見捨てられた男達

ぐう

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間違えた男達

グスタフ

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 グスタフは物心付いた頃から父を尊敬の眼差しで見つめていた。平民だったが騎士養成学校を首席で卒業し、王都の騎士団に入団した。剣の腕は国で一番と評判が立つほどだった。幼い頃からグスタフは父のようになりたいと父に剣の稽古を付けて貰っていた。父は次々と武功を上げ、グスタフの尊敬の念はより一層強まった。
 そして父は騎士団長になり男爵位を賜ることになった。

 とんとん拍子に父が出世するに伴い、子供達も貴族の子女としての付き合いも求められるようになった。
 貴族子女との交流の場に連れ出されて、グスタフは辟易していた。グスタフは姉と妹に散々振り回されて女が苦手だった。都合が悪くなるとすぐ泣き、娘には甘めの父親に泣きついて、いつも姉と妹は自分の思うようにしていた。
 
 姉と妹は礼儀作法の家庭教師に付いて意外と早く貴族の生活に馴染んだ。姉には騎士団員の男爵家の次男の恋人ができ早々に結婚が決まった。
 そしてグスタフにも婚約者をと言う話が持ち上がったが、騎士団長とは言え成り上がりだ。喜んで縁を結ぼうと言う家はなかった。グスタフとしては女とお茶を飲むぐらいなら、剣の稽古をしたいと思っていたので迷惑だった。

 そんな話が出ている中、グスタフは毎日騎士団に稽古を付けて貰いに出かけていた。そこで副団長と伯爵家次男の団員に差し入れを持ってくる伯爵令嬢をよく見るようになった。貴族のしかも上位貴族の令嬢なのに、闊達な物言いをし平民出身の団員とも構えずに会話する令嬢を姉妹とは違った女だと感心して見ていた。見つめているうちに心惹かれていたのだと今ならはっきり言える。

 父がやっと婚約がまとまったと言いに来た時嫌だと思った。自分は女が苦手だから嫌だと思ったとその時はそう思った。
 なので父に挨拶に行け言われて向かった時にグスタフは不機嫌丸出しで婚約者となった令嬢の伯爵家の客間で座っていた。誰か入ってきたが目も向けなかった。

「グスタフさん ご不満なら婚約なんてやめておいたらどうですか?将来好きになる人が出てくるまで待てばいいのではない?」

 そうはっきりと言われて、びっくりして顔を上げるとそこにはいつも騎士団で会う伯爵令嬢がいた。思わず不味いことをしてしまった焦り言い訳をした。


「い いや 不満ではない。ただ女子と話したことは家族しかないからどんな顔したらいいかわからんだけなんだ」

 言い訳にすらなってなかったが、マリーは許してくれた。グスタフはこんな幸運があるかと嬉しかったが、上手に感情を表せずにいた。マリーは無愛想な態度のグスタフでも婚約者としてちゃんと接してくれた。
 周りの騎士団員はマリーとグスタフが婚約したと聞いて、グスタフにマリーはもったいないと言うものが多かった。そんなことを言われているのを聞いたグスタフは焦った。
 グスタフは口下手で上手く気持ちを伝えられないから、せめて態度で表して、マリーに優しく接しようと努力をした。

 なのに、なのに、なぜあの日マリーの手をはらってしまったのか。なぜマリーの言葉を聞かなかったのか。なぜマリーを鬱陶しいなどと一時でそう思ったのか。なぜ間違ってしまったのか。気がついた時は全て遅かった。
 
 レイチェルに対する気持ちは恋だと思い込んでいた。レイチェルの豊満な身体を抱く度これは愛なんだと自分で自分に言い聞かせていた。でも単なる性欲でしかなかったのに。レイチェルの本心を知った時全ては遅く、男爵家の後継の地位も何より大事なマリーを失った。

 そして今、辺境の地ボルツマンで辺境騎士団員になっている。レイチェルと関係のあった間怠けていた鍛錬もここに来てから自分を追い込んで鍛えている。同じく辺境騎士団に来たアルベルト元殿下もよく見かける。彼は団員になれるほどの腕はなく見習いだ。ここで真面目に過ごせば領地に戻れるらしい。ここで会って臣下でなく、同じ女に入れ込んだ仲間として会話をした。アルベルトはまだ貴族だからグスタフとは違うがそんな事は関係なかった。アルベルトは居なくなるが、自分はこの地に骨を埋めるだろう。それは嫌ではなかった。王都にいればマリーが誰かと婚姻する姿を見る可能性があるからだ。


 もう何年もボルツマンで暮らしている。涼しい夏にも厳しい冬にも慣れて来た。
 アルベルトはすでにここにはいない。
 知り合いの文官から王都の騎士団長が就任の挨拶に辺境騎士団に来ていると聞いた。
 グスタフは父が自分のせいで団長を辞任したのかと思い情報を求めて、来訪した騎士団長に会えるように文官に頼んだ。文官の骨折りで騎士団長が宿泊している宿に訪ねることができた。面談を申し込んで出てきてくれたのは、懐かしいルドルフだった。

「やあ グスタフ 元気だったか」

「元気です。いきなりお訪ねして申し訳ありません。実はお訪ねしたのは父は騎士団長を辞めてどうしているか知りたくて…」

 ルドルフはちょっと目を細めてグスタフを眺めた。グスタフの傲岸不遜とも言える感じが無くなっている。彼なりに苦労したのだろう。

「お父上の事 心配なのかい」

「もちろんです。自分のせいで父が左遷させられたのではないかと」

「前団長は現場に拘っておられたからな」

「実家とは絶縁状態で実家がどうなってるか知らないのです」

「前団長は君がボルツマンに行かされたあとも団長を勤められていたよ。君が廃嫡になった後は実家のどなたも変わりなく過ごされてる。お姉さんは二人目のお子さんが生まれたし、妹さんも結婚した。弟さんは学院に入学したよ」

「……よかった……」

「君はマリーのことは聞かないんだね。一度聞いてみたいと思っていたんだ。グスタフはマリーのことをどう思っていた?」

 そうだったルドルフはマリーの叔父だった。あのことでは腹を立てていてもおかしくない。

「……マリーには本当にひどいことをしてしまいました。婚約者としては失格なことばかりして、その上で他の女との……」

 ルドルフがいきなりグスタフの言葉を遮る。

「違うよ。私が聞きたいのは謝罪とか言い訳じゃない。グスタフがマリーをどう思っていたかだ」

 グスタフの言葉は転げ落ちるように口から出た。

「彼女との未来を求めていました!彼女の朗らかさ明るさ潔さ全て好ましく思っていました!」

 グスタフは自分に言った。泣くな。自分にはその資格はない。

「そうか。わかった」

 ルドルフは表情を和らげた。

「前団長は怪我をされてね。後遺症があるので自ら団長の職を引かれて、今は王宮の武官として働かれている。見舞いの手紙を書きなさい。持って行ってあげる。実はここに来ると決まってから、前団長が会いに来られて、君の消息を知りたいと言って来られたんだ。実家の皆さんも知りたがっていると言っていた」

 グスタフは今度こそ涙を堪え切れなかった。
 



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