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本編
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しおりを挟む日曜日、いつもより一時間も早う目が覚めた。学校の日はいくら起こしても起きんほに、遊びに行くときだけは早う起きるんかねっておかあさんにイヤミ言われてしもうたいね。やけど昨日あんなに寝付けんかったそにこんなに早う起きれて、しかも全然眠うないんにはうちもびっくりした。
時間はまだまだ余裕あったけど、ちゃきちゃきご飯食べて念入りに歯を磨いたり顔を洗ったり。そんで服を着替えて髪を整える。けど、なかなか髪型が上手ういかんで何回もやり直した。
それから服に変なゴミやらしわやら付いてないかチェックして、普段は使わんようなきれいなハンカチを用意して。
なんだかんだと色々手間取ったけど、九時半には支度を終えてうちはそわそわとタカキを待った。
ドキドキする。十時って分かっちょるほに、まだ十時になっちょらんそにまだかまだかと時計を眺めたり、もう一度鏡を覗いたり。
気持ちを落ち着けようとテレビをつけたけど、見てもいっちょん頭に入ってこん。まだあと十五分もある。
ああ、そうだ。今のうちにトイレに行っちょこう。タカキは幼なじみで、今まで遊びよっても割と平気で途中トイレに行きよったけど、さすがにデートなほいトイレに行きたいって言えるかどうか。
そんなこんなしちょって、さあそろそろ時間じゃろうと時計を見たけど、まだ十分前。五分しかたっちょらん。けど、もしかしたら早めにくるかもしれんと思って玄関で待つ。
じゃけどなんもない玄関で待っちょると、ますます時間がようたたん。それでもじっと待ってやっと十時になった。
もう時間じゃけぇタカキが来るじゃろうと、外に出て待つ。背伸びしてタカキんちの方を見るけど、まだ姿が見えん。
待ち合わせの時間、間違えちょらんよね?
なんか急に不安になった。ばかみたいじゃけど、全部夢やったんじゃないやろうかって思うてしまう。いんにゃ、そもそも妖精が出てきて魔法かけてくれるなんて、夢やないほうがおかしいやん。
そんな考えが頭の中を回り出す。じゃけえ、道の向こうにタカキの姿が見えた時、ぶちほっとした。
「タカキ」
手を振って、駆け寄る。タカキもうちに気が付いて、小走りになる。
「家で待っちょりゃええほい。あれ、もしかして俺遅れた?」
ちらりと時計を見るタカキ。
「違うよ、うちが待ちきれんかったほ」
うちの言葉にタカキは嬉しそうに笑うたん。
「そっか、じゃあ行こうか」
手を差し出すタカキ。ドキドキしながらその手を取ってうちも歩きだした。
今日は日曜日やけぇ、水族館は混んぢょった。
「迷子になんなよ」
うようよおる人混みん中で冗談っぽく言いながらタカキがつないだ手に力を込める。
「うん」
うちも、その手をぎゅっと握った。毎日学校の行き帰りに手をつなぎよるけどそれはあんまし人のおらん所でやけぇ、こんな風にいっぱい人がおる所で手をつなぐんは初めて。ドキドキが大きゅうなる。
「暗いけぇ、足下気よつけぇ」
タカキが優しく声をかけてくれた。なほに言われようそばからつんのめって、こけそうになってしもうた。
「ほんとお前、おっちょこちょいっちゃのう」
笑いながらタカキがからかう。じゃけど、ちゃんとうちをかぼうて支えてくれもした。おかげで、ぐっとタカキとの距離が近うなる。こまい頃はベッタリくっついちょっても全然平気やったほに、こんな近うタカキがおると思うと心臓がバクバクゆうて顔が上げられん。
「知っちょる人、おらんとええね」
なんか言わんと、と思うて出たんがこれじゃった。もちょっと気の利いた話が出来たらええそに思いつかん。
けど、考えてみたら地元の水族館なんじゃけぇ、誰かと会うかもしれん。そしたらこんな風に手ぇつないぢょれん。
ほんとに知っちょお人がおらんかったらええほにな。
そう心の中で思うた。
タカキもおんなしように思うたんか、握っちょる手にきゅっと力を入れる。
「こんだけ人がおったら誰かおっても分からんじゃろ。薄暗いしの」
少し照れたようにタカキが笑うた。
うん、そうじゃね。うちもタカキの手をぎゅっと握り返して、誰にもジャマされん事を祈った。
居心地のいい雑音の中、うちらは暗い館内をゆっくりとまわった。水槽の中の魚を指さして、あれこれ喋りながら笑う。
手をつないぢょる以外はなんちゅう事もない、友達ん時と変わらん事しよるほい、ただそれだけで嬉しゅうて楽しい。タカキが隣におるだけで、幸せで顔がにやける。
ずっとこのまま、今日が終わらんにゃあええほい。そねぇ思えるくらい幸せじゃった。
まんぼうの水槽の前に来た時、ふとタカキが言った。
「ふみか、これ見たがっちょったのう」
見上げるとタカキは、ちょっと淋しそうな目をしちょった。
たしかに、ふみかは前からまんぼうを見たがちょった。いつか三人で見に来ようねって言いよったんやった。
「うん、そうやね」
もう二度と前みたいに三人で遊べんのかと思うと、うちも淋しゅうなった。けど、タカキがおるけぇ。タカキと恋人同士じゃけぇ、淋しゅうない。二人でいっぱい楽しい思い出作ろう。
そう思いながらうちが頷くと、タカキも淋しそうに笑いながら頷いた。
「いつかまた、三人で来れたらええほいの」
びっくりした。タカキはいつかまた三人で遊べると思うちょるん?
それと同時にその言葉になんかちょっともやっとした。
今日はうちらの初デートで、隣におるんは彼女のうちなそに、なんでただの幼なじみで友達ってだけのふみかと三人で来たいっちゅうん? そりゃあ今までふみかと三人でずっと行動しよったけぇ、淋しいっちゅうんは分かる。けどうちら今、ただ遊びに来ただけやないやん? デートなんよ? 目の前におるんは、今付き合いよるうちなんよ?
そう言いたかったけど、やめた。タカキはふみかをふってしもうた罪悪感があるけぇ思い出すとデートに集中できんそやろう。そんでうちも罪悪感があったけぇ、言えんかった。
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