26 / 78
#2:邂逅~それぞれの思い
#2-余談1.もっと早くにわかっていれば、幾らでも誤魔化せたのに
しおりを挟む
<ハロルド視点>
────────────────────
忘れられない人がいる。
どうして俺はあれより歳上なんだ。
いや、歳上なのはまだいい。
せめてあと一年遅く生まれていれば、一緒にアカデミーにいられたのに。
◆・‥…‥・◆・‥…‥・◆・‥…‥・◆
いつものように神殿へ講義を受けに行っていた時だった。
月に一度とは言え、毎回毎回、どうして俺がわざわざ足を向けねばならぬのかと腹立たしく思っていたが、その日ばかりはここへ来た事を良かったと思った。
それがいたのは、中央庭から少し離れた回廊だった。
中央庭とは、神殿の中でも特に手入れが行き届き美しいと評判の場所で、季節を問わず年中花が咲き乱れる所だ。
その脇に、ぽつんと佇むそれの姿に目が行った。
なぜだろう、白く明るいこの神殿で、そこだけが黒く異質だったからだろうか。
異質だからといって決して不快なものではない。
それどころか、庭園の花びらが飛び散ってキラキラと光の精霊がそれの周りを舞ってるように見えた。
吸い寄せられるように近づき話しかけると、「弟を探している」と言っていた。
俺が誰だかわからないはずはないのに、俺を見ようともせず、俺に笑顔を向けることもない。
ははぁ、そうか、そっけない態度を取って俺の気を惹こうとしているのか。
これぐらいの年の子なら、親にでも言い含められているのか、そういう浅はかな考えを持つものも少なくない。
まあ、他の誰かがそうするなら放っておくが、それがそうするならそれに乗らなくもない。
俺より2つ3つ程年下なのか、小さい体で必死に話す姿が可愛くて、ずっと見ながら生返事していたら、それは俺が真面目に取り合わないとわかったのか「もういい」と怒って向こうへ行ってしまった。
おい、待て。俺が相手をしてやっているのに、その態度は何だ。
それに、俺と話をしているのに、俺の方を見ずに弟の話ばかり……。
兄上は俺のことなんてちっとも構ってくれないのに。
慌てて追いかけて、それ以上前に進ませないようそれの前に回り込む。
幼心にも、その美しい立ち姿、凛とした声、くるくる変わる表情に、胸の奥がぎゅっとなった。
だから珍しく俺から言ってやったんだ。
「どうしてもと『お願い』するならきいてやってもいい」
と。
そんなに困っているなら、俺を頼ればいい。
この神殿にいる奴ら、俺の頼み事なら聞くだろう。
奴らじゃなくてもアイツがいるし。
アイツなら命令すれば何でも言うことを聞く。
そんな気持ちでそれを見ていると、不格好だなと思っていた黒い眼鏡を取りキラキラとした紫水晶のような瞳が現れた。
それから、そっと手を取られ、手袋を外した白くて柔らかくて小さな手に、また胸の奥がぎゅっとする。
手を取ってじっと見つめられたら、何だか気持ちがふわふわしてきて、何でも言うことを聞きたくなった。
初めて目を合わせてきた、吸い込まれそうに大きく美しい紫水晶の瞳。
弟を探して欲しいと言うので、アイツに命令して探させた。
迷子になって保護されていた弟はすぐに見つかり、抱き合って喜んでいた。
俺はそれをまだふわふわする気持ちで見てたのに、アイツが戻ってきて背中をパンっと叩き「帰るぞ」と言い出した。
叩かれて熱を持った背中の違和感でふわふわした気持ちはすっと冷めたけど、まだ一緒にいたい。
もっと話したい。
その澄んだ綺麗な瞳に映っていたい。
この国では希少とされている艷やかな黒髪を触りたい。
そばにいて欲しい。
弟のように大事にされたい。
惹きつけられて目が離せない。
なんだこれ、胸の奥がぎゅっとして痛い。
「帰るぞ」
そんな俺の思考をぶった切るように、情緒のかけらもないアイツが面倒くさそうに繰り返す。
わかってるよ、聞こえてるってば。
せめてどこの子か、馬車を見れば家紋でわかるかな。
この神殿にやってきたからには、どこかの貴族であることに間違いはない。
まだあの年頃ならデビュタントもまだだろうから王城で見たことは無い。
王家主催のお茶会と称した、俺の侍従候補を探す集まりでも見たことがない。
もしも会った事があれば絶対忘れない。
いったい誰なんだ?
「どこの子だろう」
「誰のことだ」
「ちゃんと俺の話を聞け、命令だ」
「あーはいはい」
結局馬車は見つからず、俺は帰りの馬車に揺られながら、小さくなっていく真っ白な神殿を見ていた。
「なあ?何かあった?」
「何かって?」
何かって、それに出会った。
忘れられない、強烈な印象を俺に残した女の子。
俺はきっと忘れないのに……俺の事は忘れられてしまうのかな。
「また、会えるかな」
誰に言うでもなくひとりごちる。
当然、その言葉は誰の耳に届くこともなく、その願いは叶うこともなかった。
◆・‥…‥・◆・‥…‥・◆・‥…‥・◆
あれからもそれは見付かっていない。
デビュタントも毎年チェックしていたし、何なら先日は、長期休暇を使って俺のお妃選びなんて名目で国中から年頃の令嬢を呼び寄せた。
俺も一応王子だからな、それ意外は興味がないが適度に愛想も振りまいておかねばならない。
何を勘違いしたのか「貴方のコンプレックスを私が癒やしてあげる」なんて訳わからん事を言いながら纏わり付いて来る女には辟易した。
なんで俺がコンプレックスなんてアイツに持たなきゃならんのだ。俺のほうが完璧だろうが。
聞けばアカデミーで新入生の生徒会役員候補だったらしい。
今年の新入生からは生徒会への勧誘はないと聞いたぞ。
入れなかったからと逆恨みか?
