楽茶碗

ひでとし

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8 家

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 ところがその翌年のことである。
二代・長次郎は黒楽茶碗を窯から引き出した際に転んで窯の中に倒れ込み大火傷を負ってしまった。
リユは京きっての名医、曲直瀬玄朔に診せたが名医の治療も虚しく、二代・長次郎は右目を失明し、左目もろくに見えず右腕も動かなくなってしまった、これでは茶碗作りは出来ない。

おまけに焼けただれた顔面には酷い火傷傷が残り二目と見られぬ姿である。
二代・長次郎はすっかりふさぎ込んで部屋に閉じ籠ってしまった。
リユは心配で気が気でない。
リユは閉じ籠る息子にかつての長次郎の姿を重ねて暗澹たる気持ちであるが、なんとか息子を励まそうと、

「修練を積んだら残された左目、左腕で仕事ができるようになるはずやわ。皆で手伝うよってやってみいへんか?」

と説いた。
しかし二代・長次郎にはまるで気力がない。
妻のあやめも夫を口説いてみたがお手上げである。
本人は両替商での婿入りの失敗、茶碗作りでの事故と度重なる不幸を恨み悲しんで心身は衰える一方である。
こうした気持ちの弱いところは父親譲りかもしれない。

「兄さん、なんでこんなことになったんや。折角兄さんが惣吉に家を譲ろうとしてくれたのになんちゅうことや。
なんでうちはこないに苦しまなならんのやろう。前世でよほど悪いことでもしたのやろうか」

悲嘆に暮れるリユに常慶は掛ける言葉もない。

 常慶は来年には二代・長次郎に家を渡して隠居するつもりだったのだが、そうはいかなくなった。
常慶が銀印を拝領してから楽家には幕閣の要人や大名からの注文が多く来るようになっている。

六十七歳になった常慶は老骨に鞭打って仕事に励んだが全てをこなすには無理がある。
そこで土風炉師になっていた実子の吉左衛門に来てもらい仕事を手伝わせることにした。
元々、吉左衛門は茶碗作りが得意である、たちどころに父親以上に優れた作品を仕上げた。

さらに新時代に合わせて黒茶碗、赤茶碗ともにツヤのあるくすりに変えて茶碗の形も瀟洒にしたところ人気を呼び、世間では常慶を超える名人との評判を呼んだ。
   
こうなると仕事の出来ない二代・長次郎には出る幕が無い。
吉左衛門の活躍に反するように二代・長次郎はますます衰え、元和十年(1624)に亡くなった。
まだ36歳の若さだった。
悲しいことに初代と二代・長次郎はいずれも若くして非業の死を遂げたのだった。

二代・長次郎には子がおらず長次郎の血筋はここに絶えてしまった。
それを守ろうとしたリユの奮闘と常慶の思い遣りが報われなかったことは誠に切ない。

リユは悲しみから尼になろうとしたが、今度は常慶の妻が卒中で急死してしまった。
楽家の切り盛りと常慶の世話をする者がいなくなりリユは仕方なく出家を思いとどまって楽家に残った。
常慶は自分が生きている限り、なんとしても尼になるのだけはやめてくれと言う。
リユが尼に成ったらそのまま弱って死んでしまうのを恐れたのだ。

リユは常慶に問いかけた。

「なあ、兄さん、私の一生はなんやったのやろうなあ。
何一つ思うようにはならんかったわ。この期に及んで尼にさえなれんのや。
今までも一生懸命に働いてこれで良うなるかと思うといつも壊れてしまう。
なんでうちはこんな目にばかり遭うのやろうなあ、一生かけても何一つ実らんかった」

「いや、そうやない。お前は立派に一生を実らせたやないか。
リユはこの楽家を作ったんや。お前がおらんかったらこの家は無かったんやで。
長次郎はんを利休さまに引き合わせたのはお前やないか。それで楽茶碗が出来たんや。

長次郎はんが仕事出来んようになったら、わしらに茶碗を作らせたのもお前や。
そして太閤さんに天下一茶碗師の号と金印をもろうて楽を苗字にして楽家が出来た。

会津から帰ってからは貧乏暮らしで困ったが、お前は文句も言わずよう支えてくれた。
ほんまに有り難いと思うとるわ。

楽家はいずれ吉左衛門が継ぐやろうが、お前のことは長次郎はんと共にこの家が続く限り大切に敬うように言いきかせてある。
気を落とすことはないぞ。
お前は天下一の御茶碗師、楽家を産んだ大御袋様(おおおふくろさま)なんや!」

それを聞いたリユは寂しそうに微笑んだ。

寛永四年(1627)リユはその67年の生涯を閉じた。

楽家は常慶が隠居して、その長子の吉左衛門が当主となった。

吉左衛門の名乗りは祖父の田中宗慶吉左衛門、父の楽常慶吉左衛門と受け継がれた名である。
吉左衛門は後に「道入」と号し稀代の茶碗名人「ノンコウ」と讃えられるようになる。

 寛永十二年(1635)、楽常慶は吉左衛門に楽家を託してこの世を去った。

 その後の楽家では長次郎とリユを家祖として祀り、当主は吉左衛門を襲名するも、リユの想いに報いるべく代々の跡継ぎの幼名には「惣吉」を名付けるのが習いとなっている。


★この話は歴史に触発されたフィクションです。
 実在の京都の名家の楽家とは無関係です。

 楽家の陶業には深甚の敬意を申し上げます。
 


                           



                                                 終

                       
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