青い瞳

影山紫苑

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第9話

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第9話

午前4時。今日は台風が来てから4日目だ。雨は相変わらずやまないまま、どんどん強くなっている。天気予報を確認しようと覗いたスマホの画面には、洪水注意報と、落雷注意報が表示されていた。学校側も、台風による休校の期間を2日程伸ばしている。今回の台風は影響がとても大きいようだ。
窓に雨風が打ち付ける中、理科室に居た私は、1人だけ早い時間に目が覚めた。他の4人は、まだ隣の空き教室で寝ている。

「…あれから2日…、昴と全然話せてないなぁ…。
それもそうか。あんなことしちゃったし。」

昴と喧嘩?をしてから2日がたった。あれから一度も、昴とは言葉を交していない。いつも、私が1人でいるか、昴が1人でいるかのどっちかで、お互いがいる場所に近づくことさえもしなくなってしまった。

「…やっぱり、黙ってるべきだったよね…。」

自分のしてしまった行動に、私は後悔した。
しかし、今更後悔したところで遅いのはわかっている。
憂鬱な気持ちで、私は大きな溜め息を吐いた。
「随分と早いな。」振り返ると、髪が寝癖でいつもより酷いことになっている蒼が立っていた。

「…おはよう蒼。寝癖がいつもより大変なことになってるけど、大丈夫?」

「…あぁ、別に問題ない。」

蒼は私の隣に座りながら、髪をテキトーに整えた。

「どうした?一昨日ぐらいから元気がないように見えるけど…、なんかあったのか?」

「…なんでもないよ。ただ、こうも天気が悪い日が続くと、気分が落ちるだけ。」

「…まぁ、台風きてるからな。しょうがねぇよ。」

私が軽く、「そうだねー」と返事をすると、蒼は私の頬を両手で包み、自分の顔を近づけてきた。

「って、騙される訳ねぇだろ。何があった。」

「…なんでもないったら…」

蒼の手を払おうとしたが、その手は蒼の大きな手に止められ、もう片方の手は、まだ私の頬にあった。
いつもは見せない青の瞳で、私のことをじっと見つめてくる。私は仕方なく、重い口を開いた。

「…蒼はさ、もし自分の親友が男が好きっていったらどうする?あ。もちろん、その親友は男なんだけど、」

「……別にいいんじゃねぇの?」

「その好きな相手が、男の自分だったら?」

蒼は私から手を離すと、その場から立ち上がり、窓の外を眺めた。そして、「そうだな…」と呟いた声は、さっきよりもトーンが落ちている。

「…俺は、そいつの気持ちを受け止める。ただでさえ、世間的にはあまり受け入れられていない恋愛観をもったそいつが、自分を好きになってくれて、気持ちまで伝えてくれたなら、傷つけるなんてことは絶対にしない。まぁ、付き合うとかはできないし、返答によっては相手を傷つけてしまうかもしれねぇけど、そいつを気持ち悪いだなんて非難したりは絶対にしねぇな。」

「……そうだよね。蒼ならそう言うと思ってた…。」

蒼がこういう風に考えてるってことを、昴に伝えることができたらどんなにいいだろうか。けど、昴はそんなこと望んでいない。私にはどうすることもできない。何もしてはいけないのだ。

「で?聞きたいことはそれだけか?」

「…え、あ。うん。ありがと。」

「…じゃあ、俺は寝る。」

「そっか。まぁ、休みだからね。ゆっくりしてな。」

蒼は理科室のカーテンを閉めると、私の方を振り返り、壁にもたれかかりながら床に座った。そして、自分の隣を見つめる。こっちに来い。という意味だろう。私は蒼の隣に座り、壁にもたれかかった。

「皆が来たら、起こしてくれ…」

「…うん。わかった。」

蒼は私の肩に寄りかかると、すぐに寝息をたて始めた。
肩から広がる彼のぬくもりに、昨日の夜にはなかった眠気が急に襲ってくる。そのまま目を閉じ、私は眠りについた。

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「…み、優美…」

遠くの方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、私は目を開いた。
しかし、周りは霧がかかったように真っ白で、何も見えない。

「…優美、」

声はしきりに私を呼んでいる。立ち上がって足を踏み出すと、周りにある霧がはけて、一本の通り道ができた。道の向こうに、誰かが立っている。

「…優美、」

私はその声に引き寄せられるように、前へと進んだ。
しかし、その声の主の元へ進めば進むほど、道のりが遠くなる。私の足はとうとう走り出した。

「…誰、誰なの⁉」

「…優美、…」

「あなたは誰…⁉」

何を聞いても、声は私の名前しか呼ばない。
どんどん遠ざかる相手を追いかけ、私は必死に足を動かした。
しかし突然、遠くまで続いてた道は消えてしまい、思わず足を止めると、すぐさま周りには霧がかかり始めた。

