転生男爵令嬢のわたくしは、ひきこもり黒豚伯爵様に愛されたい。

みにゃるき しうにゃ

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伯爵様サイド

その4

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 あっという間に婚礼の日はやってきた。

 花嫁姿のメリル嬢の可愛いこと可愛いこと。

 あ、もう結婚したんだから呼び捨てでも良いのか? メリル。俺の花嫁さん。くあーっ。どうしよう。可愛い。

 ああ、だけど冷静にならなくては。浮かれている場合じゃない。どんなに彼女が可愛くても、手は出せないんだから。

 有り難い事に婚礼の儀は、そんなに長いものではなかった。書類の提出と、神の前での誓い。

 前世でいう披露宴みたいなものはなく、普通に夕食は家族ととり、彼女と共に両親に挨拶をする。

 ただまあ、困った事に新婚初夜のしきたりみたいなのはあったりした。

 彼女は彼女でどこかに連れて行かれ、俺は俺で父上の元へ連れて行かれ、初夜とは何ぞやと説かれる。

 それが終わって風呂で磨かれて、部屋の前まで来た時には結構遅い時間になってたんじゃないだろうか。

 それでも俺はまだ良いほうだろう。初夜の心得を説いたのが父上だけだったから。先に結婚した友人の一人など、祖父と父と兄三人からあれこれ聞かされ、部屋にたどり着いた時にはもうすぐ空が白んできそうだったとか。

 いや、俺からしたらそっちのほうが良かったのかもしれない。

 どんなに彼女の事が好きでも、手を出すわけにはいかないんだから。



 ゴクリと息をのみながら、俺は寝室の前に立った。ガチャリと扉を開けてから、執事を下がらせていない事を思い出した。

「ご苦労。下がって良い」

 声をかけ、部屋へと入る。執事が去れば、しばらくはこの部屋には誰も近づかない。新婚初夜だから、皆気を利かせてくれるのだ。

 寝室の鍵を掛け、執事の気配がなくなるのを待ってから、俺はベッドの方を見た。

 ベッドの上にはちょこんと彼女が座ってこちらを見ていた。

 ていうかちょっと待てーっっ。ね、寝間着……薄っ。見え……。

 慌てて彼女に背を向ける。

 いやコレ一緒の空間いるとか無理。

「先日も言った通り、君と子供を作る気はない。悪いがひとりで寝てくれたまえ」

 言い捨てて逃げるように俺は寝室の鍵を開ける。

 ここに来る前までは取り敢えず彼女と少し話をして、彼女にはベッドを、自分は床で寝るつもりだった。子供を作るわけにはいかないけど、せっかく夫婦になったんだから普通に仲良く出来たら嬉しい。最初の内は難しくても、その内にそれなりに仲良くなれるんじゃないかと、そう思ってた。

 けど、考えが甘かった。誰が用意したのか知らないけどっ。気を利かせてくれたつもりなんだろうけどっ。

 あ、あんなスケスケのエロいネグリジェ着てる彼女と同じ部屋にいて何でもない顔してお喋りとか無理だから!

 なのに彼女は俺を引き留めにかかろうとする。

「待って下さい。逆らうつもりはありません。けれど理由をお聞かせ下さいませんか?」

 呼び止めただけじゃなく、俺と一緒にそのままの格好で部屋の外に出て来たのに気づいて、慌てた。こんな格好の彼女を誰かの目に晒すわけにはいかない。一応人払いはしてあるけど、絶対に誰かが通りかからないなんて保証はない。

「なんて格好で外に出ようとしているんだ君は!」

 寝室に押し戻して俺はつい、怒鳴ってしまった。だけど彼女も、キッと俺を睨んでくる。

「わたくしにだって矜持はあります。このまま貴方が寝室を出ていけば、初夜さえすっぽかされた醜女として国中の笑い者になるでしょう。わたくしが抱くに値しない女だとお思いならば、何故妻に迎え入れたのですか」

 言いながら、見る見る間に彼女の瞳は潤み、そしてポロポロと涙を流し始めた。

 え? え? なんで泣いてるんだ?

