よわよわ魔王がレベチ勇者にロックオンされました~コマンド「にげる」はどこですか~

サノツキ

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#1:入学前夜~出会い

#1-9.髪に魔力は宿るもの……らしいです

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「…………だ、誰?」

 長いストレートの黒髪がサラリと流れマリナの顔にかかる。
 覗き込んでくる切れ長の瞳はマリナと同じ薄紫で、こうやって隣に座っていても背が高く脚が長い……極めつけは胡散臭そうなこの笑顔……。

「もしかして……お兄様?」
「ピンポーン、大当たりぃ~さすが我が妹マリナ!!久しぶりっ☆」

(「久しぶりっ☆」じゃないのよ、何年ぶりなの?)

 いきなり現れたのは、12歳で予定より一年早く家を出て隣国のアカデミーに留学していた兄だった。
 家を出てから本当に今の今まで、たったの一度も帰ってこなかったのだ。
 いくら「便りの無いのは良い便り」と言えど、「本当にお兄様は生きてるの?」と何度心配した事か。
 実に、こうして顔を見るのは……何と6年ぶりになる。

「あんなに可愛かったマリナは美人になったな~。まあオレの妹なんだから当然なんだけど」
「ちょ、ちょっとヤメてよ!」

 せっかく昨日ゲネルに綺麗にしてもらった髪がぐしゃぐしゃになってしまう。
 家を出た時は、自分より少し大きかったぐらいの身長も随分伸び、少年っぽかった丸みを帯びた頬もすっきりシャープになって、すっかり大人の男性……って、その笑顔だけは昔のままのようだ。

「お兄様までなんでアカデミーここに?」
「いやー超優秀なオレは飛び級で卒業出来たんだけどさ、驚かそうと屋敷に戻ったらお前もマルセルもアカデミー入ったって聞いてさあ……来ちゃった☆」

 今まで何年も音沙汰なしだったのに何も言わずに帰って来て、妹弟を追ってここまで来るって、どんだけ勝手なのか。
 つくづく他人のことは考えない人だ。

「『来ちゃった☆』って……」
「えーマリナに会いたくて飛んできたのに……喜んでくれないんだ……」
「そんなことないわよ。だからってアカデミーにまで来なくったって」
「だって、屋敷で待ってたってマリナは戻ってこないし寂しくて……」

 いつもの胡散臭い笑顔を引っ込めて、悲しそうに眉を寄せるお兄様。
 そうよね、ずっと離れて隣国にいたんだもん。
 6年見ない間に身体は大きく大人になったが、マリナが寂しかったように兄もきっと寂しかったのだろう。
 そう絆されてしまう自分は甘いのだろうか、とマリナは諦めの眼差しで大きくなった兄を見た。

「『寂しい』っていくつなんですかアナタ。そんな大きいナリして」

 あ、兄に突き飛ばされて吹っ飛んでいたゲネルが復活した。
 この二人、なぜか昔から相性が悪いというか、顔を合わすと言い合いやら取っ組み合いを始める。
 年はゲネルのほうが一つ上なのに、主従関係というかゲネルが一方的にお兄様にヤラれてるっぽいけど。
 6年経ってもこれは変わらないのだから、そこは成長してないのかもしれない。お互いに。

「ああ、お前いたの。もういいよ、マリナの面倒はオレが見るから」
「そんなの承服できるわけないでしょう。そもそもここは男子禁制ですよ」
「いいじゃん、兄妹だし。ってか、じゃあお前なに?オレがダメなら当然お前もダメだろ」
「ちょっと……お兄様もゲネルも……」

 ヒートアップする舌戦に待ったをかけるも、どちらもマリナの話なんて聞いちゃくれない。
 ああ、相変わらずああ言えばこう言う展開。
 ホント、なんでこんなに仲悪いんだろう。

「私はいいんですよ、教師なんだから」
「はんっ、ヘタクソな言い訳だな」
「お兄様、ゲネルが先生っていうのは本当らしいですよ」
「…………マジか……お前、どんな手使ったんだよ」

 目を見開いてマリナとゲネルを交互に凝視するお兄様と、ドヤ顔のゲネル。
 こんな顔をするお兄様は珍しい。

「そう言うわけで、『教師として』いくら兄妹と言えど同室は許可できません。早々に退室願えますか」
「お前……」
「生徒の父兄として、面会するなら正当な手続きをとってどうぞ。保護者ならアカデミーの教師の言うことは聞いていただかないと、ねえ?」

 いつもなんだかんだと言い負かされてるゲネルが珍しく押している。
 完全に外野となり二人のやり取りを眺めていると、部屋のドアがまたバタンと開く。

「なにやってるの、姉さんの部屋で!」

 はあはあと息を切らせて飛び込んできたのはマルセルだ。

「マルセル!どうしたの」
「姉さんとゲネルが通るのが見えて……そしたら兄さんも……」

 マリナの部屋は寮の中でも広めの最上階、しかも奥の方にあって寮の入り口からはなかなかの距離だ。
 この階層には特別なキーでエレベーターを使わないと上ってこれない。
 マルセルが女子寮のキーを持ってるわけもなく、エレベーターが使えないと外階段を上がることになる。
 それを全速力で走ってきたならなかなかの運動量となるに違いない。

 ぽたぽたと汗を垂らすマルセルをソファに座らせ、タオルを持ってきて拭いてあげる。
 開いた首元から見える汗を拭い、くすぐったそうにされるがままのマルセルが可愛い。
 こんなに汗をかいてもいい匂いのする弟はいつだって可愛いのだが。

