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四年目 ~春の訪れ 新婚の二人~

卒業までには

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 庭園の奥で二人でベンチに並んで座り庭を見つめる。
 ベンチ自体は影になりつつも庭園の明るい光が感じられる良い場所だった。
 いつか一人で来た時には気づかなかった。
 冬の日の冷たい空気はもう思い出せない。
 この先訪れる冬は、例え寒くとも温かさを分け合える人がいる。

 幸せな想像に頬を緩めると、隣りのクリスティーヌ様が俺を見て表情を緩めた。

「何を考えてたの?」

「あなたと過ごすこれからの日々を」

 思い浮かべるだけで笑みに顔が綻ぶ。幸福感に任せて言葉を紡ぐ。

「一つ一つが愛おしく幸せだろうと思ってました」

 夫婦生活に何も波が立たないなんてことはないだろう。
 それでも彼女と一緒ならなんとかできると信じられる。

 俺の言葉を肯定するような笑みを浮かべるクリスティーヌ様。
 お互いに言葉もなく見つめ合い、幸せに口元を緩める。
 穏やかな風が吹き、クリスティーヌ様の髪を揺らした。

 手を伸ばし、頬にかかった髪を掬い耳にかける。
 くすぐったそうに目を伏せる仕草に、何かがふいに胸を突いた。

 耳から離した指先を滑らかな頬に滑らせる。
 わずかに恥じらいを浮かべながらも触れる手を受け入れ、俺の挙動を見つめている。
 瞳に宿る愛しさや信頼に温かなものだけで心が満たされていく。
 溢れる愛しさそのままに呼んだ名前は、自分でも酷く甘く、溶けそうな響きを持つように感じられた。

「――クリスティーヌ」

 敬称を外し初めて呼ぶ彼女の名前。
 それだけで胸が熱くなった気がした。
 すり、と指先で頬を撫で顔を近づける。
 ゆっくりと距離が縮まり、紫色の瞳が近づいていく。
 金色のまつ毛が震え、俺の動きを瞳が追う。
 見つめる瞳が驚きを浮かべる前に唇を重ねた。

 ――……。

 柔らかな感触に胸から幸福感が溢れ出す。
 離れるまでの間は一瞬のようにも永くも感じられた。
 唇を離し近くで見つめ合う。
 紫色の瞳がゆっくりと驚きに彩られ、次いで喜びで満たされる。
 花が綻んでいくかのような表情の変化を見つめていると、彼女の顔が近づき唇に柔らかなものが押し付けられる。

「――……!!」

 一瞬で離れていった感触に呆然と彼女を見つめていると、はにかみながらも嬉しそうに笑った。
 その瞳は悪戯な達成感に輝いている。

「……心臓がどうにかなってしまいそうです」

 心臓が激しく暴れている。
 顔も首も全身が熱い。

「私だって一緒よ」

 そう言うクリスティーヌ様の頬も確かに赤い。
 白い首筋すらほのかに赤みを帯びていた。

「初めて名前だけで呼んでくれてうれしい」

 俺を見上げる紫の瞳が喜びに輝いているのが目に入る。

「もう一回呼んで」

 柔らかな声で誘われ、唇を開く。

「クリスティーヌ」

 もう一回と強請ねだる甘い声に応え何度も名前を呼ぶ。
 呼ぶ度にお互いの声に瞳に甘さが増していくのを感じる。

 3度目のキスはどちらからともなく自然に近づき触れていた。
 唇が離れても視線は絡め合ったまま。
 胸から溢れる想いが口を突いた。

「クリスティーヌ、愛している」

 言葉を改めての告白に幸せそうに微笑む。

「私も愛してるわ、アラン」

 何度伝えようと心の全てが伝え切れるとは到底思えない。
 それほど腕の中の彼女が愛おしい。

「嬉しいです」

 足りない分を補うように触れ合い、想いを伝え合う幸せに笑みが零れる。

「あ、また戻ってるわよ」

「すみません、つい」

 咎める声も笑みを含んでいる。
 謝るとゆっくりでいいわとクリスティーヌが微笑む。

「ゆっくりでいいわ、でも卒業までには直してね」

「はい、……わかった」

 言い直すと楽しそうに笑みを深める。
 暖かな春の庭園は穏やかで幸せな空気だけで満たされていた。


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