死ねない死者は夜に生きる

霜月透子

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少女は夜に潜む

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 雑木林を抜けると、途端に視界が開けた。すかさず身を伏せる。膝を折っただけで十三歳の少女の小さな体は完全に茂みに覆われた。フリルの多いワンピースの裾をまとめて膝の間に押し込んだ。
 フッフッと短く息を吐き、リズムをとる。呼吸に合わせて上体が揺れる。タイミングを計り一気に飛び出す。次の瞬間には近くに停車している赤い軽自動車の陰にすばやく移動していた。車体に背を預け、はやる心が静まるのを待つ。

 警戒する必要がないのはわかっている。誰も自分のことなど見ていない。生けるものからは見えないし、死せるものは他者のことなど意識の外だ。だがそれでも、自ら感情をコントロールできることを確かめずにはいられなかった。
 大丈夫、理性は働いている。そのことを噛み締めて、ようやく状況確認する気になれた。光の及ばないところからそっと覗き見る。

 ガラス張りの四角い建造物は今夜も煌々と明かりをともしている。二十四時間、三百六十五日、欠かさずだ。
 店内には、若い女二人組と、帰宅途中の会社員らしき男が一人、そして店員が一人いるだけだった。

「獲物は四。とりあえずはこんなものか」

 呟くと、口内に溢れた唾液が糸を引いて垂れた。満月の夜の生理現象だ。

「生理現象だ? まるで生ける者のようじゃないか」

 自分の脳内の声を鼻で嗤う。なおも溢れる唾液を袖で拭った。

 ガラス越しの明かりが駐車場を照らし、店内を窺う群れを浮かび上がらせている。体形こそ人間のものだが、姿勢や動きは明らかに異なる。二足歩行している個体はなく、両手を前足のように地につけていたり、不格好に腰を曲げて両手を垂らし、伸びきることのない膝で体を揺らしていたりする。体の内部からの力ではなく外部の、たとえば見えない巨大な何かの力によって操られる人形のような動きだ。

「死せる者は五体か。今夜は少ないな」

 再び呟く。意識して声にしないと言葉を忘れてしまいそうだった。

 言葉は思考を司る。思考を失えば、あいつらと同じになる。それは避けたかった。いや、論理も理性も失って、本能のまま狩りをするだけになれたら、ずっと楽なのかもしれない。そんなことを考え、胸に手を当てる。そこに鼓動はない。しかし自分の状態に違和感を覚えていた。

 唾液はだらだらと垂れ続けるものの、本来ならあるはずの抑えがたい衝動はいまだに起こっていない。

「おかしい。満月だというのに、今夜の昂りはそれほどでもないな」

 空を見上げて得心した。

「ああ、道理でな」

 空一面に薄雲が広がり、星は見えなかった。満月もおぼろげだ。そのせいで狩りをする死せる者が少ないのかと気づく。本能しか持たない者は月の影響を受けやすい。

 のどかな電子音が鳴る。ガラスドアが開き、光の中から獲物が出てくるところだった。男だ。
 駐車場で待ち構えていた者どもが一斉に飛び掛かった。五つの影が男に食らいつく。首筋に、脇腹に、腕に、尻に、足に。そのままそれぞれの部位を味わっていればよいものを、互いの部位を奪い合い、獣のようなうなり声をあげている。獲物そっちのけで喧嘩を始める個体もある。
 かなりの騒ぎなのだが、襲われている当人はまったく気づいておらず、歩みは止まらない。ただ、体が重そうな足運びだ。しかしまさか自分が食われているとは思いもよらず、疲れだと感じていることだろう。

 男がふらついた。自覚はなくても、食われすぎれば体は反応する。
 獲物の体が傾いだことに驚いて、影が一斉に飛び退いた。その隙を狙ったわけではないはずだが、身軽になった男は疲れた足取りで路地に消えた。

 五つの影は男を追うことなく、新たな獲物に狙いを定める。すぐさま続いて出てきた女二人に飛び掛かった。
 五体が食し始めたのを見届けて、歩道に目をやる。コンビニには立ち寄らず路地に折れようとする女がいた。
 今ならこの獲物を独り占めできる。ほかの者と争ってまで獲物を得る気力はなかった。同じになってなるものか、という思いもあった。

「よし。行くか」
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