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三年目 ~再びの学園生活編~
夏季休暇前
しおりを挟む試験も終わった週末。
夏季休暇前ということもあり、学園内はどこか浮き立った空気が流れている。
「アラン、お前は夏季休暇どうするんだ?」
級友に侯爵家の領地に行くのかと聞かれ首を振る。
「レオン様に頼まれていることがあるから侯爵領までは行ってる時間がないな」
エドガーが屋敷を借りる話を聞いてから数週間。
屋敷の場所を確認したり、貸した学生の身辺調査をしたりと忙しいが、レオンは俺に輪をかけて忙しい。
贋金の鋳造所の捜索はまだ続いているし、贋金と引き換えで得た品物の置き場所を確認するために俺が教えたレイチェルの家が王都で商売をする際に取引に使っている倉庫も調べている。
先週侯爵邸に戻ったときにはエドガーの家を探るために派遣していた人が戻ってきて、その報告を聞き難しい顔をしていた。
ちゃんと休めてるのかな。
「そっか、忙しいな。
普段もよく侯爵邸に戻ってるもんな」
特にここ最近はほぼ毎週のように外出許可を取っているから余計にそう見えるのだろう。
「それなのに試験も良い成績ってどういうことだよ!
お前の頭どうなってるんだ?」
「いや、ちゃんと勉強する時間は取ってるから」
2回目なんだから少しくらい手を抜いたっていいんだぞと笑う級友に笑い返す。
じゃあ頑張れよーと手を上げて去って行く級友に返事をして校舎の外に向かう。
級友たちは俺の立場を理解していてしつこく遊びに誘ったり長話をすることはない。そのさらりとした態度に助けられていた。
途中でクリスティーヌ様と合流し魔法の訓練をするための施設に移動する。
今日教授に呼び出されたのは簡易発動方式の訓練、というか検証をするためだ。
発案者であるクリスティーヌ様は当然以前から教授と一緒に様々な検証をしていたのだが、復学してからたまに俺も呼び出されるようになった。
教授曰く俺はサンプルとして丁度いいとのことだ。
魔力が多く魔力操作にも長けているクリスティーヌ様や教授たちだけでは一般に広く使えるか曖昧だし説得力に欠けるということで、それほど魔力が多くなく魔力操作も苦手な俺が駆り出されることになった。
クリスティーヌ様は俺の負担になるなら断ってもいいと言ってくれるが、たまのことなのでそれほど負担ではないし、正直思うように魔法が使えるのは楽しい。
中に入るとにこにこした教授に迎えられた。
早速と今日検証したい魔法について説明される。前回より少し複雑な魔法を使ってほしいみたいだ。
すっと息を吸って左手に模様を描いていく。
前みたいに身体の中にある魔力を意識することから始めなくてもいい。
あとはただ、イメージするだけ。
「……!」
砂ぼこりが訓練場を襲う。
思いの外広範囲に広がった砂ぼこりに慌てて振り返るとクリスティーヌ様は教授の張った魔法によって無事だった。
よかった、大丈夫とは言われていたけど。
砂ぼこりが収まり、教授が興味深そうな目で詳細を聞いてくる。
「今回はできるだけ広範囲に土魔法を使ってくれと頼んだわけですが……。
アラン、砂ぼこりを起こしたのにはどういう意図があったんですか?
イメージした内容は?」
教授の質問に思い返しながら答えていく。
「できるだけ広範囲と言われたので、危なくないよう砂を起こすようなものにしました。
イメージしたのは砂ぼこりが訓練場を覆う姿です」
なるほどと呟いた教授が解説してくれる。
砂埃が広範囲になったのはイメージ力不足が原因らしい。
「範囲を想像しなかったでしょう?
