見捨てられた男達

ぐう

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番外編

逞しい女 3

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 レイチェル改めレイナが新しいアパートに着いたのは夕方だった。
 クラウスが気を使ってくれたので、治安の良い街で清潔なアパートだった。

 まず一階に住む大家に挨拶に行くようにアンにくどいほど言われたので大家の家の扉をノックをする。いきなり扉が開いて小太りでいかにもおかみさんと言う雰囲気のエプロンを掛けた女性が飛び出して来た。

「あんた レイナさん?!」

「そうです。今日からお世話になります」

 腰を屈めそうになって、慌ててぺこりと頭を下げる。

「まあ!なんて器量よし!とりあえずここでお茶飲んで行って」

「ありがとうございます。でも部屋を片付けたいのですけれど」

「ああ あんたの伯父さんに頼まれてすぐ生活出来る様にしておいたから大丈夫。夕飯までここで食べて行きなさい。食べながらここの説明するから」

 レイナはヒューゲルト家の別邸の執事が伯父でその末弟の娘で姪ということになっている。だからこのアパートも伯父が保証人だ。貴族のお邸の執事が保証人だからか、このおかみさんはものすごく愛想がいい。

「それにしても、あんたその若さで未亡人なんてかわいそうにね」

 お茶をてきぱき入れながら大家さんが話しかけてくる。
 レイナの器量だと狙われるといけないし、女一人は軽く見られやすいので領地で結婚して夫を亡くして心機一転やり直すために王都に出てきたと言う設定になっているのだ。
 仕事も登録所の事務員の仕事が保証人のおかげで見つかっている。

「あんたぐらい器量が良かったらすぐ次が見つかるのに」

「夫を忘れられないから、もう結婚はいいんです」

 レイナは設定を説明するのに悲しげな顔を作るのに苦労した。

「それで伯父さんを頼って田舎から出てきたの?田舎育ちの割には垢抜けてるね」
 
 レイナはぎくりとしたがにっこりと笑顔を作って取り繕った。

「ありがとうございます。領主様のお邸で侍女をしていたからでしようかね?」

 大家さんから解放されたのは夕飯を食べさせて貰ってからだった。設定を間違えずに話すのは大変なことだと悟った。気を遣って疲れ果てた。やっと部屋の鍵を渡してもらって自室に入った。昨年建てたばかりで全て新しく床の木目も綺麗に出ていた。一室に全て揃っているタイプの部屋で部屋の扉を開けると、小さな台所があり、机と椅子があり奥にベットと簞笥があった。ベットの横の簞笥の前には事前に運び込んだ木箱があった。アンが揃えてくれた市井で着るような服や帽子に靴が入っていた。台所には大家さんの言ったように、鍋釜も揃っていたが事前に大家さんに頼むと夕飯は作ってくれるそうだ。


 それからの日々は単調だけれど平穏だった。朝勤めに出かけ夕方帰宅して眠る。そして休日にはたまに贅沢して外で食事をしたりして、アンに手紙を書く。それだけなのにウィルを見返したいと気が焦って手当たり次第に男に手を出していた学院時代とは大違いの穏やかさだった。そんな日々が続き、同じアパートや職場で女友達もでき、仕事の出来る事務員としてあてにされて来た。


 採用してもらった登録所は平民が契約や遺産相続の取り決めをした時に公的に記録を残すための機関だ。記録に残すにはお金もかかるけれど、もし契約を守らない場合お互いに取り決めた違約金が発生する。そしてそれを取り立てるのも登録所の仕事だ。
 登録所の正規の職員は書記官として国の試験に合格した平民が採用される。レイナが採用されたのはその書記官の補助業務をする事務員だ。書記官の試験を受ける前の見習いとして勤めているものも多い。
 登録所は王都に東西南北の四つあり、レイナは昔住んでいた市場から一番遠い西登録所に勤めていた。事務員は転勤は無いが、不正を防止するために書記官は転勤がある。今年転勤してきてレイナの上司になったのはフェリクスと言う妻子持ちの男性だった。
 レイナとしては妻子持ちの書記官は大歓迎だった。独身だとしつこく誘われたりするのだ。その度に涙目で『亡くなった夫を忘れられない』と訴えた。

 一日の勤めが終わり帰ろうとしたらフェリクスに呼び止められた。

「レイナさん 悪いけれど時間ある?」

 妻子持ちの癖に口説くつもりかと用心したが

「うちの妻がレイナさんと話したいって言ってるけどいいかな?」

「奥さん?」

「小さい子がいるから私の家で話したいって言ってるけど」

「奥さんのお名前は?」

「サラ 市場の金物屋の娘だったのだけれど知ってる?」
 
 サラ!サラが結婚したのはフェリクスだったんだ。レイナは心底びっくりした。

「この前忘れ物を届けてくれた時にレイナさんを見かけて昔の知り合いじゃないかって言ってる。ただ名前が違うからその時は赤ん坊を抱いていたこともあって声をかけなかった」

 フェリクスが上司である以上ごまかせないだろう。昔馴染みに出会った時の設定もクラウス様と考えてある。腹を括って会ってみよう。

「多分 奥さんと知り合いだと思います。伺ってもいいですか?」

 フェリクスはほっとしたみたいに顔を緩めた。

「じゃあ 私が赤ん坊見てるから妻と話してくれる?何か謝りたいことがあるそうだから」


 フェリクスと同道して訪ねたサラの家はこじんまりとした一軒家だった。清潔そうでいい匂いが窓から漏れていた。

「ここだよ。小さい家だけど、遠慮せずに入って」

 フェリクスが『帰ったよ』と声をかけると赤ん坊を抱いたサラが出てきた。前見た時より少しふっくらとして、少女の時の少し意地悪そうな表情が消えて幸せそうな雰囲気が出ていた。

「レイチェルよね?」

「昔はね」

 フェリクスがサラの方に手を伸ばして赤ん坊を受け取った。

「立ったままじゃなんだろう。俺がミッチェル見ておくから二人で奥で話しておいで。乳は飲んだんだろう?」

「うん 今飲ませた。寝ると思うからよろしく」

「任せろ」

 そう言って慣れた手つきで赤ん坊を抱いて歩いて行った。



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