楽茶碗

ひでとし

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3 千利休との出会い

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 3 千利休との出会い


 阿米也の一人息子の長次郎は六尺豊かな偉丈夫に育ち、父の陶器作りを受け継いで一人前の陶工となった。
天正七年(1579)、二十二歳になった長次郎は、父の勧めで京の町で同じく焼き物稼業を営む土風炉師(どぶろし・陶製風炉の職人)の田中宗慶(たなかそうけい・田中吉左衛門正弘)の娘の「リユ」を娶った。
          
リユは父・田中宗慶の又従兄弟に当たる泉州・堺の豪商で茶人の千宗易に子供の頃から可愛がられ、その京屋敷に出入りしていた。長次郎はリユと夫婦になった挨拶に、二人で千宗易の屋敷を訪れた。
織田信長の茶堂(さどう)を勤める千宗易は、リユを実の娘のように可愛がっており、長次郎にも優しい言葉を掛け、二人を茶室に招き入れて自ら茶を点ててくれた。

それまで抹茶などろくに飲んだこともなかった長次郎だが、千宗易が茶を点てる茶室の佇まい、置かれている茶道具の美しさ、その調和、さらにその中で穏やかな声で語る千宗易にすっかり魅了されてしまった。

リユは長次郎が目を輝かせて千宗易の話を聞く姿から夫の心を察していた。

リユが思った通り、長次郎は宗易屋敷からの帰り道で、

「おれは千宗易様の弟子になりたい」

とボソッと言った。

「ええやないの、そうしたらええわ」

リユはそう答えてニッコリと微笑んだ。長次郎も微笑んだ

会話はこれだけである。

口下手な長次郎は自分の気持ちを上手く言い表せないが、それでもリユは夫の考えていることが分かるのだ。
長次郎の表情、目の動き、体からにじみ出る雰囲気を感じれば、言葉は必要ない。

 こうして茶の湯の世界に惹かれた長次郎は千宗易の弟子となり茶会を手伝うようになった。 
但し、弟子といっても長次郎には家業の押小路焼の仕事がある。
父の阿米也は、それに差支えない範囲内で、という条件付きで長次郎が千宗易の屋敷に通うことを認めた。

それ以来、長次郎は茶の湯の世界で様々な名物道具に接してその美に感動すると共に、千宗易に憧れて自分も茶人になりたいと思うようになった。
一時は焼き物作りは捨てて茶人になりたい、と思うほどだったが、千宗易はそれを認めなかった。
長次郎に茶人は無理なのだ。

長次郎は、茶室、露地庭、茶道具といった茶の湯の美への感性は秀でているが、茶人として何よりも必要な社交が出来ない。如何せん長次郎はあまりに口下手で人との関りが苦手である。
客の持て成しが出来ないため千宗易の茶会でも裏方を務めるしかなかった。
これでは茶人になるなど土台無理な話である。

だが、千宗易は敢えてそれを口にはしなかった。
本人がそれを自覚して茶人を諦めるのが一番良いと思っていたのだ。
長次郎は二年の間、宗易に付いていたが、人あしらいの出来ない自分ではどうあがいても茶人には成れない、とようやく悟り、千宗易の手伝いを辞めて家業の陶器作りに戻った。

 天正十年(1582)本能寺の変により織田信長は斃れ、羽柴秀吉の世となる。
秀吉は千宗易を抜擢し、茶堂の首座に据えた。
こうして天下一の茶堂として力を得た千宗易は、詫びの茶の湯の理想を追求に突き進んでいき、その理想を形にした草庵茶室を作り上げて茶の湯の世界に旋風を巻き起こした。
         
 長次郎は、噂に聞く千宗易の草庵茶室をぜひ見たく思い、リユを通じて千宗易に懇願した。
宗易は長次郎の願いを快く聞き入れて、京屋敷の丸太の柱、土壁、台目構(だいめがまえ)の茶室に入れてくれた。
長次郎は茶室に入るなりその森厳な空間に打たれて目を見張った。

