバラしてんだよっ!)
 わりとけんかっ早いけど、女の子殴ったことなんて無い。はるひちゃんは普通にカワイイ女の子で、でもそん時、衝動的に殴りたくなって、必死で抑えようとして、そんでも手が伸びたのは、せめて黙らせようと無意識に思ったから。
「藤枝!」
 丹生田の声で手が止まる。
「はるひさん!」
 野上さんが強い声を出し、はるひちゃんは俺の手をバシッと叩き、「つまんない」クルッと背を向けた。
「おばあちゃんサイテー」
「はるひさん」
 一人だけ座ったままの野上さんが厳しい顔をしてる。そっちに目を向けたはるひちゃんは「バッカみたい」と吐き出すように言った。
「イケメンいれば、あたしがおとなしくしてるとか思ったんでしょ。ほんとサイテー」
 それだけ言ってテラスから出て行っちまった。
 野上さんのため息が聞こえ、立ったまま呆然と見送った二人に「お座りになって」と声がかかった。
「ごめんなさいね」
 呟くような低い声で言うと、クイッとグラスを空けた。
「あの子の言う通りですのよ」
「あ~……その、野上さん?」
 おずおず聞くと
「ごめんなさいね」
 ため息混じりに言った野上さんは、さっきまでニコニコしてたのと全然違って、疲れたおばあさんの顔になってた。
「お二方が好ましい殿方だったので、目が覚めるかと思ったんですの」
 それだけ言ってゆっくり立ち上がった野上さんは、
「……飲み足りないわ」
 なんて呟いて、おぼつかない足取りでテラスから出て行こうとした。丹生田が駆け寄って腕を支えると、見上げた。
「ありがとう」
 寂しそうにふんわり笑い、もう一度言った。
「ごめんなさいね」
 丹生田は黙って首を振ったけど、野上さんも首を振って「いいの、大丈夫よ」丹生田の手を外し、一人で出て行った。
 テラスには丹生田と、俺と、飲みかけのビールだけが残された。
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