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番外編
逞しい女 1
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レイチェル親娘はヒューゲルト家から譲渡された家に入った。女二人暮らしでも安全な様に、治安の良い住宅街の小さいが清潔な家だ。
母親のアンはヒューゲルト家の領地からレイチェルを迎えに行くために、馬車を急がせて王都までやって来て、ヒューゲルト子爵から手切金として、この家を受け取った。アン親娘は二度とヒューゲルト子爵家に関わらないと誓約書にもサインをさせられた。体力的にも精神的にももう限界だったのだ。
アンはベットに座り込んだ。レイチェルを呼んで幾ばくかの現金を渡した。
「今日から使用人などいないの。クラウス様が御子息に黙ってお金を下さったので、しばらくは暮らせるけれど、また仕事を探して二人で働かないと」
「母さん ごめんなさい。でも納得いかないの。あっちだって遊びだったのよ。私は騙されたの。なのになんで私だけ退学になって、母さんがクラウス様と別れなきゃいけないの?」
アンはレイチェルを見てため息をついた。この子は二年も学院に居たのに身分差について身につかなかったのだろうかと思った。
「レイチェルはそういうけれど、あんたが関わった人は王族に高位貴族よ。あんたの言うようにあちらが悪くて、あんたが一切悪くなくても、悪いのはあんたになるのよ。学院で高位貴族とはどう言うものかきちんと理解しなかったの?」
「どうしてよ!」
アンはそのまま枕に頭を乗せた。
「もういいから母さん疲れているの。寝かせて。夕飯の支度できるわよね?」
レイチェルはアンの目の下の隈と顔色の悪いのを見て黙った。
「わかった。着替えて食べるもの買ってくる」
レイチェルの部屋だと言われた部屋の箪笥には平民が着る古着屋で買ったような簡易なワンピースが入っていた。アンが古着屋で買ったのだろう。レイチェルはそれを見て思った。もうドレスを着ることは無いんだと。
トランクに詰め込んで来たドレスはもう着ていくところがない。アルベルトに強請って買ってもらった装身具もつける機会はない。気に入っていたのにとため息が出る。本当に二度と着る機会は無いのかな?また見初められる事もあるんじゃ無いかしらと綺麗にシワを伸ばして簞笥の奥に仕舞い込んだ。
台所に行って、確認したら鍋窯はちゃんとあり、かまどで使う薪も台所の外壁に向かって積み上げてあった。アンが言うには家の手配も全てクラウス様がしてくださったとのことだった。クラウス様は本当にかあさんを大事にしてくれていたのだなと思って、自分は悪くないと思っていたけれど、母の幸せを壊したことだけは胸がじくじく痛んだ。
それからアンは気落ちしたのか寝たり起きたりになり、クラウス様の元で少し肉付きが良くなっていたのがすっかり昔市場の側の古いアパートにいた頃のように痩せてしまった。
クラウス様に頂いたお金はまだ余裕があったので、レイチェルはまだ働かないでアンの世話をしている。
市場の薬屋にはアンによく効いた滋養薬が売っている。行きたくないけれどアンのためなら仕方が無いと市場に出かけた。
市場は前と変わってなかった。
朝に行くと会いたくない人達に会ってしまう可能性が高いので、市場の終わった時間帯に昔のレイチェルでなく、どこかの令嬢風に仕舞い込んだ外出着を着て帽子を目深に被って出かけた。
思惑通り誰にも声を掛けられることもなく薬屋で滋養薬を買った。
レイチェルはほっとして懐かしい街並みを歩いてみたくなった。すれ違う人たちの中にはレイチェルの顔見知りもいたが、令嬢然として歩くレイチェルが元花売りだと見破る人はいなかった。レイチェルは花売りの時は入りたくても入れなかったそしてウィルの浮気を見たお洒落なカフェに入ってみた。