「もう一度聞くけど、なんで二人が姉さんの部屋にいるの?」

 兄とゲネルの仲が悪いのはもともとだから仕方ないとして、マルセルに頭が上がらないこの二人もなかなかに可笑しい。
 どうなってるんだろう、この3人の力関係は。

「ゲネルはアカデミー卒業して屋敷で執事見習いするんじゃなかったの?」
「それは……お嬢らが今年からアカデミー入るって言うから……」
「兄さんも、折角飛び級で卒業して戻ってくるって言ってたのに、なんでここにいるの?」
「屋敷に帰ったらマリナもお前もいないからさあ……」

 はああ……と額に手を当てて大仰に溜息を吐くマルセル。
 なんだかこの中で一番しっかりした年上に見えるのは気のせいだろうか。

「とにかく、ソレ持ってるからって姉さんの部屋は出入り自由じゃないから。ちゃんと許可は取って、節度も守って」
「「はい……」」

 マルセルに叱られてしゅんとする兄とゲネルがちょっとだけ可愛くて可哀想だ。

(って、え?さらっと聞き流しそうになったけど、わたしが許可すればこれからもこの二人はやってくるってこと?)

 いや、それは兄とゲネルだからいいとして、そもそも「男子禁制」のこの寮のシステムはどうなってるのか。

「ああ、それならコレ」

 マルセルが見せた左手小指には、小さな黒いオニキスが嵌った細い金のリングがあった。

「これね、視認撹乱魔道具マジックアイテムなんだよ。これでシステムと大雑把な人目は素通りってわけ」
「へ、へえー」

(便利なものがあるんだね……って法に触れたりしない……よね?)

「なに言ってんだマリナ、ウチじゃ必須道具じゃねーか。オレも持ってるし、コイツも当然」
「……持ってますよ」

 兄もゲネルも当然のように見せてきた指にも、マルセルと同じ金のリングが嵌っている。
 さっきマルセルが言った「ソレ」ってこれか!
 へ、へえー……え?お兄様、さも当然とばかりに言いましたけど、そんなの知りませんが!?

「姉さんもしてるでしょ、似たようなの」
「でもこれは……」

 左手の小指に嵌っている、小さな紫水晶アメジストがいくつか並んだ細い金のリング。
 普段は手袋の下に隠れて見えない『下僕化チャーム』の能力を調整する魔道具。

「確りとした目視や気配探られたら隠せねえけど、システムや衆人の誤魔化しぐらいは余裕だな」
「そ、それって犯罪では……」
「今更なんだよ、ウチ魔お……」
「お兄様、何を言ってるのかしら???」

 ウチの事情を何も知らないマルセルの前で何言い出すのか!
 まさかとは思うが、ウチが「魔王」だなんて言おうとしてないわよね!?と、慌ててマリナは兄の口を手のひらで塞ぐ。

「大丈夫ですよ、お嬢。これは金を出せば買える『商品』ですのでです」

 と言いながら、とんでもなく高いですけどね、と付け加えるゲネル。

「そうだよ姉さん。嫌ならシステムを改修すればいいんだから」

 マルセルがにっこりと微笑みながらそう言うんだから、大丈夫なんだろうと一安心する。
 ん?マルセルも知ってる?
 ちなみに、システムの開発もオージェ家ウチでしてるらしい。

(これって『盾』と『矛』なんじゃ……)

 マリナ如きが事業に口を出せるはずもないので、気付かなかったことにして黙っておく。
 それにしても、こんなものを合法に……あくまでもに、開発してるオージェ家ウチって、もしかしてスゴい?

「とりあえず、お腹すいたから食堂行こうよ」

 はああ……と大きく溜息を吐いたマルセルが、お腹を押さえてそう言った。
 そうだわ、成長期のマルセルのお腹を空かせる訳にはいかない!
 マリナは、可愛い弟を立派な王宮騎士にさせるべく十分な栄養を与えねば!と意気込む。

「そうね、お兄様もゲネルも、それでいいでしょう?」

 食堂なら一緒にテーブルで食事を摂ることができる。
 ゲネルやマルセルはいざ知らず、兄も父兄だからギリOKだろう。
 この組み合わせをどう思われるかは知らないが。

「じゃあ、わたしは着替えるからみんな出て行って」
「お嬢、着替えなら私が手伝……」
「結構です!」

 最後まで渋るゲネルともども3人を部屋から追い出し、バタンと扉を閉める。
 遠ざかる足音が聞こえなくなったことを確認して、マリナは一旦ソファに座り込む。

 なんでどうしてこうなった?
 今日一日が目まぐるしすぎて思考が追いつかない。

 ゲネルが昨晩突然現れたのに驚いた。
 これは一晩経って落ち着いたのでいいとして、6年ぶりに兄が現れた。
 まあ、理由はアレだけど、身内だしこれは別にいいだろう。

 問題は……会長にシルシを知られた……。
 ゲネルがいてくれて助かった。
 あのままシルシを弄られてたら……。
 その時の快感を思い出しそうになってふるりと体が震える。

「シャワー浴びよう……」

 本当はゆっくりとお風呂に入りたいけれど、待たせるとまた部屋まで襲来されそうで気が抜けない。
 ゆっくり浸かるのは夜にしよう。

(ああ、メルに会いたい)

 それから、「部屋の鍵を増やす」と心のリマインダーにしっかりと刻みつけるのも忘れなかった。
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