表裏のない長次郎が心底から感動する様子を宗易は可愛く思い、
「誠の茶の湯とは亭主と客の直心の交わりを図るもので華やかな茶道具はかえって邪魔であり、閑味(かんみ・閑寂なる味わい)ある道具こそが茶の湯の道具として相応しい。茶室も清潔で粗相な造作が望ましい。
だからこのような土壁の茶室を自分は作ったのだ」

と分かりやすく説いてやった。

敬慕する千宗易の話に感銘を受けた長次郎は茶室の土壁色をした茶碗を作ってみたいと思った。
茶人には成れなかった自分だが、茶碗作りなら出来るのでは、と思ったのだ。

茶室の土壁の前に似たような土壁色の茶碗を置けば目立たない、これほど閑味あるものはない。
と考えた長次郎は家に帰ると早速に制作に取り掛かった。
茶碗の形は以前に宗易に見せられた高麗の三島桶の茶碗を真似ることにした。
茶碗はこの形が最も茶が点て易いと宗易が教えてくれたからだ。
  
長次郎の家では作陶に轆轤(ろくろ)は使わない。元々、父の阿米也が始めた明国式の押小路焼は北京の瑠璃廠の瓦作りに倣って型で焼き物を成形する手法なのだ。
このため長次郎も轆轤の修業をしておらず、茶碗は手捏ね(てづくね)で拵えた。

茶碗の土は押小路焼の陶土に赤土を混ぜて土壁色に焼きあがるようにし、それに黄色のくすりを掛けて焼き上げたところ土は良いのだがくすりにツヤがありすぎて壁土の感じがしない。
そこでくすりにつや消しの土を混ぜ、さらに釉色を薄くしたところ、赤味のある黄褐色の肌合いに焼きあがった。
まさに土壁色である。長次郎は、これならば、と得心し、父の阿米也もその新しい焼き物を面白いと褒めてくれた。

そこで長次郎は、千宗易の屋敷にこの茶碗を持参して恐る恐る千宗易に見せた。
宗易は手に取りしばらく黙って見ていたが、

「土とくすり、形は良いが高台が悪いので直した方がよい。これは今後の手間賃にせよ」

と銭十貫文を呉れた。

長次郎は宗易が自ら指導してくれたことに感激して熱心に茶碗作りに取り組むようになった。
それ以来、宗易に指導を受けながら十一回もの修正を重ねてようやく宗易が認める茶碗が出来上がった。
気が付けば茶碗作りを始めて一年近くが経っていた。

千宗易はこの茶碗を二十個作るよう注文して百貫文で買ってくれた。
長次郎は自分の作った茶碗が宗易に認められたのが何より嬉しく誇らしかった。

その三月後の天正十四年(1586)、羽柴秀吉は朝廷より関白に任じられた御礼に宮中で茶会を行った。
後に「禁中茶会」と呼ばれた後陽成天皇に茶を献じる儀式である。

この折の茶堂には千宗易が任じられ朝廷より「利休居士」の号を賜り任に当たった。
秀吉は黄金の茶室を宮中に持ち込み、自ら黄金の天目茶碗で天皇に茶を差し上げたが、その華麗な黄金世界は公家衆を魅了し秀吉の力を強烈に見せつけた。
それに続いて千宗易改め千利休も、流れるがごとき手前で堂上公家に茶を勧め、見事に務めて関白・秀吉の面目を大いにほどこした。
 
 長次郎はこの話を聞いて千利休が変節したと憤慨した。

千利休は茶の湯にとって華やかなものは邪魔であり、閑味こそ誠と言ったではないか!
それを信じた自分は身を削る思いをしてあの閑味ある茶碗を作り千利休に差し出したのだ。
それなのに豪華この上無い黄金の茶室で帝に茶を点てるとは何事か!
利休は言うこととやることが反対ではないか!

