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四年目 ~春の訪れ 新婚の二人~

光と進む先

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 最終学年になり卒業後を見据えた活動をする者も増えてくる中、友人となんとなく将来のことが話題になった。

「アランは卒業後、どうするんだ?」

 友人の問いに首を傾げる。

「さあ?
 まだどちらの家に所属することになるかも決まってないんだ」

 侯爵様と父の間でまだ結論は出ていない。
 夏に行ったときにそういう話もあるだろうが、具体的にはまだ何も決まっていなかった。

「そうなのか? まだ顔合わせもしてないって言ってたもんな」

 色々飛ばしてるけどなと笑う友人へ急ぎだったから仕方ないよと苦笑を向ける。
 東侯の夫人からは先日手紙が届いた。
 話を把握するのに手間取り返事が遅れたことを謝る文章に続き、夏に会えることを楽しみにしていると綴られていた。
 その心情は手紙だけでは読み解けないが、良かったらクリスティーヌ様も一緒に来てはどうかとお誘いが書いてあったことから、少なくとも悪くは思われていないのだろう。
 会ったときには母と呼んでほしいと記した手紙からは関係性に迷うことがないようにとの気遣いが見える。
 その他にも細やかな配慮が端々に記されており、豪放な東侯を支える細やかな方なのかとの人となりを窺わせた。

「俺のことよりそっちはどうなんだ?」

「俺か? 俺は文官の登用試験を受けるつもりだ」

 さらりと答えた友人に瞠目する。

「アランみたいに一発合格は難しいかもしれないけどな。
 今年の資格試験にも挑戦するつもりだ」

 彼が努力を重ねているのは見ていたが、在学中に挑戦すると決めた覚悟に賞賛を送る。

「すごいな、俺に手伝えることがあれば言ってくれ」

「ありがとな。
 俺、親戚みたいな文官になるのが夢なんだ。
 ウチは割と考えるより動けって感じの家だから、あの人に昔から憧れてたんだ。
 自分の適性を考えてもそっちの方が向いてそうだしな」

 晴れやかに夢を語る友人に応援したい気持ちでいっぱいになる。
 こんな話を初めてしたな。
 復学したばかりのころは一歩引いた関係だったけれど、段々色々な話をするようになって、婚約届の件で一気に関係が近づいた。
 今なら友人だと胸を張って言えると、得難いものがまた一つ増えていることに気づく。

 全てを失ったと思ったあの日から、自分がいかに多くの縁に恵まれたのかを実感する。
 レオンや侯爵家の人々、戻った学園で得た新たな友人たちに復学を喜んでくれた教授たち、新しく父と呼べる人や尊敬できる主君、先達との縁。途切れてしまったと思っていた弟妹たちとの絆も。どれも今の俺を作る上で欠かせない存在だ。

 それから――。

 俺が立場を大きく変えるきっかけであり、その覚悟の元になった人。
 入口に吸い寄せられる視線がその人を捉える。

「クリスティーヌ様」

 呼びかけるとふわりと笑う彼女に笑みを返す。
 立ち上がって入口まで向かうと、後ろにロレイン様がいるのが目に入った。
 気づいて挨拶をすると「途中までクリスティーヌ様しか目に入ってなかったみたいね」とからかわれる。
 失礼しましたと謝っているとクリスティーヌ様が俺を見上げた。

「アラン、相談したいことがあって」

「だったら俺、席を外しますよ」

 気を聞かせて席を立とうとする友人へクリスティーヌ様が大丈夫だと首を振る。
 聞かせられない話ではないようだ。

 ロレイン様も時間があるのか席に着き、友人も浮かせかけた腰を下ろす。
 クリスティーヌ様と俺、その向かいにロレイン様。そしてそれぞれから斜向かいになる席に友人。
 いつの間にかそれが定位置になっていた。
 皆でクリスティーヌ様の話に耳を傾ける。

「実は今日の魔法実技の後、教授から話があって……。
 卒業しても魔法式の研究を続けないかって」

「素晴らしいことですわね。
 在学中に研究者として誘われるなど中々無いことよ」

 クリスティーヌ様の話にロレイン様が感嘆の声を漏らす。
 その通りだ。研究者として認められること自体難しいことで、大抵は他の仕事をしながら開いた時間で研究をするものだ。
 それだけクリスティーヌ様が発見した方法が画期的だということなんだろう。

