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しおりを挟む「ーーどうして、そんなことを仰るのですか…?」
悲嘆を感じさせる声に思わず顔を上げると、彼は今にも泣き出しそうな顔をして俺を見下ろしていた。
「……アルアドル、卿、」
「…以前のように、クレブとお呼び下さい、ニース王子」
まるで今まで通りにしてほしいというような言葉に、どうしたらいいか分からず視線を彷徨わせながら俯いた。
俺の、したことは…間違っていない、はずだ。
俺は、彼の為に手放したのだから。彼だって…それを望んでいたはずなのに。
「………………王子。どうかお教え下さい。俺の、何が至らなかったでしょうか」
黙り込む俺に、彼はソファから崩れ落ちるように、床に膝をついた。
そして、恐る恐ると言った風に俺の手を取った。まるで縋るように触れてくるのに拒否できないでいると、彼はゆっくりと口元に引き寄せ、躊躇なくキスをする。
思わず手を引きかけた俺の手を逃さないとばかりに掴み、彼は顔を上げた。
「…例え、それがどんなに難しいことだとしても…貴方が望むなら改善してみせます」
…顔が気に入らないと言えば、迷わず変えるというような力強さで、彼は懇願した。
けれど、彼に変えて欲しいところなど俺にはない。…いや、俺との結婚は彼の為に考え直して欲しいけれど…。
「……アルアドル卿、貴方に至らないところなどありませんよ」
ゆるりと首を振りながらそう言えば、彼は悔しそうに顔を歪めた。
「でしたなら何故ッ……どうして…っ、俺を傍仕えから外されたのですか…!」
「……、…それは、」
言葉に詰まると、彼は唇を噛み締め、俯く。
「騎士になり、功績を上げても、まだ貴方の信頼を取り戻すには足りませんか?」
「……信頼…? 取り戻す、とは…。何の話で、しょうか」
どういう意味か、そもそも貴方は信頼を失ってなどいないのに。
「…とても緩やかに貴方の傍から遠ざけられて、俺は、貴方の信頼を失ってしまったのだと…。……………俺に非があったのなら、直接仰って下さい。もう、あのように遠回しに遠ざけられるのは…」
辛いのです、と掠れた声で言う彼が、まるで俺の傍から離れたくなかったかのように聴こえ、まだ燻る想いが身体の内で膨れたように感じて、自嘲した。
愚かな俺、何を期待しているんだ。
…ほら、早く彼の誤解を解かないと。こんな俺の為に貴重な時間を消費すべきではない、と。
「……貴方が、俺の傍に望んで居たわけではないと、知ったからです」
「!」
驚いたように顔を上げ、目を見開く彼に、まだ掴まれたままだった手をやんわりと振り解き、苦笑した。
「お恥ずかしいですが…あの頃の俺は、自分が世界で一番不幸だと思っていたんです。でも、違った。俺に比べたら、貴方の方がよっぽど不幸だ。俺なんかの傍仕えをやらされて、夢も諦めなくてはいけなくて…」
「…どこで、それを……」
「すみません、城で話しているのを聞いてしまいました」
「………、」
そう言えば、彼の顔から血の気が引く。何年も前のことなのに、思い当たることがあるんだな。
「…王子、あれは…」
「弁明する必要はありません、アルアドル卿。貴方は…否定しなかった。それが全てだと、分かっていますから」
「ッ!」
「俺も無知でした。あんなに傍にいたのに、貴方のこと…何も知らなかった。いてくれるのが当たり前だと思い込んで…貴方にだって俺の傍にいて良い事なんて…何もなかったのに」
有り難さを知りながら、俺はそれを当たり前だと思っていた。いや、こんなに不幸な俺に、彼だけは居てくれて当然だと、そう…たかを括っていたんだ。
「……おう、じ…王子。…違、うんです、あれは……」
「大丈夫ですよ、アルアドル卿。肯定したからって、貴方や貴方の友人を罰したりしないですよ。俺に…そんな権限もありませんし」
「…………ニース王子…」
「だから…考え直して下さい」
そこで言葉を切って彼の手を取り、立つように促す。
領主である彼が、いつまでも地面に座り込んでいるのは良くない。何かあって使用人に見られた場合も然りだ。
逆らうことなく俺と共に立ち上がった彼を見上げ、言葉を続ける。
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