真っ直ぐで純粋な気性の長次郎にとっては千利休が天下人の秀吉に迎合し道を外れてしまったように思えたのだ。  
長次郎は千利休の屋敷に出向いて利休に思いの丈をぶつけた。
長次郎の言うことを黙って聞いていた利休は笑いだした。

「なるほど、お前の言うことはその通りだな。
たしかに以前にお前に話したことと黄金の茶室はまるで反対だ。
あの黄金の茶室を作らせたのも誰あろうこのわしなのだ。
お前が利休は道を外れたと考えるのは尤もなことであるな」

これを聞いた長次郎は意外に感じた。
利休は自分を叱りつけるとばかり思っていたのだ。

「お前のような卑しい陶工になにが分かる。
忝くも帝よりも名を賜ったこの利休を貶すとは無礼にもほどがある。
お前など二度とこの屋敷に立ち入ることはならん」

と怒鳴られると思いながらも決死の覚悟で利休に意見を述べたのだ。

利休は続けて、

「以前にお前に話した閑味ある茶の湯が誠であることに間違いはない。
しかしこの度の帝への献茶は茶の湯の形を借りた関白・羽柴秀吉様の朝廷への恫喝なのだ。
黄金で関白様の力を見せつけ、この世の真の支配者は羽柴秀吉であると知らせるために帝に茶を飲ませたのだ。
いや、煮え湯を飲ませたというべきかもしれぬ。
すなわち、あれは茶の湯ではないのだ、政の儀式なのだ。

ただ、黄金の茶室には草庵とは違う美しさがあるのだ。
それは侘の茶とは全く異なる華やかで典雅な美しさだ。あの美しさは万人が分かるものでそれを否定することもあるまい。長次郎もあの茶室に座れは、それを納得するはずだ。
あの黄金の茶室を長次郎にも見せてやりたかったぞ」

思いがけなく優しい利休の言葉を聞いて長次郎は胸がいっぱいになり、もう何も言うことが出来なかった。

利休はさらに、

「お前の茶碗作りの才は並ぶものがない。
若いお前をあまり褒めると思い上がって宜しくないと黙っていたのだが、わしの草庵に入っただけであのような茶碗を思いつく者など、この世に二人とおらぬ。
その才を伸ばすためにも、お前は今後も謙虚な心で精進をするのじゃぞ。

あの茶碗は関白殿下にもお手に取ってご覧いただいた。殿下は面白そうに見ておられたぞ。
これからはあの茶碗を欲しがる者が出て来よう。
それゆえ同じものをあと五十個作ってくれんか。
さらに出来ることなら同じ形で黒いくすりの物も試してみてくれ」

意外な事の成り行きに長次郎は驚くばかりだった。

陶工として自分の腕には多少の自信はある。
家の押小路焼の仕事は創業した父よりも自分の方が上手だ。

しかし憧れの天下一の茶堂、千利休がここまで褒めてくれるとは思いもよらなかった。
しかも天下人の羽柴秀吉が自分の作った茶碗を手にしたという。
長次郎は身のすくむ思いがした。

勢い込んで入って行った利休屋敷だったが、出たときは魂を吸い取られたようにフワフワと力なく歩く長次郎だった。どこをどう歩いたか覚えていないが、ようやく家にたどり着くと利休の言葉が頭の中を駆け巡る。

「黄金の茶室を長次郎にも見せてやりたかったぞ」

「お前の茶碗作りの才は並ぶものがないのだ」

「あの茶碗は関白殿下にもお手に取ってご覧いただいた」

自分の作った茶碗を天下人の秀吉が手に取って面白そうに見たという。
あまりの事の成り行きに長次郎は何がなんだかわからなくなった。

自分が途方もない者になったような気もするが、利休にからかわれたようにも思われる。
自分が無礼なことを言ったので利休は意趣返しをしたのだろうか?
いや、茶碗を五十個も注文してくれたのだからそんなことはないだろう。
いや待てよ!自分が五十個の茶碗を届けたら、利休は、

「そんなことを言った覚えは無い、茶碗など要らぬ」

と言い出すのかもしれない。
そうなったらうちは大損だ。父に怒られてしまう、もしそんなことになったらどうすればいい・・・・。

埒も無い考えが頭を駆け巡って消えない。
長次郎は眉間にしわを寄せてしばらく考えていたものの、慣れないことに疲れて横になると眠ってしまった。
その様子を黙って見ていたリユは心配顔で長次郎の大きな体にそっと小袖を掛けた。

