よわよわ魔王がレベチ勇者にロックオンされました~コマンド「にげる」はどこですか~

サノツキ

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#3:慣れてきた学院生活~新たな出会い

#3-余談4.図書塔の君

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<平民モブ視点>
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 校舎北側の図書塔の裏、3階隅の窓側。
 週に一、二度不定期に見かける図書塔の君。

 僕が所属する騎士部の訓練場から、遠目が利く自分しか見えないんじゃないかという距離。
 何を読んでいるのか垣間見える表情は、どんな本を読んでいるのか、楽しそうだったり、悲しそうに涙ぐんでいたり、難しそうに眉間にシワを寄せていたり、その時々でくるくる変わる。
 伏し目がちの大きな目は文字を追っているようだったり、何かを思案するように何処かを見ていたり……時には長い睫毛を閉じて居眠りをしていたり、見飽きることはない。

 騎士部の訓練中の僅かな休憩の間だけの楽しみ。
 長く綺麗な黒髪と横顔しか見えないけれど、僕は密かに恋をしたんだ。



「休憩終わり。持ち場に着け」
「ハイッッ!!!」

 今日もケンティス様の声が響き渡る。

 大国ウルバーンのシュメル侯爵家の三男、代々近衛騎士団長を務められる家門の出で、自身も最年少で王宮騎士に任命されたとのこと。
 もうアカデミーにいる必要なくね?と思わなくもないが、昨年度までは同じウルバーン国の第二王子殿下も在学しておられ、このまま最終学年まで収めご卒業されるんだって。
 同学年には勇者と名高いユーリウス様を始め、名だたる名家のご学友もいらっしゃる……らしい。
 平凡で庶民の僕には雲の上の存在すぎて実感ないけどね。

「さてと……」

 図書塔の君が一番良く見える特等席のベンチから立ち上がり、最後に人目見ようと凝視すると、いつもとは違う表情が見えた。
 あれは……。

「誰かと喋ってる?」

 いつになく笑顔を浮かべ相槌を打つような仕草は、誰か相手がいて会話しているときのもの。
 今までお一人で読書をしておられると思っていた図書塔の君に、誰が話しかけているというのか。

「セツ、早く行かないと」
「あ、ああ……」

 同じ新入生のマルセイラくんに声を掛けられた。
 彼も騎士部に入ったばかりの僕と同じ新入生、新入部員だ。
 ただし、彼は「ソーレ」、僕は「ルーナ」だから騎士部以外で会うことはないんだけどね。

 上流階級しかいないと言う「ソーレ」クラスの人なのに気さくに僕に話しかけてきて、何だったら同学年なんだから気軽に呼ぶように言ってくれるマルセイラくん……マルセルは──多分僕みたいな平民と違って貴族なんだろうけど──本当にいい人だと思うよ。

「何を見て……」

 僕の視線の先が気になったのか、マルセルも図書室の方を見る。
 見たって何もわからないだろうけど。

「何もないよ、行こう」

 マルセルを引き連れて隊列に加わる。
 図書塔の君が気になって、ギリギリ見える端に並んでチラッと見ると、もう誰かと話している様子はなかった。

 いつも静かに一人で本を読んでいた彼女に、一体誰が話しかけたんだろう。
 気になって考え込んでいた僕は、声を掛けられるまで横に立つケンティス様に気付かなかった。

「余所見とは、余裕だな?」
「あっ、いえっ!」
「外周10周!」

 ひえっ!!
 由緒正しきアカデミーに於いて体罰などは一切無い。
 あくまでも鍛錬のみ。
 これは鍛錬……。
 僕は上級生の指示に従うだけ……死ぬ……。

 ケンティス様が、僕が何を見ていたか気になさっていただなんて知るはずもない。



 それから数日後。
 一度でいいからどうしても近くで図書塔の君を見たくなった僕は、騎士部に行く前に図書室の近くまでやって来た。

 近くと言っても、いつも見える窓の下。
 建物の裏側に立ち、3階北側の一角を見上げる。
 けれど、残念ながらそこに彼女の姿はなかった。

「今日はいない日なのかなあ……」

 仕方なく、いつも通り騎士部に出て訓練を受け時間が来て休憩する。
 ついいつもの図書塔の君が一番良く見えるベンチに座ってしまい、「今日はいないんだった」と思いつつも習慣でちらっと図書室の方を見た。

