辺境伯に嫁いだので、可愛い義息子と楽しい辺境生活を送ります ~ついでに傷心辺境伯とのぐずぐずの恋物語を添えて~

空野 碧舟

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オルクス子爵

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「はあ。エメリーンめ。突然何をしに来たというんだ」

 少しドアが開いていたのか、廊下から応接室の中にまで聞こえた声に、エメリーンは眉を顰めた。

 声の主は、エメリーンの父であるフリッツ・オルクスのもので間違いない。言っている内容はエリナーと全く同じはずだが、エメリーンはフリッツの声を聞いただけで、表情が強張ってくるのを感じていた。

 ――この男と血の繋がりがあるなんて、ゾッとするわね。

 アリサの記憶が戻ってから、エメリーンはフリッツを父だとは思っていない。義母コンスタンスについても同様だ。

 だがエリナーとの共通点と同じように、フリッツとも似ているところがあるのかもと、ふとそう思ったエメリーンは身震いした。

 ――え、そんなの嫌だわ。え、そんなの、ないわよね?

 エメリーンがそんなことを考えているとは当然知らないエリナーは、フリッツの声に気が付いたのか、「あ、お父様だわ」と嬉しそうに応接室のドア近くに移動した。

「お父様、聞いてください。エメリーンってば」

「これは、よくぞお越しくださいました。エメリーン様、いえ、ダイナリア辺境伯夫人とお呼びするべきですかな」

 ドアの外ではエメリーン呼びだったフリッツだが、本人を目の前にして、一応は呼び名を改めている。立場からすれば当然のことなのだが、子爵邸に来てから、ずっとその当然の扱いをされていないエメリーンは、何だか気持ち悪さを感じている。

 フリッツに言葉を遮られたエリナーが、目を丸くした後、エメリーンを恨めしそうな顔で見た。フリッツが自分よりエメリーンを優先しただけでも驚きなのに、さらにフリッツがエメリーンを目上の者として扱っていることが、不愉快で仕方がないのだろう。

 ――どうしてお義姉さまには、あの歪んだ笑みが見えないのかしら。

 フリッツは、へりくだってみせることで、エメリーンから「エメリーンで構いません」という言葉を引き出したいのだと、エメリーンは思う。育てたのだから当たり前だとでも思っていそうな、エメリーンを侮った眼差しが、そう語っている。

 だがエメリーンは、そんなフリッツの希望どおりに、空気を読むつもりはない。

「ええ、そのように呼んでください。オルクス子爵」

「なっ!?」

「ところで子爵夫人はどちらに? 姿が見えないようですが」

 驚愕しているフリッツに構わず、義母コンスタンスについて質問すると、「それは……」とフリッツが口ごもった。その姿から、コンスタンスがエメリーンと会うのを拒んだことが分かる。

 ――きっと、上辺だけでも私を敬うのが嫌だったのね。

「そうですか。子爵夫人には大変お世話になりましたからね。ぜひご挨拶したかったのですが、ご多忙でしたら仕方ありません。またの機会を楽しみにしている、とお伝えください」

 エメリーンがそう言って笑うと、フリッツが苦虫を噛み潰したような顔で「分かりました。必ずお伝えしましょう」と答えた。エメリーンが、辺境伯夫人としてのスタンスを崩すつもりがないことが、ようやく分かったのだろう。

「それで、辺境伯夫人。本日はどのようなご用件でしょうかな」

 フリッツは口調だけは丁寧に、その目には不快さを隠すことなく言った。

「残してきた荷物の整理がしたい、と思っていたのですが、もう部屋ごと残っていないようですね?」

「そ、それは」

 フリッツが、その情報を伝えたのがエリナーであることを察して、エリナーに険しい眼差しを向ける。エリナーは良く分かっていないのか首を傾げた。

 仕方なさそうにため息を吐いたエメリーンは、真の目的を果たすべく言葉を紡ぐ。

「それでも念のため、部屋を確認しますね。まあ、全て処分されているならいるで構いません。状況だけは、この目で直接確認したいのです。問題ありませんよね?」

 エメリーンが別邸に残してきたのは、古いドレスや本くらいだ。そもそも整理するほどの量ではないが、エメリーンが別邸に足を運ぶ理由にはなるだろう。エメリーンには、この子爵邸の中で、別邸以外に行きたいところなどない。

「はあ、見たいというなら、どうぞ。本当に何も残っていないでしょうが」

「では、別邸を確認したら私は帰ります。ああ、子爵はついて来なくて結構ですよ。それではごきげんよう」

 フリッツにそう言い捨てて話を終わらせたエメリーンの表情は、ゾッとするほど冷たいものだったらしい。あれほど騒いでいたエリナーでさえ、何も言えずにエメリーンを見送っていたと、嬉しそうにエメリーンに教えてくれたのはセイディだった。
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