混んでいてざわざわしていたが、二人席の片隅に通された。紅茶を口に含んで学院を退学してから紅茶を飲むのは久しぶりだなと思った。
ふと見ると斜め前にいるカップルが目に入った。女性の方が隣に座った男性の腕に縋り付いていた。
「もう やだぁ ビルぅ」
鼻に掛かった甘えた声を出している女性の方に見覚えがあったが、はっきりと思い出せない。それにしてもちょっと前まであんなこと自分もしてたなと客観的に見ると恥ずかしいと思った。俯いて紅茶を飲んでると聞き慣れた声がした。
「ねえ あれ ウィルの奥さんのカミラだよね?」
「そうだね。また男が変わってるね」
「カミラのこの辺でのあだ名知ってる?」
「“男狂い”でしょ?」
そっと声がした方を盗み見ると、サラとサラの友達がいた。
「ウィルは離婚しないの?このままじゃウィルの種じゃない子が生まれるんじゃないの?」
「カミラの実家の意向に逆らえないから、避妊薬を沢山渡して『子供だけは孕むな』と言ったからってカミラが自慢してたって聞いたわ」
「サラはウィル好きだったでしょ?助けてあげれば?」
「とんでもない!いくら奥さんの実家の方が上で金持ちでもあの情けなさ」
「奥さんの尻にしかれてる?」
「そうじゃなくて、そんな奥さんと離婚して自分の力で商売やる気概がないのが嫌」
「サラ あんたを見直したわ」
本当にとレイチェルも思った。サラの事チクリ魔で嫌な子だと思っていたけどこんな風にも思うんだ。
「何よ。そんなにひどい子だと思ってたの?」
「あんた、レイチェルに意地悪してたじゃない」
「だって ウィルがレイチェルに夢中だから意地悪の一つぐらい言ってもいいでしょう」
そう言ってサラが俯いた。
「でも 時々考えるの。私が意地悪言わなきゃレイチェル親娘は夜逃げしないで、ウィルが男気見せたら二人は結婚したのかなぁって。私があんなこと言わなきゃって」
その話を聞いてレイチェルの胸はちくりと痛んだ。
母親のアンはヒューゲルト家の領地からレイチェルを迎えに行くために、馬車を急がせて王都までやって来て、ヒューゲルト子爵から手切金として、この家を受け取った。アン親娘は二度とヒューゲルト子爵家に関わらないと誓約書にもサインをさせられた。体力的にも精神的にももう限界だったのだ。
アンはベットに座り込んだ。レイチェルを呼んで幾ばくかの現金を渡した。
「今日から使用人などいないの。クラウス様が御子息に黙ってお金を下さったので、しばらくは暮らせるけれど、また仕事を探して二人で働かないと」
「母さん ごめんなさい。でも納得いかないの。あっちだって遊びだったのよ。私は騙されたの。なのになんで私だけ退学になって、母さんがクラウス様と別れなきゃいけないの?」
アンはレイチェルを見てため息をついた。この子は二年も学院に居たのに身分差について身につかなかったのだろうかと思った。
「レイチェルはそういうけれど、あんたが関わった人は王族に高位貴族よ。あんたの言うようにあちらが悪くて、あんたが一切悪くなくても、悪いのはあんたになるのよ。学院で高位貴族とはどう言うものかきちんと理解しなかったの?」
「どうしてよ!」
アンはそのまま枕に頭を乗せた。
「もういいから母さん疲れているの。寝かせて。夕飯の支度できるわよね?」
レイチェルはアンの目の下の隈と顔色の悪いのを見て黙った。
「わかった。着替えて食べるもの買ってくる」
レイチェルの部屋だと言われた部屋の箪笥には平民が着る古着屋で買ったような簡易なワンピースが入っていた。アンが古着屋で買ったのだろう。レイチェルはそれを見て思った。もうドレスを着ることは無いんだと。