前だけに展開するイメージなどにしないと自分も巻き込まれていまいますよ」
「あ……、そうですよね。
範囲を広げることだけを考えてしまいました」
こんな大きな範囲で魔法を行使できたことがないので思い至らなかった。
もう一度はっきりと目に見える範囲でイメージすると俺の目の前から数メートルを砂嵐が襲った。目くらましであれば若干やり過ぎなほどだ。
「やっぱり事象を起こすのに必要な量のイメージが難しいようですね」
教授の声に後ろを見ると興味と興奮で目を光らせて饒舌に語り出す。
魔法に長けた人がイメージを思い浮かべる際には魔力を混ざり合わせる作業が同時にできているらしい。
確かに俺は砂ぼこりをイメージはしたけれど魔力を練る感覚は薄かった。
それでイメージ通りにはいかなかったのか。
「ではしっかり計算して描いてみたら変わるかもしれないということですね?」
「そうなりますね、しかし……」
言われたまま思い浮かべた計算式を手に描く。
風に対して舞う土ぼこりがこのくらいで……。
「……!」
待ちなさいと言う教授の制止の前に魔法が発動した。
――……。
イメージ通りの土ぼこりができたことにやったと胸を躍らせていると肩に手が乗せられた。
「アラン、今何をしたのですか?」
愕然とした表情を浮かべた教授が何をやったのかと問うてくる。静かな声が恐ろしい。
描いた式を説明するとクリスティーヌ様も驚きに目を丸くする。
試しにとクリスティーヌ様も式を描いて魔法を発動させると訓練所に無数の氷礫が出現し、的にした壁を貫いた。
自分のものとは圧倒的に違う量に唖然とする。すごい。
近くで笑うような吐息が聞こえ教授を見ると興奮に満ちた目でクリスティーヌ様の魔法の残した跡と俺たちを交互に眺めた。
ぞくりと背筋を這いあがった恐怖に下がろうとした俺の手を教授が掴む。
そのまま嵐のように振ってくる質問や仮説に答えながら逃げる方法を探す。
もっと検証したいとぎらつく目で迫ってくる教授へもう魔力がないので無理ですと答えると残念そうにしながらも引いてくれた。
魔力が少ないことに感謝するのは初めてだ。
クリスティーヌ様が付き合わされないように手短に挨拶を済ませその場から立ち去る。
性急な辞去にも理論と今見た現象への仮説が頭に溢れている教授は気にせず手を振って見送った。
教授から逃れてほっとしていると隣を歩くクリスティーヌ様が話題を変えて夏季休暇のことに触れる。
「アランはやっぱり領地には帰れないの?」
クリスティーヌ様の問いに難しいですねと答える。
「人の動きが変わる季節なので、今人が減ると支障をきたすでしょうから」
俺以外の部下だってたくさんいるはずだが、人手が余っていることはない。
「私も王都に残ろうかしら」
一人で過ごすのはつまらないと零すクリスティーヌ様。
「そんなことを言っては侯爵様が悲しみますよ、久しぶりにクリスティーヌ様とゆっくり過ごせると楽しみにしておいでだったんですから」
侯爵様と夫人は先に侯爵領に戻っている。
クレイルさんたちだってクリスティーヌ様の訪れを楽しみにしているはずだ。
去年今年とレオンが帰れないから余計にクリスティーヌ様の来訪を心待ちにしている。
「わかってるけれど……」
言葉を詰まらせるクリスティーヌ様を微笑ましく想いながらも送り出す言葉を口にする。
「たくさん土産話を聞かせてください」
楽しんできてくださいと言葉を続けるとクリスティーヌ様も笑みを口元に浮かべた。
去年は贋金のことでばたばたしていたし、今年は楽しんでほしい。
それに……。
王都で蔓延する贋金や動きの活発になってきたエドガーたちのことを思えば侯爵領にいてもらった方が安心できる。
レオンや侯爵様たちもそう思っているだろう。
「わかったわ、楽しみにしててね」
戻ってきたらたっぷり土産話に付き合わせてあげるからと笑う彼女に楽しみにしていますと答える。
何時間でも付き合いますよと冗談めかすと声を上げて笑った。
「アランは身体に気を付けてね、王都の夏は侯爵領より暑いって聞くから」
考えてみれば王都で過ごす夏は初めてだ。
気を付けますと答えて寮までの道を休暇の話をしながら歩く。
どんな夏になるのか想像もつかない。
ただ夏の終わりに――。
こうしてクリスティーヌ様と歩ける日が、早く戻って来ればいいと思った。
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