「貴方が子を作らないと言うのなら、それに従います。ええ。妻は夫に従うものですから、受け入れます。けれど貴方がわたくしの夫ならば、今夜はここにいて下さい。そして理由をお聞かせ下さい」

 うわ。どうしよ。泣いてる顔、可愛い。じゃなくて、守ってあげたい。可愛い。

 思わず俺は、彼女を抱きしめてしまった。

 驚いて小さく「え……?」とつぶやく彼女。

 ちっさい。やわらかい。あったかい。いい匂いがする。

 ああ、守ってあげたい……。

 けど、今彼女を泣かせてるのは、俺なんだよな。

 俺の腕の中で、彼女は驚き身を固くしている。

 このまま抱きしめていたいという気持ちを押し殺して俺はゆっくりと彼女から身体を離した。

「悪かった。確かに今夜私がこの寝室を出て行けば君の名誉に傷がつく。そこに思い至らなかった」

 少しでも気持ちが伝わるようにと誠意を込めて言う。

 すると彼女が潤んだ瞳のまま、頬を紅潮させて俺を見上げた。

 俺はすぐさま顔を背けた。だって頬を赤らめてうるうるの瞳で上目遣いとか、可愛すぎだろっ。しかもすぐ目の前にいる、スケスケのネグリジェを着た彼女を見下ろしてる形だから、大きく開いた胸元からは当然生で胸の谷間は見えるし。さっき抱き着いちゃったから彼女のやわらかさはまだ感触が残ってるし。ていうか、さっき胸当たってたよな、胸。やわらか……わーっっ。考えるな、考えるな俺。それどころじゃないだろ、彼女泣いてんのにっ。

 そんな俺の態度をどう受け取ったのか、メリルの沈んだ声が聞こえてくる。

「申し訳ございません。醜態をお見せいたしました。けれどどうか、今夜はここでお休み下さい。わたくしの顔など見たくもないようでしたら、わたくしは部屋の隅で休みますので」

 そう言って本当に部屋の隅に行こうとする。えええー?

「待ちなさい。少し誤解があるようだ。私は君を醜女だなどと思ってはいない」

 慌てて彼女の腕を掴み、止める。

 彼女の「顔など見たくないのでしょう」発言から、その前に言った「醜女」発言を思い出してそう言ってみた。けど、なんでそんな言葉が出て来たのかが分からない。だって彼女は誰が見たって可愛いし綺麗だし美人だよ? サンローズだってアニメの中で他のキャラから美人だ美人だって言われてた。カラーリングが違っても顔がほぼ一緒のメリルがブスだなんて言われるはずがない。

 けど次の瞬間、何故彼女がそんな事を言ったのかが分かった。

「それでも伯爵様にとってわたくしは、抱きたいと思えない程お好みから外れていらっしゃるのでしょう?」

 は? え。いや。違う違う違うーっ。それ誤解っっ。

 どう誤解を解こうかと考える間もなく、メリルが再びボロボロと泣き始める。

 その泣き顔がまためっちゃ可愛くて、キュンときて、守ってあげたくて。つい俺はまた、彼女を抱きしめてしまう。

「そうではない。そうではないんだ。君が嫌ならそもそも結婚なんてしていない。けれど私は子を作るわけにはいかないんだ」

 ああ、俺どんどん恋に落ちてるよな。目の前のメリルが可愛くて愛しくて仕方がない。

 とにかく彼女に泣き止んで欲しくて……。

 そんな事を考えていたら、不意に彼女が俺の身体に手をまわした。

 え。うおおおおおっっ?