 夢の中で、長次郎は利休が試してほしいと言った黒いくすりのことを考えている。

一体どうしたら黒いくすりができるのか?
そもそも今までに押小路焼で黒いくすりの焼き物など作ったことが無い。
押小路焼は鮮やかな色合いが身上で、黒いくすりなど無縁のものなのだ。

黒に近づけようと、押小路焼の黄色いくすりに鉄気を足していくと黒っぽい褐色にはなるものの真っ黒にはならない。

だが、長次郎はいつか工房で黒いくすりを見たような気がする。

「そうや!」

大声で叫んで目が覚めた長次郎はそのまま工房に駆け込んだ。
どうやら明け方まで寝入ってしまったようだ、外はまだ薄暗い。

長次郎の大声に何事かと両親とリユは寝床から頭を上げたが、いつも仕事にかかると夢中になってしまう長次郎のことである。皆は長次郎がまた何か思いついて仕事を始めたのだと知ると、毎度のことと再び眠りについた。

 長次郎は鉄気の多い褐色のくすりを調合すると小さな盃に塗って窯に入れた。

押小路焼の窯は高さ五尺ほどの小規模なものだ。
この窯は火入れして二刻(4時間)もすればくすりが熔けるほどに温度が上がる。
その頃合いを見計らった長次郎は先ほどの盃を鉄挟(てつはさみ)で窯から引き出した。
盃は真っ赤に焼けているがしばらくすると冷えていき、そこには漆黒のくすりが現れた。

「やったでえ!」

長次郎はまたも大声で叫んだ。
くすりの色が長次郎の予想通りになったのだ。

長次郎は夢の中で六年前に父からくすりの調合を習ったときに鉄気の多いくすりの色見(いろみ)が黒くなったのを思い出した。
色見はくすりの焼け具合を見るために小さな破片にくすりを塗ったものを窯から引き出すものだ。
      
鉄気の多いくすりは普通に焼けば褐色になるが、窯から引き出されて急冷すると黒くなる。
長次郎はこれを知って漆黒の茶碗を二十ほど焼いてみた。
真っ赤に焼けた茶碗を高温の窯から引き出すのは危険だったが、長次郎は火傷を負いながらもようやくそのコツを掴んだ。
       
こうして何度か窯を焼いて出来の良いものを千利休の屋敷に持参すると利休は、

「もう出来たのか、黒いくすりを試してくれと言ったのはまだ八日前のことだが」

と言って漆黒の茶碗をじっと見た。

利休は、

「これはなかなか良いが、わしが思う黒としては鮮やか過ぎる、艶々として閑味に乏しいようだ」

それを聞いた長次郎は黙って頭を下げるとそのまま工房に取って返し、すぐに新しいくすりを調合し茶碗に施釉し焼いた。利休の指摘に合うようにくすりを改良したのだ。

その翌日、長次郎はそれを利休に持参した。

利休は、

「もう出来たのか、まことにお前は仕事が早いのお」

と新たな茶碗を見つめた。

昨日とべるとくすりが漆黒から褐色を帯びた複雑な色調に変り、テカテカとした艶もしっとりと落ち着いた肌合いに変わっている。
わずか一日でこれほどの改良をする長次郎の技量に利休は感嘆した。
この一年で長次郎の腕は急速に上がったようだ。

「これは良い!この茶碗には古き心と閑味がある、茶を点ててみよう」
         
長次郎は利休に付いて二畳台目の茶室に入った。

炉の釜には湯が煮えたぎっている。
利休が長次郎の黒茶碗に抹茶を一掬い入れると緑がキリリと冴える。
茶碗に釜の湯が注がれ茶が点てられた。
何時見ても利休の手前は流れるようである。

茶が点って目の前に出された茶碗を長次郎が手に取ると茶碗の黒と茶の緑が調和し、自分が作ったとは思えないほどの見事さである。利休は初めからこの色の対比を狙っていたのだろう。

その茶をゴクリと飲んだ瞬間、長次郎は何か不思議な力が体を突き抜けるのを感じた。


    
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