トランクに詰め込んで来たドレスはもう着ていくところがない。アルベルトに強請って買ってもらった装身具もつける機会はない。気に入っていたのにとため息が出る。本当に二度と着る機会は無いのかな?また見初められる事もあるんじゃ無いかしらと綺麗にシワを伸ばして簞笥の奥に仕舞い込んだ。
台所に行って、確認したら鍋窯はちゃんとあり、かまどで使う薪も台所の外壁に向かって積み上げてあった。アンが言うには家の手配も全てクラウス様がしてくださったとのことだった。クラウス様は本当にかあさんを大事にしてくれていたのだなと思って、自分は悪くないと思っていたけれど、母の幸せを壊したことだけは胸がじくじく痛んだ。
それからアンは気落ちしたのか寝たり起きたりになり、クラウス様の元で少し肉付きが良くなっていたのがすっかり昔市場の側の古いアパートにいた頃のように痩せてしまった。
クラウス様に頂いたお金はまだ余裕があったので、レイチェルはまだ働かないでアンの世話をしている。
市場の薬屋にはアンによく効いた滋養薬が売っている。行きたくないけれどアンのためなら仕方が無いと市場に出かけた。
市場は前と変わってなかった。
朝に行くと会いたくない人達に会ってしまう可能性が高いので、市場の終わった時間帯に昔のレイチェルでなく、どこかの令嬢風に仕舞い込んだ外出着を着て帽子を目深に被って出かけた。
思惑通り誰にも声を掛けられることもなく薬屋で滋養薬を買った。
レイチェルはほっとして懐かしい街並みを歩いてみたくなった。すれ違う人たちの中にはレイチェルの顔見知りもいたが、令嬢然として歩くレイチェルが元花売りだと見破る人はいなかった。レイチェルは花売りの時は入りたくても入れなかったそしてウィルの浮気を見たお洒落なカフェに入ってみた。
混んでいてざわざわしていたが、二人席の片隅に通された。紅茶を口に含んで学院を退学してから紅茶を飲むのは久しぶりだなと思った。
ふと見ると斜め前にいるカップルが目に入った。女性の方が隣に座った男性の腕に縋り付いていた。
「もう やだぁ ビルぅ」
鼻に掛かった甘えた声を出している女性の方に見覚えがあったが、はっきりと思い出せない。それにしてもちょっと前まであんなこと自分もしてたなと客観的に見ると恥ずかしいと思った。俯いて紅茶を飲んでると聞き慣れた声がした。
「ねえ あれ ウィルの奥さんのカミラだよね?」
「そうだね。また男が変わってるね」
「カミラのこの辺でのあだ名知ってる?」
「“男狂い”でしょ?」
そっと声がした方を盗み見ると、サラとサラの友達がいた。
「ウィルは離婚しないの?このままじゃウィルの種じゃない子が生まれるんじゃないの?」
「カミラの実家の意向に逆らえないから、避妊薬を沢山渡して『子供だけは孕むな』と言ったからってカミラが自慢してたって聞いたわ」
「サラはウィル好きだったでしょ?助けてあげれば?」
「とんでもない!いくら奥さんの実家の方が上で金持ちでもあの情けなさ」
「奥さんの尻にしかれてる?」
「そうじゃなくて、そんな奥さんと離婚して自分の力で商売やる気概がないのが嫌」
「サラ あんたを見直したわ」
本当にとレイチェルも思った。サラの事チクリ魔で嫌な子だと思っていたけどこんな風にも思うんだ。
「何よ。そんなにひどい子だと思ってたの?」
「あんた、レイチェルに意地悪してたじゃない」
「だって ウィルがレイチェルに夢中だから意地悪の一つぐらい言ってもいいでしょう」
そう言ってサラが俯いた。
「でも 時々考えるの。私が意地悪言わなきゃレイチェル親娘は夜逃げしないで、ウィルが男気見せたら二人は結婚したのかなぁって。私があんなこと言わなきゃって」
その話を聞いてレイチェルの胸はちくりと痛んだ。
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