意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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10.寮祭、そして

153.思考停止?

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「なんであの丹生田くんが、そんなにカッコ良く見えるんだ。ひとはどうしてひとを好きになるんだ?」
 いつも通り淡々とした、しかしひどく真剣な眼差しと声になっているのを感じ取ったのか、藤枝も考え込む様子になった。
「どうして、好きになる……?」
 呆然とした声を返し、藤枝は眉を寄せて俯きながら、くちもとに指を寄せた。
「そうだよ。そこの理解がそもそも間違っていたってことなら、僕は今すぐそれについての理解を正す必要があるんだ。正しいとか間違っているとか、そういう通説があるなら教えてくれ」
「や、だってそんなの……考えてなかったし……」
「考えてない? じゃあ藤枝、そもそもを聞くけど、きみはどうして丹生田くんを好きになったんだ?」
「てかそんなの考えねーだろ。いつの間にか好きになって……」
「でも君は、おじいさんに似てたからだと思うんだよね? それが間違ってるって、さっきから言ってるんだよね? そこはイイ?」
「……うん。そうかもしんないなって……顔や声や……デカくてゴツくて……」
「分かった。おじいさんに似てる丹生田君だから好きになった。それが間違ってるから困ってる? じゃあなぜセックスしたのかな。 おじいさんに似てるからしたかったってことでイイの?」
「や、バカそんなわけねえじゃ……ちげーよ。てか……あ~~、うん、違う。…………てか俺……ずっと丹生田のこと見てて……」
 それは知っている、と思ったが言わなかった。藤枝の様子が変わったからだ。
 自分の中を見つめるように半目になり、指がくちもとを弄り始める。こういうときは、かなり深いところまで語るのだ。
「少しでも長く見てたくて、ずっと丹生田を見てて」
 雅史自身、丹生田には注目していたし、部屋が離れてからも観察では無い意味で見ていた部分はあった。
 自分を虐めるように頑張っていたときもあった。雅史から見ても悔しそうだと分かる顔も見た。唇噛みしめていたあれは、泣きそうなのを耐えていたのではないか。
 そして安藤に勝ったときの祝勝会じみた食堂で泣いていたのは、あれは嬉しかったのだろう。雅史もちょっと感動した。その時藤枝も非常に嬉しそうに、目元にじんわり涙を滲ませていた。
「俺は……応援してた。ずっと丹生田のこと見てて、一緒に笑って一緒に泣いて、そんでマジでイイ奴だなとか思ったんだ。可愛いなとか、色々……そんで、そんでだから……だから……こんな好きに……」
 呟くような声を漏らしながら、藤枝の背が徐々に丸まり、腕が上がって頭を抱えるようになっていく。両膝に肘をついた両手は、まるで頭部を守ろうとしているようだ。
 それを雅史も黙って見つめていた。
 ジリジリして早く答えろ、と声が出そうになってはいたが抑えた。これはなにかを深く考えている、今刺激してもキレるだけだと、なんとなく察したからだ。
 すると唐突に、頭を抱えるようにしていた手から力が抜け、パタンと落ちた。
「……そうだよな…」
 呟くような声が聞こえ、項垂れていた顔がゆっくりと上がっていく。
(……うん?)
 さっきまで涙が滲んでいた瞳に、力が宿っていた。
「……俺が、好きになった」
 丸まっていた背中が徐々に伸びるにつれ、下がっていた眉尻が上がり、半端に開いていたくちもとが閉じ、情けなく歪んでいた表情がキリッと引き締まっていく。
「丹生田自身を好きになった。じいさんじゃなく、丹生田を見てたから」
 如実に変化していく相手を見つめている雅史も、それまでの感情など吹き飛んで、無自覚に観察モードへ移行していた。
「そうだよ。間違ってるとしても……俺だ」
「……藤枝くん?」
 声をかけると、伏せていた目が上がり、くっきりした二重がまっすぐに雅史を見た。
「丹生田じゃねえ。エッチしたくらいで丹生田は傷つかねえ。……そうだよな、橋田」
 真剣な目がじっとこちらを見ている明るい茶の瞳には、いつのまにか強い光が宿っていた。ハッと気を引き締め、注意深く声を出す。
「……なんのことかな?」
 藤枝の中でなにか変化が起こったようだった。はっきりとは分からないけれど、これは非常に興味深い状態だ。絶対に見逃すべきじゃない、と雅史の本能が叫んでいる。
 だからこの藤枝の、なにひとつでも見逃すまいという意志の籠もった視線は真剣味を増していた。
「男とエッチするのって、別に悪いことじゃねえんだよな?」
 低い声で問われ、ジェンダー関係で激高していた知り合いの顔を思い出しつつ、不用意な一言で全てをぶち壊してしまわないように、くちにする言葉を慎重に測った。
「そう聞いたよ、ぼくは」
 藤枝は目を閉じてコクッと頷いた後、ふっと息を吐き、まぶたをあげる。視線は雅史の方を向いているがこっちを見てるわけじゃ無い。焦点が合っていないようなぼんやりした眼差しのまま、口元が緩み、すこしだけ目が細まる。
「……うん。そうなんだよな」
 囁くような声を聞きながら、なるほど、見た目だけなら確かにイケメンなんだよな、と思う。
 喚いたり馬鹿笑いしたりせず、こうして静かにしていると、いつもの藤枝が想像できないほど、ちょっと迫力ある美形って感じになる。だから藤枝は面白いのだ。
 混乱から脱してすっかり冷静な観察の目を向けつつ、そんなどうでも良いことを考えていると、藤枝の目が雅史を捉え、ニカッと笑う。
「サンキュ、橋田。なんか分かった」
 なんだこの悟りきったような藤枝らしくない顔は。こっちはまったく分かっていないぞ。
「……なにが分かったのか、聞いても良いかな」
 苛立ちを表さぬ淡々とした声で問うと、「いや、自分でもよく分かんねんだけど」片手をあげ髪を乱しながら、はにかんだように笑う。
「このまんまでイイんじゃねって。……そゆこと、つか」
「……つまり、きみはやっぱり丹生田くんが好きだと」
「うん」
 そう言って藤枝はイケメンな顔のまま、くっきりと頷いた。
「俺、丹生田のこと好きだし。今までと同じにそばにいられりゃなんでもイイかって」
「なんでも?」
「うん、エッチも……正直ヤりてえし。余計なこと考えンのやめよっかな……つうか俺、うじうじ考えンの向いてねえし、なんか疲れたしさ」
「……なるほど」
 とは言ったが、雅史の頭の中には:疑問符(クエスチョンマーク)が飛び交っていた。
 いったいどういう事だ? 思考停止したってコトか? でもそれなら前と同じじゃ無いか? なら、無駄に悩んだだけ? 変革も前進も無いまま諦めた?
 疑問を疑問のまま放置するのは、本来雅史のやり方ではない。だが、こと恋愛に関しては自信が無いので、どう突っ込むべきか正解が分からない。
(ていうか自分でも分かってないって言ってたし)
 今これ以上追求しても、藤枝はなにも言えないのだろうな、と考える。
 生じた疑問、人はなぜ人を好きになるか、という重要な命題については、後日別の情報ソースを頼るしか無いようだ。所詮は藤枝。この程度でも仕方がない。
 なので雅史は、淡々と言った。
「まあ、なにか言いたかったらいつでも来なよ」
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