そんな感じで体力より精神を疲弊させた俺は、アイツには「自業自得ですよ」と笑われながら、それでも1週間も毎日パーティーパーティーで死にそうな目にあったにもかかわらず無駄足だった。
もう一体誰なんだ!何処へ行ってしまったんだ!!
漸くアカデミーに戻ってきてその事を思い出してイライラしながら廊下を歩いていると、曲がり角で出会い頭に誰かにぶつかった。
「おっと、余所見をしていて。大丈夫だっ……なんだ、お前か」
「『なんだ』とはなんですか。ぶつかっておいてその言いぐさはないでしょう」
外面を整えて非礼を詫びようと相手を見ると、副会長のゲネルだった。
入学時の成績順で生徒会への入会が決まるアカデミーの制度に倣い、以降も成績順で俺が会長、彼が副会長に就いている。
満点以外許されない身としては、万年一位の俺より常に5点だけ低いあいつに追われてるような気がして気が抜けない相手だ。
派手さはないが背も高く整った容貌をしており、校内人気もなかなか高い。
だからといって、それを鼻にかけることも目立つ事もせず控えめなヤツではあるが、如何せん、慇懃無礼というか俺への態度が悪いというか、まぁそれは俺相手に限ってのことではないのだが。
「ああ、はいはい。悪かったって」
ゲネルは無言で落とした物を拾っている。
その中から、ハラリと紙切れのようなものが俺の方へ落ちてきた。
「これもお前の……」
それはハガキの半分ほどのサイズの少し端が色褪せた写真だった。
数年前から流通しだした写真技術は、まだまだ珍しく、それを扱えるのはよほどの大貴族か、魔法技術に長けた者に限られている。
ゲネルはある貴族に仕える執事の出だと聞いていた。
その貴族が、わざわざ写真を撮って彼に持たせているのだろうか。
いくら家名を伏せて入学するアカデミーとは言え、貴族同士は繋がりが深い。
王族の俺と顔見知りでないなど、平民かよほどの田舎の出か、ゲネルのように貴族の家から来ているかだろう。
ゲネルでも、貴重だといわれる写真を持つほどの事があるのかと、不思議に思って何が写っているのか何気なく見た。
「返してください」
珍しく慌てた様子のゲネルに直ぐに奪い返され、ちゃんとは見れなかった。
見れなかったが……。
「それ……だれだ!?」
間違いない、神殿で見た、ずっと探していたあれに違いない。
一瞬しか見れなかったが、あの頃より少し大きくなって髪も伸びた姿と、忘れもしない紫水晶の瞳。
「誰でもいいでしょう。あなたには関係ありませんから」
「関係ないって、お前……」
「失礼します」
ゲネルは俺の横をすり抜け、さっさと歩き出す。
「待てって!」
掴みかけた腕を軽く振り払い、一瞥もくれずゲネルは立ち去った。
どういうことなんだ。
ゲネルの持っていた写真に映っていたあれ。
間違いなくゲネルの関係者だろう。
なぜあれの写真をゲネルが持っている?
ゲネルに姉妹はいただろうか、それとも……。
「おい」
後ろに控えているアイツに呼びかける。
「副会長に姉妹はいたか?」
「さあ?」
「すぐに調べろ、『命令だ』」
「はいはい」
アイツは、面倒臭さそうに返事して、俺から離れ何処かへ行った。
もう一人の従者は、去っていくアイツの事などどこ吹く風で相変わらず無愛想だ。
俺の周りには無礼か無愛想しかいないのか。
いや、可笑しいのはこいつらであって、他の奴らは俺の立場に従って従属するのに。
幼馴染で……10以上も年の離れた兄しかいない俺にとっては弟みたいになもんか。
俺より一つ下のクセに昔から生意気なんだ。
俺の従者としてずっと一緒にいるのに、「命令だ」と言わないと言うことを聞かない。
兄弟みたいなもんなんだから、少しは兄だと敬えってんだ。
ホント、俺のことを何だと思ってるんだ、勇者のくせに。
それにしても、久しぶりに胸の奥がぎゅっと痛い。
辛くて……ほんの少し幸せだ。
・‥…‥・◇・‥…‥・◇・‥…‥・
翌年、無事卒業して成年王族となり、アカデミーの卒業生ということもあってウルバーン王族としてここへ理事として名を連ねることになった。
アイツからの報告は未だ来ずイライラしているところに、「来年度の新入生です」と書類一式を渡され、面倒な仕事が増えて更に嫌気が差す。
「俺が待ってんのはコレじゃないんだよ」
ボヤきながらも取り敢えず名簿に一応目を通し、上の方で知った名前を見つけて辿っていた指が止まる。
「あー、そういやアイツの弟もそんな年か」
アイツが俺にベッタリなもんで、「大好きな兄さん」に構ってもらえずブラコン拗らせてたっけな。
たまに顔合わすとめっちゃ睨んでくるんで面白い。
良かったじゃないか、兄さんと1年だけでも同じアカデミーに通えて。
アイツの弟なら成績もいいだろうから、生徒会入って俺の跡を継いで会長になったアイツの補佐が出来て嬉しいだろう。
「でも、ん?これ成績順だよな?アイツの弟、トップじゃないのか?」
決して悪くはない点数ではあるが、アイツの弟は2位、1位のヤツは何と満点だった。
優秀な生徒を厳選して篩に掛けるため、かなり難しく作られているはずの問題で満点を出すとはどんなヤツだ?