「…優美…、」

「ねぇ、あなたは一体誰なの⁉」

「…ごめんな…優美…ごめん」

その言葉で、私はハッとした。この声にとても聞き覚えがある。この声は、、

「蒼!!」

そう彼の名前を呼んだ瞬間、辺りは突然暗闇に包まれた。
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「…夢か、」

目が覚め周りを見渡すと、そこは白い霧がかかった場所でも、真っ暗闇でもなく、理科室だった。
まだずっと雨が降っている音と、風の音が響く中、
蒼はまだ隣で眠りについているだろう。と思い隣を見たが、
そこには誰もいなかった。
トイレにでも行ったのかと思いながら、理科室を出ると、
廊下でざわざわしている昴達を見つけた。

「…おはよう。3人とも、どうかした?」

「…優美…!起きたの…?」

涼花が何やら気まずそうな顔で、私を見つめる。
昴も雪斗も涼花と同じような顔をしながら、
私の方へと歩いてきた。
何やら深刻そうな雰囲気を感じた私は、
「…何?」と小さな声で呟いた。

「…蒼、どこにいるか分かるか?」

「…さっきまで私と寝てたけど、どうして?」

「寝たのは何時頃だ?」

「4時位…かな。俺は寝る。って言って寝た蒼の隣で、私も眠っちゃったんだけど…。」

私の言葉に、3人はますます暗い顔になった。
なんだか胸の奥がざわついて来るのを感じながら、
私はわざと明るく切り出した。

「え、何。どうしたの?なんかあったの?
そんなに心配しなくても、蒼ならトイレかどこかに…」

「どこにも…、いねぇんだよ。」

私の言葉に、昴が小さく返す。すると、雪斗が自分のスマホの画面を私に向けてきたので、よく見てみると、蒼とのLINE画面がうつっていて、そこには、「行ってくる。付いてくるなよ。」とだけ書かれた蒼のメッセージが表示されていた。その後昴がどれだけLINEを送っても、既読が付いていない。

「…どういうこと…?行ってくるって、どこに…?」

自分の体が冷たくなっていくのがわかる気がした。
私の様子を見て、3人も暗い顔を浮かべたままだったが、
雪斗がついに口を開いた。

「…たぶん、あいつらの所だと思う。」

「…1人で行ったってこと…?」

「…たぶん。」

「…どこに?あいつらの所って、一体どこなの!?」

私が声を荒らげると、涼花が落ち着かせようと私の手を握ったが、そんなことで落ち着いていられる訳もない。
私はそのまま雪斗を問い詰めた。

「ねぇ、何か知ってるの?」

「…いや、」

「本当に?何も心当たりがないの?」

「…わからないんだ。ただ、行ってくるとしか送られてきていないし、、ただ、行くとしたらあいつらの所しか考えられない。でも…、あいつら、学校も年齢もバラバラだから、詳しいことは知らないし、いつもどこに集まるのかはわからない…」

「誰も蒼が出ていく所を見てないの…!?」

私の言葉に、3人が頷く。頭の中で現状を整理しようとするが、動揺していて何を考えても集中が出来ない。
それほど気持ちが焦っていた。それは3人も同じだろう。

「…どうしよう。どうすればいいの…。」

「とりあえず、心当たりがある所から回っていくしかないだろう。蒼がいつも喧嘩してる公園から回ってみよう。
まぁ、雨だから屋外の可能性は低いとおもうけど…」

雪斗の提案に全員が賛成する。そして、全員がジャージ姿で傘を持ち、昇降口に向かおうとしたその時だった。私のスマホに着信が入り、慌てて見ると、蒼からの着信だった。私はすぐに通話ボタンを押し、電話に出た。

「もしもし蒼!?今どこ!?」

「…おぉ、やっぱりあんたか。」

電話の相手は蒼ではないが、聞いたことのある声だった。
こないだの喧嘩のとき、私が突き飛ばした男だろう。
バットを持っていた大柄な男だった為、よく覚えている。
しかし、その男が蒼のスマホから電話をかけているのだとしたら、今の蒼の状況は嫌でも把握ができた。