 そこにはいつも通り本を読む彼女の姿が。

「あれ?今日は遅かったのかな」

 タイミングが悪かったのか近くでは見れなかったけれど、今日も図書塔の君を見れて嬉しかった。



 それからも何度か図書塔の裏に行き、3階隅の窓側を見上げてみたけど図書塔の君の姿を見ることは出来なかった。
 なのに、騎士部のベンチから遠目には見える。

「あれ?何かおかしくない?」

 気になって仕方なかった僕は、騎士部が休みの日に図書室に行ってみることにした。



「多分、ここら辺だと思うんだけど……」

 3階図書室北側の一角、外から見ていた場所はここら辺に違いない。
 なのに、書棚が並ぶばかりでその窓際が見当たらないんだ。

 3階に見えていたけど違う階だったりする?
 そう思って2階にも4階にも行ってみたけど、何なら1階から5階まで全部見たけど、他の階にはちゃんとあるんだよ、北側の一角。
 3階だけ辿り着けない。
 なんで?

 どうやったって見つからないことに落ち込んで、とぼとぼと図書室を出て渡り廊下を通って帰ろうとした時だった。
 ちらっと目の端に映ったのは、図書室の中を歩く彼女の姿だった。

「え?あっ……」

 慌てて後を追う。

「お静かに」

 勿論入口でお小言を食らった。



 走らないよう出来るだけ早足で追いかけた先で、彼女は書架に並んだ本を取り出してはパラパラと捲り、何冊か手に取っていた。

 僕は、横顔しか見えなかった図書塔の君の全身を、物陰からこっそりと初めて見た。
 遠目でも見えていたつやつやと波打つ綺麗な黒髪、伏し目がちでも輝きを放つ大きな瞳は神秘的な薄紫で、スラリと長い手足に思ったより高い身長。
 いつも遠目で見ていた図書塔の君の姿をこんなにも間近で見た感動で、僕は卒倒しそうだった。

 しばらくして何冊か手に取った図書塔の君は、3階へと続く階段を登っていく。
 どうやっても見つからなかった3階北側の一角。
 それは何処なんだと、後を追うと……あれ?いない?

 見つからないように距離は取っていたけれど、見失わないようそんなに離れていたわけではない。
 なんで?

「何をしている?」

 こんな場所で思ってもみない人物に声を掛けられ、心臓が止まるかと驚いて飛び上がる。

「ケ……ンティス様?」

 騎士部が休みならケンティス様もお休みだ。
 自分と同じように図書室に至って何ら不思議ではない。
 だけど、この威圧感は……。

「何をしていると聞いているのだが?」
「あ……えっと……本を探しに……」

 図書室に来ているんだから、本以外に用はない。
 これは言い訳なんかじゃない、僕は本を探しに……。

「見えないものを無理に見ようとするな」
「……えっ?」

 ケンティス様は何の事を言って……。

「お前にしか見えないものもあるだろう。自分に見えるものを見ろ」
「はい……」

 これ以上ここにいてはいけないと、彼女を追ってはいけないと本能で悟った。
 僕は「見えないものを見てはいけない」んだ。



 校舎北側の図書塔の裏、3階隅の窓側。
 週に一、二度不定期に見かける図書塔の君。

 この騎士部訓練場のベンチから見える君に恋をした僕は、後に遠目という特技を買われ、平民ながら国の諜報部に取り立てられ斥候として働くようになるのだが、それはまた先のお話。



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マシューに寄る阻害魔法のせいで図書塔のマリナの姿は近くからは見えません
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