そんなに優秀できちんとした貴族の出なら、卒業後は俺の側近として召し抱えてもいい。
そう思って名簿の名前を見てもピンと来なかった新入生の申請書類を探す。
そこには写真添付が必須条件となっているので顔がわかるようになっている。
「この少年……何処かで……」
鮮明に写し出されたバストアップの写真と全身写真。
薄茶の髪、新緑のような翠の瞳、まだ子供っぽさは残っているが整った顔立ち、名前は「マルセイラ・オーティス」……?
マルセイラ……愛称で呼ぶならマルセル……何処かで聞いた……。
「あれの弟、『マルセル』って呼んでなかったか?」
思わず立ち上がった拍子に書類をぶちまけてしまったが今はどうでもいい。
そうだ、思い出した。神殿で「あれ」と一緒にいた少年だ。
10年ほど経って随分成長したが、薄茶の髪に翠の瞳……面影は残っている。
そうか、あれの弟がアカデミーに入学するのか。
「弟に聞けば……教えてくれるだろうか」
ある程度の家格を持った貴族の女性なら、アカデミーに通うことなどなく家庭教師を付けて学び、あとは花嫁修業に専念している年頃だろう。
この少年の姉なら、もしかしてもう誰かに嫁いでしまっているのかもしれない。
デビュタントでも王城でも見かけなかったのは、既に婚約者がいた可能性が高い。
もしくは、考えたくはないが、酷く病弱とか……神殿で会ったのも祈祷を受けに来ていた可能性もある。
「はああぁ……見付かったと思ったら終わってるって……」
強く握ったため少し皺になった書類を置き、散らばった分を拾い集める。
新入生と言ってもたかだか60人程度、そんなに多くはない。
拾ったついでに、名簿だけじゃなく提出書類も一式、パラパラと惰性で眺める。
「あー……どこにでも一人はいるな、こういうトラブルメーカーになりそうな女」
いかにも自信有りげに写真に映る、パッと見は可愛い、けれど周りを巻き込んで自分のいいように操る術を心得た、生まれつき「女」である人間。
案の定、名前を見ても田舎育ちのパッとしない男爵の娘だった。
こういう女は、誰が敵で味方でターゲットかを瞬時に判断し、自分だけ都合よく生きていく。
良く言えば向上心旺盛、悪く言えば野心家で自己中心的。
そこに悪意はない、それだけに厄介な存在。
今までにも、己の立場的にそんな女性を大勢相手にしてきただけに、写真を見て死ぬほどうんざりする。
つい最近も、王宮で開いたお茶会で散々見た為、随分食傷気味だ。
あれとは似ても似つかない。
「俺、今年いなくて良かったわ。いたら絶対付き纏われる。ふん……まあ、アイツは目を付けられるんだろうな」
去年までは、俺を隠れ蓑に上手く躱してきただろうが、今年からはそうはいかない。
何せ、今年は会長様になったからな、嫌でも目立つ。
いつも面倒そうに俺の言うことを聞くアイツの困った顔を思い浮かべて、少しだけ溜飲が下がる気がした。
もう一人残った方はもともと無愛想だからいいとして。
嫌な気分になり、残りの書類を置いて侍従を呼ぶ。
「俺もアカデミーの入学式、出席するから。そう返事しておいて」
「欠席で返事されたのでは?」
「気が変わった」
余計な事は言うなとばかりに侍従を手で追い払い、預かっていた書類を持たせ使いに出す。
出欠の確認は随分前に来ていて、何も考えず「欠席」としたが、あの少年が来るのなら見てみたい。
アイツがいれば少年について探ってもらうのだが、生憎数日後に控えた入学式で忙しいらしく最近姿を見ていない。
・‥…‥・◇・‥…‥・◇・‥…‥・
迎えた入学式当日。
少年は、首席入学の慣習に倣い、新入生代表として堂々と壇上で挨拶をしていた。
あの迷子になっていた小さな少年が、こんなにも大きくなったのかと思うと、他人事ながら妙に感慨深い。
自分が末子のため勝手に兄気分だ。
あわよくば、少年に付いて親族が……あれが出席したりしないかと周りを見たが、代表席に座る少年に声を掛けるのは、同じ新入生───主に女子───か教師たちばかりだった。
あ、アイツの弟が射殺さんばかりに少年を睨んでるのが面白い。
まあ、これから精進するがいい。生徒会には入れるだろうから。
それにしても……。
どうにかして少年からあれのことを聞けないだろうか。
望みはないとしても、今どうしているのかとか、何をしているのかとか……。
いや、女々しいか。そんな機会もないだろうし。