「…あんた、一体どういうつもり…」

「どういうつもりも何も、あんたにこっちまで来てほしいだけだよ。愛しの彼氏様をお迎えに…、な。」

「…蒼は、蒼はいまどこ…!」

「…どこって、そりゃあ。決まってるだろう?
俺の足元に…、、転がってるよ。」

相手の言葉に、私は怒りよりも寒気を感じた。
向こうの情景が、頭に浮かんでさえもいた。

「別に痛いことはしねぇよ。あんたにはな。
いつも一緒にいるお友達も連れてきてかまわねぇぜ?
早くしないと、お前の彼氏がどんどん痛い目みることになるから、すぐにでも迎えに来るんだな。」

「…本当に、蒼はそこにいるんでしょうね。」

「いるぜ?なんなら、、声を聞かせようか?
聞きてぇなら、スピーカーをオンにしろ。今すぐにだ。」

私は一旦スマホを耳元から離し、スピーカーをオンにした。
しばらく待っていると、「ちゃんと、オンにしたか?」という男の声が聞こえた為、「したわ。」と答えると、途切れながらも、荒い息遣いが聞こえ始めた。

「…まさか、蒼…か?」

昴が小さな声で呟く。私は、その言葉に小さく頷いた。
そしてそれをみた涼花が口を手で覆うようにして、
小刻みに震え始めた。雪斗が涼花の肩を抱きながら、じっと私のスマホを見つめている。

「…蒼…?そこにいるの?」

「来るな…、これは罠だ、…ッ来たら、やられる…、」

「やられるってどういうこと!?どこにいるの!?」

「来なくていい…、ダメだ…、来るな…、」

蒼の消え入りそうな声が画面の向こう側から聞こえる。
私の手は段々と震え始め、まともにスマホを持っていられなくなりそうだったが、なんとか両手で包み込み、震える声で彼に声をかけた。

「蒼…!どこにいるの!?」

「あいつらは、お前達が来るのを狙ってる…、
だから、来たらダメだ…、絶対に…」

「おぉい!余計なこと言ってんじゃねぇぞ!」

大声の後、鈍い音がしたと同時に、蒼のうめき声が聞こえた。「蒼!」と呼んでも、彼の返事はない。代わりに出てきたのは、先程の男だ。

「おい。今更来ねぇなんてことはねぇだろうな?
…来なくても構わねぇが、その場合…こいつがどうなるかわかるよな?」

「この卑怯者…!」

「おっと、言葉には気をつけろよ?こいつがどうなっても知らねぇぜ?」

男がそう言った後、また鈍い音が向こう側から聞こえると同時に、蒼のうめき声が響く。その声に思わず耳を塞ぎたくなったが、私は自分を落ち着かせるために深く息を吐いた。そして、画面の向こう側にいる男に話しかける。

「…どこにいるの?」

「…流石だ。あんたは賢い…、賢明な判断だな。」

男は不気味に笑った後、「蓮沼高校だ。お前達の学校からそう遠くはない。5時半までに来い。」とだけ言うと、電話を切った。

「…蓮沼高校…。あの不良だらけの学校のことだね。」

「そこに俺等だけで乗り込むってのか?」

「ダメや!危険すぎる。警察呼ぼ!」

「…警察を呼んだところで、あいつらに気づかれたら蒼が危ないわ。次は何をされるかなんてわからないもの。」

私はスマホをジャージのポケットにしまい、昇降口を出た。

「ほんまに行くんか!?」

すぐ後ろから涼花に呼び止められ、私は「もちろん。」と返した。後ろを振り返ると、3人がとても心配そうな顔で私を見つめている。私はそんな3人に笑いかけ、「さっきね。夢を見たの。」と言った。急な話題に、3人は付いて行けてないようだったが、私はそのまま続けた。

「とても聞き覚えのある声に、ずっと名前を呼ばれる夢。
それで、「優美、ごめん。」って言われて、ふと思ったのよ。あぁ、この声は蒼の声なんだ。蒼が私を呼んでるんだ。って。まぁ、すぐに覚めちゃったけど、、でも間違いない。
蒼は確かに私を呼んでた。だから行くの。例え、現実世界の蒼が私を呼んでいないとしても、夢の中の蒼は私を呼んだから。」

私の言葉に、3人の暗い顔はいつしか、何か決意を固めたような顔をしていた。そして、後ろから3人が駆け寄ってきたので、
私は再び前を向いた。

今は5時ちょうど。男に指示されたタイムリミットまではあと30分。ここ最近の中では1番弱まったであろう雨風の中を、私達は進み始めた。




第9話 終



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