 いや、確かに俺が先に彼女を抱きしめたんだけど、まさかそれに応えてくれるとは思ってなかった。マジかっっ。

 思わず彼女にまわした手に、力が入る。

 うわー。可愛いー。身体やわらかいー。気持ちいー。

 は。いかん。このままじゃ我が欲望がムクムクと……。ダメだダメだダメだダメだっ。

 冷静になれ、俺! とにかく俺が彼女を悲しませてるんだ。なんとかしないと。

「話をしよう」

 ゆっくりと彼女から身体を離し告げると、彼女もコクリと頷いた。

 はう。可愛い。のはいいんだけど、いかん。彼女スケスケネグリジェのまま……。

「まずその前に、何か羽織ってくれないか?」

 顔を背け、頼む。ダメだよ俺。見るんじゃない。ケド、思ってた以上に胸大き…いや、見るな俺。あんなスケスケで下着もつけてないから、綺麗なピンクのち…だから見ちゃダメなんだってば!

 俺の視線に気づいたのか、彼女の顔にポッと朱が灯る。

「分かりましたわ。少しお待ち下さい」

 真っ赤になってパタパタとガウンを取りに行く彼女。かわいい。可愛すぎっ。

 ああでも、俺の視線に気づいたって事は、俺の事スケベなオヤジだって思ったかな。なんせ一回り近く違うもんな。まあ実際俺も男だから、スケベを否定するつもりはないけど。嫌われるのは嫌だな。……うん、嫌だ。

 落ち込みそうになった俺は、しょんぼりベッドの端に腰かけた。



 そうだ。話をしなくては。

 落ち込みそうな自分に言い聞かす。

 子供を作らないと言ったのは、メリルのせいじゃないって事をちゃんと説明しよう。身体の繋がりは持たないが、仲の良い夫婦になりたいって伝えよう。

 ガウンを羽織った彼女は、少し躊躇してから自分もベッドの端に腰を下ろした。離れすぎず、でも触れる事のない距離で。

 俺は覚悟を決めて口を開く。

「今から話す事は君には信じられないかもしれないが」

 俺の話をメリルは真剣に聞いてくれる。

「十歳の時に、頭を打って倒れた事があった。まあ、怪我自体は大したことはなかったんだが、その時に不思議な夢を見てね」

「不思議な夢、ですか……?」

 ほんの少し、首を傾げるメリル。ああ、可愛いなぁ。

「夢の中の私はここではない世界の住人で、物語が好きな青年だった。ある時出会った物語の中に出てくる、ひとりの少女に……その、なんと言ったら良いのかな。その少女の事を、とても気に入ったんだ」

 言ってて、なんだか恥ずかしくなってきた。やましい事は何もないはずなのに、つい口ごもってしまう。

 そんな俺に気づいたのか、メリルがとんでもない事を言い出した。

「それは、夢の中の物語の少女に恋をしたということでしょうか?」

「違う。恋ではない。……近いものはあったかもしれないが、それはない」

 キッパリと否定する。そりゃそうだろ。サンローズは俺の娘だよ? 好きなのは当たり前だけどそれは恋じゃない。

 ちゃんと説明しなけりゃと、一呼吸おいて話し始める。

「その物語は本来女性向けの物語で、平民の女の子の恋物語なんだ。俺が好きだったのは恋敵役の女の子で……あ、好きってそういう意味じゃなく」

 言い方をマズったと慌てて言い直す。するとメリルは何故だかクスリと笑った。

「分かっています。気に入っているという意味の好きなのですね」

「そ、そうだ」

 理解してくれるのは有り難い。

「えーとそれで、主人公の恋敵って事は当然、その子、サンローズは最終的に恋に破れてしまうわけで……。それだけならまだしも、サンローズはその後色々とひどい目にあってしまうんだ。確かに嫉妬に駆られたサンローズは主人公のデイジーマリーに意地悪をしたりしたけど、だからって罪人扱いされるのはあんまりだろう?」

 ぶっちゃけ上手に説明出来てる自信はない。それでもなんとか分かってもらえるようにと話していたら、段々前世の気持ちがぶり返してきて興奮してしまった。

 そうして興奮している俺に、合いの手を入れるようにメリルが呟く。

「デジスト?」

「そう! デジスト。俺あのアニメ大好きで……。って、え?」

 なんだ、メリルも知ってたのかと喜んでから、我に返る。

 驚き彼女を見ると、彼女もまた驚いたように俺を見ていた。そしてゆっくりと、口にする。

「前世の記憶がお有りなのですね?」


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