もし、少年がこのまま好成績をキープして卒業となったなら、その時は、以前考えていたように俺の側近になるよう薦めてみよう。
俺の祝辞も済んで入学式も無事終わり、学院長に案内されながら学院内を歩いてるときだった。
何やら近くで生徒たちがざわざわしているのが聞こえた。
どうやら2クラスある新入生の教室のうち、「ソーレ」が騒ぎの元らしい。
篩に掛けられた新入生の中でも、さらに生徒たちは「ソーレ」と「ルーナ」にクラス分けされる。
それは成績だったり家柄だったり特殊能力だったりするのだが、それを生徒側に知らせることはない。
家名を隠して入る以上、差別はないとされている。
が、それは建前で、貴族と平民が同じクラスになることはない。
「ソーレ」は選りすぐりの貴族の方で、そこ所属する生徒が騒ぎを起こすとは余程のことがあったのか。
少年もアイツの弟も1年のソーレだったなと思い、元生徒会長の責任感もあって学院長とともに騒ぎの元へと足を向ける。
ったく、現生徒会長は何してるんだよ。
まず目に飛び込んだのは「黒」だった。
そして、あの日と同じキラキラと光の精霊が舞ってるのが見えた。
「…………彼女は?」
自分でも声が震えるのを感じる。
人集りの先にいたのは、あれと、あれの手を引くアイツと、少年と、アイツの弟と、取り巻きたち。
それらが騒ぎの元凶だった。
「ああ、彼女も新入生ですよ。今年の首席の縁の者と言いましょうか、ちょっと特殊な出でして……」
「縁の者」とはなんとも曖昧な言い方に引っかかる。
姉弟ではなかったのか?
それに「特殊な出」とは?
数日前に見た新入生名簿を思い出す。
あの少年「マルセイラ・オーティス」と同姓のものはいなかった。
「学院長、新入生の申請書類を見せていただけるだろうか」
今すぐあれを追い掛けたいが、アイツが付いてるなら後で聞けばいい話だ。
それより、今すぐに書類の確認を……。
学院長室に着き、ソファに座るのももどかしく、急かして出させた今年度の申請書類を受け取る。
姓では見つからない、大事なのは写真だ。
落としてバラバラにしてしまった書類は再度成績順に並び替えられていた。
見落としが無いよう、一枚一枚申請書類の束を繰る。
一番上は少年、二番目はアイツの弟、そして三番目……あれはすぐに見つかった。
昔抱いた印象通り、そのままの姿で更に美しく成長した姿が写真に写っていた。
ふわふわとした艷やかな黒髪は更に美しく長く煌めきを放ち、小さかった身長は手足とともにスラリと伸び王城に侍るどんな令嬢と比べても遜色ない……どころか比べるまでもなく素晴らしい。
印象的な紫水晶の綺麗な瞳はそのままにキラキラと輝き、写真の向こう側でこちらを向いてゆるく弧を描いた紅い口元は幼い頃にはなかった色気を醸し出している。
「名前は……マリネッテ・オージェ……『オージェ』だと?」
オージェ家は由緒正しい建国からの大貴族だ。
アイツの家、シャルディ家と同格に並ぶほどの家格がある二大公爵家の片割れ。
その割に表にあまり出ないのは、オージェ家がこの国の『暗部』だからだ。
いや、『暗部』どころではないな、正確に言うならあの家の家業は『魔王』だ。
『暗部』としてこの国の裏側を支える家でありながら、権力を持ちすぎないようアイツの家『勇者』が牽制している。
その上に我が王家『覇王』が君臨している。
『魔王』と『勇者』だからといって、今時世界征服を狙ってくるわけでもなし、お互い干渉しあわないというバランスが代々続いていると聞いている。
だから、あの家に生まれた子供はこの『ロープレ学院』ではなく、他国のアカデミーへ通うようになっているはずなのだが。
まあいい、どんな経緯があれど、その通りされていればあれと再会することなどなかったのだから。
それにしても……。
先程の光景、あれの手を引き廊下を進むアイツ……ユーリの姿が引っかかる。
俺がずっと探していたのをアイツも知っていたはず。
今代の生徒会長ならば、俺が知り得たように、新入生の情報を前もって知っていたのでは?
どうせ、さっき向かった先も生徒会室だろう。
入試成績上位3名を生徒会へ入れるのが慣例だからな。
どうして俺はあれより歳上なんだ。
いや、歳上なのはまだいい。
せめてあと一年遅く生まれていれば、一緒にアカデミーに、生徒会にいられたのに。
特にアイツ、あれが俺の“お気に入り”だって知ってるくせに。
アイツらだけズルい。
そう思うのは仕方ないだろう?