「すごいですね、クリスティーヌ様。
 ご家族も鼻が高いんじゃないですか?」

 友人の言葉にクリスティーヌ様の瞳が迷いを映したことに気づく。

「何か心配事があるのですか?」

 身体ごとクリスティーヌ様へ向け顔を覗き込む。
 話し始めた時は戸惑いもあったけれど嬉しそうに話していたのに。どうしたのだろう。

「お父様と東侯が私たちをどちらの領地に住まわせるかで揉めているのに、新たな火種にならないかしら」

 クリスティーヌ様の懸念に思考を巡らせる。
 それほど心配はいらないと思うけれど。

「第三の選択肢があるとわかればお互いの妥協点も早く見つかるかもしれませんし、大丈夫でだと思いますよ」

 どちらか一方だと考えるから揉めているのだとしたら、別の選択肢を見せることで落ち着くかもしれない。
 そう伝えるとほっとした顔になる。

「アランは? 嫌じゃない?」

「どうしてですか?
 クリスティーヌ様が認められたことを誇らしく思います」

 素晴らしいことですと答える。
 喜び誇らしく思いこそすれ負の感情を抱くことなんてありえない。
 心からそう思う。

 まだ不安そうなクリスティーヌ様の手を取り、どうすれば懸念が晴れるのかと思いながら言葉を紡ぐ。

「それに、俺はクリスティーヌ様が魔法を使うところが好きですよ」

 俺の言葉に目を見開き、真偽を確かめるようにじっと瞳を覗き込むクリスティーヌ様へ噓偽りない想いを語る。

「魔法を使うときの凛とした気配や魔力を帯びて光り輝く姿はとても美しい。
 俺を助けにきてくれたときの姿を思い出します」

 エドガーに捕らわれていた俺を助けにきてくれたあの時。
 魔力を帯びて光る髪を靡かせ敵を見据える厳しくも気品のある佇まい、金の輝きを宿した紫の瞳が何よりも美しかった。

「あの時のクリスティーヌ様は女神のように神々しいまでに美しく、今も心に深く焼き付いていますから」

 あの感動はまだ胸に焼き付いている。一生忘れることはないだろうと思うほどに。
 想いが伝わるようにと瞳を見つめたまま、指先を持ち上げてキスをする。

「アラン――」

 零れそうなほど大きく見開いた目を潤ませ、俺の名を呼ぶ。
 伝わりましたかと瞳を覗き込むと頬が一気に赤く染まった。

「……俺らは何を見させられているんでしょう」

「アラン様は穏やかに見えてとても情熱的よねえ」

 呆れた友人の声と楽しそうなロレイン様の声。
 そちらへ言葉を返すよりもクリスティーヌ様を安心させる方が先だと思ったのでそのまま続ける。

「あなたが嬉しそうに発見を報告してくれるところも好きです。
 それをきちっと成果にするために試行錯誤を重ねているところも。
 そのお手伝いができて嬉しく思っています」

 教授とクリスティーヌ様と新たな発見を検証する時間はとても楽しかった。
 クリスティーヌ様がそれを続けたいと思っているのなら心のままに進んでほしい。

「……ありがとうアラン」

 頬を朱に染めたままクリスティーヌ様が微笑む。

「……っ」

 その可愛らしさに言葉を失っていると、ロレイン様が穏やかながら不穏なものを感じる声で問いを向ける。

「クリスティーヌ様がそんなことを気にするなんて、誰かに何か言われまして?」

 集まる視線に、大したことではないのだけれどと前置きしてクリスティーヌ様が話し始めた。

「その、先日魔法のデモンストレーションをしたでしょう?」

 確かに新入生向けにそんなことを頼まれていたな。
 俺も見に行ったけれど、遠目でもクリスティーヌ様の輝きは眩しかった。

「その時に終わって片づけをしてたら――」

 片づけをしているクリスティーヌ様の耳に新入生の軽口が聞こえてきてしまったらしい。

 ――すごいって褒めそやされてるけど研究ばかりしてるなんて可愛げがないよな。
 ――そもそもあんな力を持った相手なんて恐ろしくて近くに寄れないだろ。
 ――優秀だと持ち上げられるのも侯爵家の力に決まってる。

 取るに足らない軽口だが、その中の「あんな女性を伴侶にしたらお先真っ暗」という言葉が耳に残ってしまったらしい。
 自分よりも高貴で力もあり近寄りがたい者への畏怖を悪意に変える未熟さにため息を吐きたい気持ちになる。

「お先真っ暗ですか……」

 ふっと笑ってしまった。
 友人同士の軽口だからと零したのだろうが、浅はかだなと。

「アラン?」

「ああ、失礼しました。
 でも彼らの言うことは的外れですね」

 呆れを覚えないこともないが、放っておいてもそういう者は勝手に落ちていく。
 憧れを努力へと変え研鑚を続ける者に比べ、進む足は遅く落とし穴にも気づかないものだから。
 俺が何かする必要もない。

「俺の進む先が仮に真っ暗だとしても、照らしてくれる光はあなたですから」

 軽口を叩いていた彼らには眩しすぎて暗闇にしか見えなくなったのだろうと微笑む。
 強すぎる光を見た後、何も見えなくなるように。

「だから望む通りに生きてください。
 そのままのあなたが俺は好きです」

 クリスティーヌ様が卒業後も研究を続けたいというのなら応援する。
 北と東のどちらが良いかといった争いに一石を投じる勧誘も、大歓迎だった。


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