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監禁前夜

一話・思い出の中にあるモノ②

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 反響する雨音と誰かの酷く乱れた息遣いが聞こえる。
 それが己自身の小さな喘ぎであることに後から気が付いた。閉ざした瞼の向こうから光が差し込んでいるようで視界は白み眩い。それから、遅れるようにして感覚情報が皮膚から伝わってくる。肌をすべり落ちていく温かく柔らかなお湯と纏わりつく湿気、どうやら聞こえていたのは雨ではなくシャワーのようだ。それとは別に、何か暖かいものが体に触れていて……――

「ひぁ、あぁぁっ、……え、あ?」

 突如秘した蕾の内部でぐちゅぐちゅ何かが蠢き、驚きが混ざった喘ぎが漏れた。甘く鋭い電流が体を突き抜け、反射的にぱちりと目は見開かれる。世界とアイネを断じていた幕は持ちあがり、瞳のレンズは現状を正確に映し出した。
 見えたものは黒と銀でシックに統一された浴室。覚えのない黒いタイル張りはピカピカと輝き、高級感漂う暖色の照明は暖かに世界を照らしている。目の前の壁に鎮座している鏡は磨き上げられ、そこには赤茶色の頭をした綺麗な相貌の青年が映っていた。アイネだ。それから、さらに視線を動かすと右側に浴槽が見えた。ボコボコとお湯が波打つ広い湯舟からは仄かに花のような香りが漂っている。

 どれもこれもアイネにはてんで覚えのない光景だった。
 だが、確かなことが一つだけある。『此処から逃げなければ』。
 なぜかそう思った。

「……ぅん、ん、ぁあ、……な、に…?」
「あ、起きちゃった? おはよう、アイネ」
「……メア……ぅあっ」

 内部を数度掻きまわしてから、ちゅぽ、と濡れた音を立てて秘部から太い指が2本抜けた。彼の指には白い何かが絡みついており、アイネの現状理解を促進させる。理解したくない、けれど確かめない訳にも行かない。恐る恐る、ゆっくりと、視線を下ろし、下腹部を見た。
 見下ろした視界に映ったモノ。後ろからアイネを抱きしめる誰かの腕、誰かの足の上に乗せられた自身の右足、濡れた陰毛、緩く反応を兆したアイネのもの。誰かと風呂に入っている。いや、そんなことはどうでもいい。分かりきっていることだ。問題なのは……恐ろしいのは……

「……あ、あぁ……」
「ん? あぁ。俺の精子が勿体ない? 大丈夫、何度だって注いであげる。でも、今はもう寝る時間だからさ。お腹に出したまま寝ちゃって後が大変になっても困るし。……中出ししたまま眠っても大丈夫か、ちゃんと確認しておくからね」

 夢の中とは大違いに成長したメアの手のひらが、愛おしそうにアイネの腹を撫でた。優しい手つきは変わらないのに、優しい声は変わらないのに、それが今はとても恐ろしい。
 メアを振り返ることも出来ず、アイネは現実逃避に視線を彷徨わせ続ける。自身の胸元、腹、下腹部、内股、腕、ふくらはぎ……至る所に華が散っている。鮮やかな赤は「俺のものだ」と強く主張し、アイネに『逃がさないぞ』と囁き現実を拒むことすらも赦さない。内股から秘部へ肌を辿っていけば、メアの指に掻き出された白い液体がどろりとシャワーの水流に乗って排水溝へと消えていく様が見てとれた。

 嗚呼、もはや疑う余地もない。事後だ。
 やはり、アレはただの夢では無いのだ。
 夢の中で見たモノも、現実として覚えている記憶モノも。

 くらりと世界が眩んで、胃が震える。吐き出そうになったものを抑え込んで自身を抱きしめた。こちらの不調なぞ露知らず、メアは跳ねる声音を押さえることなく嬉しそうに言葉を紡ぐ。
 「子どもが出来たら何をしたい?」「そもそもの話だけど、アイネは男の子と女の子どっちが欲しい?」「孕んでお腹がぽっこりしたアイネはきっとすごく綺麗なんだろうなぁ」。
 うっそりと笑む顔が怖くて怖くて仕方がない。なんで? どうして? 子どものような問答ばかりが木霊する。

 ようやく合点がいった。
 幼い頃の夢を見たのはメアと会ったからだ。
 情交の夢を見たのはメアに体を暴かれたからだ。
 あるいは、この洗浄によって性的興奮が呼び起されたのかもしれない。

「メア、おまえ……」

 震えた声でかつての愛しい人の名を呼ぶ。

「うん、なぁに? アイネ」

 無邪気な笑顔と甘えた声音はそのままに、初恋の人の顔をした悪魔は微笑んだ。
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