────────────────────
時系列的には#1-4のあとぐらい
────────────────────
忘れられない人がいる。
どうして俺はあれより歳上なんだ。
いや、歳上なのはまだいい。
せめてあと一年遅く生まれていれば、一緒にアカデミーにいられたのに。
◆・‥…‥・◆・‥…‥・◆・‥…‥・◆
いつものように神殿へ講義を受けに行っていた時だった。
月に一度とは言え、毎回毎回、どうして俺がわざわざ足を向けねばならぬのかと腹立たしく思っていたが、その日ばかりはここへ来た事を良かったと思った。
それがいたのは、中央庭から少し離れた回廊だった。
中央庭とは、神殿の中でも特に手入れが行き届き美しいと評判の場所で、季節を問わず年中花が咲き乱れる所だ。
その脇に、ぽつんと佇むそれの姿に目が行った。
なぜだろう、白く明るいこの神殿で、そこだけが黒く異質だったからだろうか。
異質だからといって決して不快なものではない。
それどころか、庭園の花びらが飛び散ってキラキラと光の精霊がそれの周りを舞ってるように見えた。
吸い寄せられるように近づき話しかけると、「弟を探している」と言っていた。
俺が誰だかわからないはずはないのに、俺を見ようともせず、俺に笑顔を向けることもない。
ははぁ、そうか、そっけない態度を取って俺の気を惹こうとしているのか。
これぐらいの年の子なら、親にでも言い含められているのか、そういう浅はかな考えを持つものも少なくない。
まあ、他の誰かがそうするなら放っておくが、それがそうするならそれに乗らなくもない。
俺より2つ3つ程年下なのか、小さい体で必死に話す姿が可愛くて、ずっと見ながら生返事していたら、それは俺が真面目に取り合わないとわかったのか「もういい」と怒って向こうへ行ってしまった。
おい、待て。俺が相手をしてやっているのに、その態度は何だ。
それに、俺と話をしているのに、俺の方を見ずに弟の話ばかり……。
兄上は俺のことなんてちっとも構ってくれないのに。
慌てて追いかけて、それ以上前に進ませないようそれの前に回り込む。
幼心にも、その美しい立ち姿、凛とした声、くるくる変わる表情に、胸の奥がぎゅっとなった。
だから珍しく俺から言ってやったんだ。
「どうしてもと『お願い』するならきいてやってもいい」
と。
そんなに困っているなら、俺を頼ればいい。
この神殿にいる奴ら、俺の頼み事なら聞くだろう。
奴らじゃなくてもアイツがいるし。
アイツなら命令すれば何でも言うことを聞く。
そんな気持ちでそれを見ていると、不格好だなと思っていた黒い眼鏡を取りキラキラとした紫水晶のような瞳が現れた。
それから、そっと手を取られ、手袋を外した白くて柔らかくて小さな手に、また胸の奥がぎゅっとする。
手を取ってじっと見つめられたら、何だか気持ちがふわふわしてきて、何でも言うことを聞きたくなった。
初めて目を合わせてきた、吸い込まれそうに大きく美しい紫水晶の瞳。
弟を探して欲しいと言うので、アイツに命令して探させた。
迷子になって保護されていた弟はすぐに見つかり、抱き合って喜んでいた。
俺はそれをまだふわふわする気持ちで見てたのに、アイツが戻ってきて背中をパンっと叩き「帰るぞ」と言い出した。
叩かれて熱を持った背中の違和感でふわふわした気持ちはすっと冷めたけど、まだ一緒にいたい。
もっと話したい。
その澄んだ綺麗な瞳に映っていたい。
この国では希少とされている艷やかな黒髪を触りたい。
そばにいて欲しい。
弟のように大事にされたい。
惹きつけられて目が離せない。
なんだこれ、胸の奥がぎゅっとして痛い。
「帰るぞ」
そんな俺の思考をぶった切るように、情緒のかけらもないアイツが面倒くさそうに繰り返す。
わかってるよ、聞こえてるってば。
せめてどこの子か、馬車を見れば家紋でわかるかな。
この神殿にやってきたからには、どこかの貴族であることに間違いはない。
まだあの年頃ならデビュタントもまだだろうから王城で見たことは無い。
王家主催のお茶会と称した、俺の侍従候補を探す集まりでも見たことがない。
もしも会った事があれば絶対忘れない。
いったい誰なんだ?
「どこの子だろう」
「誰のことだ」
「ちゃんと俺の話を聞け、命令だ」
「あーはいはい」
結局馬車は見つからず、俺は帰りの馬車に揺られながら、小さくなっていく真っ白な神殿を見ていた。
「なあ?何かあった?」
「何かって?」
何かって、それに出会った。
忘れられない、強烈な印象を俺に残した女の子。
俺はきっと忘れないのに……俺の事は忘れられてしまうのかな。
「また、会えるかな」
誰に言うでもなくひとりごちる。
当然、その言葉は誰の耳に届くこともなく、その願いは叶うこともなかった。
◆・‥…‥・◆・‥…‥・◆・‥…‥・◆
あれからもそれは見付かっていない。
デビュタントも毎年チェックしていたし、何なら先日は、長期休暇を使って俺のお妃選びなんて名目で国中から年頃の令嬢を呼び寄せた。
俺も一応王子だからな、それ意外は興味がないが適度に愛想も振りまいておかねばならない。
何を勘違いしたのか「貴方のコンプレックスを私が癒やしてあげる」なんて訳わからん事を言いながら纏わり付いて来る女には辟易した。
なんで俺がコンプレックスなんてアイツに持たなきゃならんのだ。俺のほうが完璧だろうが。
聞けばアカデミーで新入生の生徒会役員候補だったらしい。
今年の新入生からは生徒会への勧誘はないと聞いたぞ。
入れなかったからと逆恨みか?
そんな感じで体力より精神を疲弊させた俺は、アイツには「自業自得ですよ」と笑われながら、それでも1週間も毎日パーティーパーティーで死にそうな目にあったにもかかわらず無駄足だった。
もう一体誰なんだ!何処へ行ってしまったんだ!!
漸くアカデミーに戻ってきてその事を思い出してイライラしながら廊下を歩いていると、曲がり角で出会い頭に誰かにぶつかった。
「おっと、余所見をしていて。大丈夫だっ……なんだ、お前か」
「『なんだ』とはなんですか。ぶつかっておいてその言いぐさはないでしょう」
外面を整えて非礼を詫びようと相手を見ると、副会長のゲネルだった。
入学時の成績順で生徒会への入会が決まるアカデミーの制度に倣い、以降も成績順で俺が会長、彼が副会長に就いている。
満点以外許されない身としては、万年一位の俺より常に5点だけ低いあいつに追われてるような気がして気が抜けない相手だ。
派手さはないが背も高く整った容貌をしており、校内人気もなかなか高い。
だからといって、それを鼻にかけることも目立つ事もせず控えめなヤツではあるが、如何せん、慇懃無礼というか俺への態度が悪いというか、まぁそれは俺相手に限ってのことではないのだが。
「ああ、はいはい。悪かったって」
ゲネルは無言で落とした物を拾っている。
その中から、ハラリと紙切れのようなものが俺の方へ落ちてきた。
「これもお前の……」
それはハガキの半分ほどのサイズの少し端が色褪せた写真だった。
数年前から流通しだした写真技術は、まだまだ珍しく、それを扱えるのはよほどの大貴族か、魔法技術に長けた者に限られている。
ゲネルはある貴族に仕える執事の出だと聞いていた。
その貴族が、わざわざ写真を撮って彼に持たせているのだろうか。
いくら家名を伏せて入学するアカデミーとは言え、貴族同士は繋がりが深い。
王族の俺と顔見知りでないなど、平民かよほどの田舎の出か、ゲネルのように貴族の家から来ているかだろう。
ゲネルでも、貴重だといわれる写真を持つほどの事があるのかと、不思議に思って何が写っているのか何気なく見た。
「返してください」
珍しく慌てた様子のゲネルに直ぐに奪い返され、ちゃんとは見れなかった。
見れなかったが……。
「それ……だれだ!?」
間違いない、神殿で見た、ずっと探していたあれに違いない。
一瞬しか見れなかったが、あの頃より少し大きくなって髪も伸びた姿と、忘れもしない紫水晶の瞳。
「誰でもいいでしょう。あなたには関係ありませんから」
「関係ないって、お前……」
「失礼します」
ゲネルは俺の横をすり抜け、さっさと歩き出す。
「待てって!」
掴みかけた腕を軽く振り払い、一瞥もくれずゲネルは立ち去った。
どういうことなんだ。
ゲネルの持っていた写真に映っていたあれ。
間違いなくゲネルの関係者だろう。
なぜあれの写真をゲネルが持っている?
ゲネルに姉妹はいただろうか、それとも……。
「おい」
後ろに控えているアイツに呼びかける。
「副会長に姉妹はいたか?」
「さあ?」
「すぐに調べろ、『命令だ』」
「はいはい」
アイツは、面倒臭さそうに返事して、俺から離れ何処かへ行った。
もう一人の従者は、去っていくアイツの事などどこ吹く風で相変わらず無愛想だ。
俺の周りには無礼か無愛想しかいないのか。
いや、可笑しいのはこいつらであって、他の奴らは俺の立場に従って従属するのに。
幼馴染で……10以上も年の離れた兄しかいない俺にとっては弟みたいになもんか。
俺より一つ下のクセに昔から生意気なんだ。
俺の従者としてずっと一緒にいるのに、「命令だ」と言わないと言うことを聞かない。
兄弟みたいなもんなんだから、少しは兄だと敬えってんだ。
ホント、俺のことを何だと思ってるんだ、勇者のくせに。
それにしても、久しぶりに胸の奥がぎゅっと痛い。
辛くて……ほんの少し幸せだ。
・‥…‥・◇・‥…‥・◇・‥…‥・
翌年、無事卒業して成年王族となり、アカデミーの卒業生ということもあってウルバーン王族としてここへ理事として名を連ねることになった。
アイツからの報告は未だ来ずイライラしているところに、「来年度の新入生です」と書類一式を渡され、面倒な仕事が増えて更に嫌気が差す。
「俺が待ってんのはコレじゃないんだよ」
ボヤきながらも取り敢えず名簿に一応目を通し、上の方で知った名前を見つけて辿っていた指が止まる。
「あー、そういやアイツの弟もそんな年か」
アイツが俺にベッタリなもんで、「大好きな兄さん」に構ってもらえずブラコン拗らせてたっけな。
たまに顔合わすとめっちゃ睨んでくるんで面白い。
良かったじゃないか、兄さんと1年だけでも同じアカデミーに通えて。
アイツの弟なら成績もいいだろうから、生徒会入って俺の跡を継いで会長になったアイツの補佐が出来て嬉しいだろう。
「でも、ん?これ成績順だよな?アイツの弟、トップじゃないのか?」
決して悪くはない点数ではあるが、アイツの弟は2位、1位のヤツは何と満点だった。
優秀な生徒を厳選して篩に掛けるため、かなり難しく作られているはずの問題で満点を出すとはどんなヤツだ?
そんなに優秀できちんとした貴族の出なら、卒業後は俺の側近として召し抱えてもいい。
そう思って名簿の名前を見てもピンと来なかった新入生の申請書類を探す。
そこには写真添付が必須条件となっているので顔がわかるようになっている。
「この少年……何処かで……」
鮮明に写し出されたバストアップの写真と全身写真。
薄茶の髪、新緑のような翠の瞳、まだ子供っぽさは残っているが整った顔立ち、名前は「マルセイラ・オーティス」……?
マルセイラ……愛称で呼ぶならマルセル……何処かで聞いた……。
「あれの弟、『マルセル』って呼んでなかったか?」
思わず立ち上がった拍子に書類をぶちまけてしまったが今はどうでもいい。
そうだ、思い出した。神殿で「あれ」と一緒にいた少年だ。
10年ほど経って随分成長したが、薄茶の髪に翠の瞳……面影は残っている。
そうか、あれの弟がアカデミーに入学するのか。
「弟に聞けば……教えてくれるだろうか」
ある程度の家格を持った貴族の女性なら、アカデミーに通うことなどなく家庭教師を付けて学び、あとは花嫁修業に専念している年頃だろう。
この少年の姉なら、もしかしてもう誰かに嫁いでしまっているのかもしれない。
デビュタントでも王城でも見かけなかったのは、既に婚約者がいた可能性が高い。
もしくは、考えたくはないが、酷く病弱とか……神殿で会ったのも祈祷を受けに来ていた可能性もある。
「はああぁ……見付かったと思ったら終わってるって……」
強く握ったため少し皺になった書類を置き、散らばった分を拾い集める。
新入生と言ってもたかだか60人程度、そんなに多くはない。
拾ったついでに、名簿だけじゃなく提出書類も一式、パラパラと惰性で眺める。
「あー……どこにでも一人はいるな、こういうトラブルメーカーになりそうな女」
いかにも自信有りげに写真に映る、パッと見は可愛い、けれど周りを巻き込んで自分のいいように操る術を心得た、生まれつき「女」である人間。
案の定、名前を見ても田舎育ちのパッとしない男爵の娘だった。
こういう女は、誰が敵で味方でターゲットかを瞬時に判断し、自分だけ都合よく生きていく。
良く言えば向上心旺盛、悪く言えば野心家で自己中心的。
そこに悪意はない、それだけに厄介な存在。
今までにも、己の立場的にそんな女性を大勢相手にしてきただけに、写真を見て死ぬほどうんざりする。
つい最近も、王宮で開いたお茶会で散々見た為、随分食傷気味だ。
あれとは似ても似つかない。
「俺、今年いなくて良かったわ。いたら絶対付き纏われる。ふん……まあ、アイツは目を付けられるんだろうな」
去年までは、俺を隠れ蓑に上手く躱してきただろうが、今年からはそうはいかない。
何せ、今年は会長様になったからな、嫌でも目立つ。
いつも面倒そうに俺の言うことを聞くアイツの困った顔を思い浮かべて、少しだけ溜飲が下がる気がした。
もう一人残った方はもともと無愛想だからいいとして。
嫌な気分になり、残りの書類を置いて侍従を呼ぶ。
「俺もアカデミーの入学式、出席するから。そう返事しておいて」
「欠席で返事されたのでは?」
「気が変わった」
余計な事は言うなとばかりに侍従を手で追い払い、預かっていた書類を持たせ使いに出す。
出欠の確認は随分前に来ていて、何も考えず「欠席」としたが、あの少年が来るのなら見てみたい。
アイツがいれば少年について探ってもらうのだが、生憎数日後に控えた入学式で忙しいらしく最近姿を見ていない。
・‥…‥・◇・‥…‥・◇・‥…‥・
迎えた入学式当日。
少年は、首席入学の慣習に倣い、新入生代表として堂々と壇上で挨拶をしていた。
あの迷子になっていた小さな少年が、こんなにも大きくなったのかと思うと、他人事ながら妙に感慨深い。
自分が末子のため勝手に兄気分だ。
あわよくば、少年に付いて親族が……あれが出席したりしないかと周りを見たが、代表席に座る少年に声を掛けるのは、同じ新入生───主に女子───か教師たちばかりだった。
あ、アイツの弟が射殺さんばかりに少年を睨んでるのが面白い。
まあ、これから精進するがいい。生徒会には入れるだろうから。
それにしても……。
どうにかして少年からあれのことを聞けないだろうか。
望みはないとしても、今どうしているのかとか、何をしているのかとか……。
いや、女々しいか。そんな機会もないだろうし。
もし、少年がこのまま好成績をキープして卒業となったなら、その時は、以前考えていたように俺の側近になるよう薦めてみよう。
俺の祝辞も済んで入学式も無事終わり、学院長に案内されながら学院内を歩いてるときだった。
何やら近くで生徒たちがざわざわしているのが聞こえた。
どうやら2クラスある新入生の教室のうち、「ソーレ」が騒ぎの元らしい。
篩に掛けられた新入生の中でも、さらに生徒たちは「ソーレ」と「ルーナ」にクラス分けされる。
それは成績だったり家柄だったり特殊能力だったりするのだが、それを生徒側に知らせることはない。
家名を隠して入る以上、差別はないとされている。
が、それは建前で、貴族と平民が同じクラスになることはない。
「ソーレ」は選りすぐりの貴族の方で、そこ所属する生徒が騒ぎを起こすとは余程のことがあったのか。
少年もアイツの弟も1年のソーレだったなと思い、元生徒会長の責任感もあって学院長とともに騒ぎの元へと足を向ける。
ったく、現生徒会長は何してるんだよ。
まず目に飛び込んだのは「黒」だった。
そして、あの日と同じキラキラと光の精霊が舞ってるのが見えた。
「…………彼女は?」
自分でも声が震えるのを感じる。
人集りの先にいたのは、あれと、あれの手を引くアイツと、少年と、アイツの弟と、取り巻きたち。
それらが騒ぎの元凶だった。
「ああ、彼女も新入生ですよ。今年の首席の縁の者と言いましょうか、ちょっと特殊な出でして……」
「縁の者」とはなんとも曖昧な言い方に引っかかる。
姉弟ではなかったのか?
それに「特殊な出」とは?
数日前に見た新入生名簿を思い出す。
あの少年「マルセイラ・オーティス」と同姓のものはいなかった。
「学院長、新入生の申請書類を見せていただけるだろうか」
今すぐあれを追い掛けたいが、アイツが付いてるなら後で聞けばいい話だ。
それより、今すぐに書類の確認を……。
学院長室に着き、ソファに座るのももどかしく、急かして出させた今年度の申請書類を受け取る。
姓では見つからない、大事なのは写真だ。
落としてバラバラにしてしまった書類は再度成績順に並び替えられていた。
見落としが無いよう、一枚一枚申請書類の束を繰る。
一番上は少年、二番目はアイツの弟、そして三番目……あれはすぐに見つかった。
昔抱いた印象通り、そのままの姿で更に美しく成長した姿が写真に写っていた。
ふわふわとした艷やかな黒髪は更に美しく長く煌めきを放ち、小さかった身長は手足とともにスラリと伸び王城に侍るどんな令嬢と比べても遜色ない……どころか比べるまでもなく素晴らしい。
印象的な紫水晶の綺麗な瞳はそのままにキラキラと輝き、写真の向こう側でこちらを向いてゆるく弧を描いた紅い口元は幼い頃にはなかった色気を醸し出している。
「名前は……マリネッテ・オージェ……『オージェ』だと?」
オージェ家は由緒正しい建国からの大貴族だ。
アイツの家、シャルディ家と同格に並ぶほどの家格がある二大公爵家の片割れ。
その割に表にあまり出ないのは、オージェ家がこの国の『暗部』だからだ。
いや、『暗部』どころではないな、正確に言うならあの家の家業は『魔王』だ。
『暗部』としてこの国の裏側を支える家でありながら、権力を持ちすぎないようアイツの家『勇者』が牽制している。
その上に我が王家『覇王』が君臨している。
『魔王』と『勇者』だからといって、今時世界征服を狙ってくるわけでもなし、お互い干渉しあわないというバランスが代々続いていると聞いている。
だから、あの家に生まれた子供はこの『ロープレ学院』ではなく、他国のアカデミーへ通うようになっているはずなのだが。
まあいい、どんな経緯があれど、その通りされていればあれと再会することなどなかったのだから。
それにしても……。
先程の光景、あれの手を引き廊下を進むアイツ……ユーリの姿が引っかかる。
俺がずっと探していたのをアイツも知っていたはず。
今代の生徒会長ならば、俺が知り得たように、新入生の情報を前もって知っていたのでは?
どうせ、さっき向かった先も生徒会室だろう。
入試成績上位3名を生徒会へ入れるのが慣例だからな。
どうして俺はあれより歳上なんだ。
いや、歳上なのはまだいい。
せめてあと一年遅く生まれていれば、一緒にアカデミーに、生徒会にいられたのに。
特にアイツ、あれが俺の“お気に入り”だって知ってるくせに。
アイツらだけズルい。
そう思うのは仕方ないだろう?
────────────────────
時系列的には#1-4のあとぐらい
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。
あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。
宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。
対極のような二人は姉妹。母親の違う。
お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。
そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。
天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。
生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。
両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。
だが……。運命とは残酷である。
ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のない、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。
猫なので、もう働きません。
具なっしー
恋愛
不老不死が実現した日本。600歳まで社畜として働き続けた私、佐々木ひまり。
やっと安楽死できると思ったら――普通に苦しいし、目が覚めたら猫になっていた!?
しかもここは女性が極端に少ない世界。
イケオジ貴族に拾われ、猫幼女として溺愛される日々が始まる。
「もう頑張らない」って決めたのに、また頑張っちゃう私……。
これは、社畜上がりの猫幼女が“だらだらしながら溺愛される”物語。
※表紙はAI画像です
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜
具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」
居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。
幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。
そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。
しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。
そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。
盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。
※表紙はAIです
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる