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風俗嬢 矢田有紗
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新潟からの新幹線内で、平成はパソコンを広げ打ち合わせの設計図を再確認していた。
最近は老眼が進んだのか、近くが見えにくくなった。ルーペをかけてデータと仕様を整理していた。
長岡駅に止まると、空いていた横の席に女性が乱雑に座ってきた。
茶髪の女性で、三十手前ぐらいだろうか。
スマホを取り出し何か操作している。
気にせず、パソコンをいじり出す。
関越トンネルに入り、電波が途切れたのか女性はスマホをカバンに終い、平成のパソコンを横目にチラッと眺めた。
平成は大体の整理が終わったので、お気に入りの音楽動画を見始める。
イヤフォンで聞きながら目を瞑ると、腕を叩かれた。
見ると女性が何か言っていた。
「えっ?」
「これ…キライ」
「えっ?なんで…君に言われなきゃならない?」
「消して!」
思わぬ言葉に理解が追いつかなかった。
「じゃあ見なきゃいいでしょ?」
「イヤなの!」
いきなり女性はパソコンを閉じた。
「オイ!」
そのまま、立ち上がり女性は後ろの車両に去っていった。
(なんだ?)
東京駅に着いて、そのまま東海道新幹線に乗り換え、静岡市に向かった。
夜に講演が入ってたからだ。
車両に乗り込んで、またパソコンを取り出すと、見覚えのあるカバンが目に入った。
あの女性だ。
見上げると、その女性と目があった。
目を細めて睨むように過ぎていった。
(ここも一緒かよ…)
例の音楽動画を聞きながら、講演のパワポを少し手直する。
一応、辺りを見渡しても彼女は居なかった。
到着五分前にパソコンを閉じて、降りる用意をした。昼過ぎで腹が鳴った。
(何か食うか…)
チェックインまでには時間が少しある。
駅前のファミレスに入り、ステーキ定食を頼んだ。客入りはまぁまぁという感じだ。
「ふざけないでよ!」
携帯をポチポチ弄ってる時に後ろから怒鳴り声がして、思わず携帯を落としそうになった。
振り向くと、あの彼女がいた。
(げっ!)
周りの客も見ていた。
その彼女は構わず、向かい合う男に怒鳴っていた。
「話が違うじゃないですか!」
「声が大きいよ…」
男は宥めようと小声で制した。
「ここまで自費で来てんのよ!」
かなりヒステリックな声が響く。
「仕方ないだろう…」
「なんなのよ、その客は!」
「キャンセルはよくある話だ、まぁ新幹線代は出すからさ」
「当たり前よ!全く…」
ブツブツと文句垂れながら、男の出す金をむしり取った。
平成は定食を始末しながら、早々にホテルに向かうことにした。
少し早いがチェックイン出来るだろう。
フロントに名前を告げる。
宿泊カードを書くときは、出されたボールペンではなく、愛用の万年筆を使う。
平成は私服類は無頓着だが、ビジネス用のスーツ、カバン、小物類には拘った。
この万年筆もその一つである。
ファーバーカステルの特注品だ。
木製ボディを細めに作ったものだ。
海外では、これを出すだけでフロントの対応が変わることがある。
その時、横から声が飛んできた。
「それ、ファーバーカステル?」
「えっ?」
横を見ると、あの女性がいた。
(げっ!)
ここまで会うとは…
「あっ、あんた…」
「キミは…」
「ここのホテルなの?」
「まぁね…」
「ふぅーん…それ…」
万年筆を指して顔を寄せてきた。
「ファーバーカステルだよね?」
「よく知ってるね」
「おじいちゃんが持ってるのと似てた!」
「万年筆コレクターなの?」
女性はカバンをガサガサ探りながら、万年筆を取り出した。
「これ!」
似つかわしくないが、確かにファーバーカステルの万年筆だ。
「おじいちゃんがくれたものなの…」
「そうか…良いものだから大切にするといい」
「万年筆ってモンブランとかオノトが多いから、初めて持ってる人見た」
「ほう、よく知ってるね」
「うん、おじいちゃんが話してくれたの」
チェックインを済ませて、エレベーターに向かうと後ろから着いてきた。
「君も泊まるのか?」
「まぁね、予定が無くなったから…帰ってもいいんだけど、つまんないから少しの贅沢!」
話してみると、それほど悪い子ではなさそうだ。
「おじさんは仕事?」
「講演でね」
「偉い人?」
「まさか。頼まれ仕事だ」
「どんなの?」
「独立の仕方と心がけってとこかな」
「へぇー…あのさ、それアタシ聞いてもいいかな?」
「ん?君にはアクビが出る内容だぞ」
「そうでもないかな。面白そう」
「会費いるぞ」
「いくら?」
「一人三千円だ」
「うん、大丈夫」
「なら、六時にフロント前で待っててくれ。待ち合わせしよう」
「うん」
微笑んだ顔が印象に残った。
講演は六時半スタートで、約二時間ほど話す。
終わると関係者との挨拶が始まる。
九時には開放される。
ホテルのレストランで腹を満たそうと向かう。
後ろから肩を叩かれた。
「聞いたよ」
「そうか…つまらんかったろ」
「ううん、面白かった…ね、ご飯奢って!」
「あん?」
「腹ペコなの」
平成は人懐こい感じに負けて、連れて行くことにした。
テーブルに向かい合う。
「何か飲むか?」
「何があるの?」
「何でもあるよ、ワインは?」
「うん、任せる」
平成は軽めのワインを頼んだ。
「そうだ、ゴメンナサイ」
頭を下げられた。
「なんだっけ?」
「新幹線で音楽キライってパソコン閉じたでしょ?」
「あ~驚いたよ」
「あの曲…振られた元カレが好きでさ…」
「なんで別れた?」
「浮気…」
「あらま…そりゃ頭くるな」
「あっ、アタシ、有紗…矢田有紗」
「目黒平成だ」
「どう書くの?」
「年号の平成だ…」
「珍しいね」
「まぁね、それで浮気ってなんで?」
「ダメ男でさ、アタシの稼いだ金で暮らしてるくせに、同業のオンナと家でエッチしてたの」
「同業?」
「うん、デリヘルやってんの」
なんとなくそんな気がした。
「デリヘルか…新潟にはどうして?」
「最近は都内で稼げないと地方に行くのね。新潟は新幹線で近いし、うまく行けば一週間で二十万以上は稼げるの…」
「そうなのか」
「目黒さんは使わないの?」
「もう、そういうのは興味ないかな…」
「性欲無くなったとか?」
「いや、それはまだあるけどガツガツするほどの若さと体力が無い…悲しいけどな」
「へぇ~」
「でも、デリヘルも大変だろ?」
「まぁね、ウチは貧乏で学歴も無いから身体で稼ぐしかなくて…」
「やっぱり将来は結婚か?」
「まぁ、それもあるけどさ…デリヘル嬢のオンナなんかイヤでしょ」
「あけすけに言える仕事ではないな」
「先の事考えても分かんなくて、だから目黒さんの話聞いてみたかった」
「参考にならないだろ?」
「でも、自分のやりたい事とユーザーのニーズが合えば、そこに希望があるってのは分かった」
平成は意外に思った。
そこは一番に伝えたいことだったからだ。
どうやら感性は悪くないようだ。
それに悪いことは謝る姿勢もある。
基本は分かってる。
「デリヘルって長くは出来ないよな」
「まぁね、どんどん若い子出てくるしね」
「キミはいくつだ?」
「二十五歳」
「まだ若いだろ?」
「この世界じゃババァだよ、若いってのは二十歳前後を言うの…」
「そうか…」
「AVも話はあったけど、そこまではね…」
「親バレしたら大変だもな」
「親はいいのよ、どうせろくでなしだから」
「毒親って奴か?」
コクンと頷いた。
「何か始めたい仕事あるのか?」
「分かんない、でも今さら会社勤めも出来ないし、バカだから何にも出来ない…」
こういうのが一番多い。
だが平成は、有紗に興味を覚えた。
感性を持っている。
「探してみるか?」
「えっ?」
「君のやりたい事探しだよ」
「なんで?」
「少し込み入った話になる、オレの部屋に来るか?」
有紗は警戒した。
「そんなに警戒しなくていい、襲うなんてことはしないよ」
「そういうヤツは沢山いたけど、みんな結局のところ身体目当てだった!」
「そうだろうな、だがオレの身分はバレてるし襲われたら訴えればいい。カネも取れるぞ」
有紗は考え出した。
「込み入った話って?」
少し食い付いたようだ。
「まず、独立するなら何をしたいか?というところから始まる。絶対に思ってはいけないことは欲を出すこと、大抵は失敗する。そこが落とし穴なんだ。次にやりたい事の経験値と知識を探る、これは足りないモノとあるモノを整理する意味でね。ユーザーは一般大衆なのか、それとも限定されたユーザーか?それも見極める。そんな話だ」
平成の言葉に感じたのか有紗は同意した。
「うわ!広い部屋…金持ち?」
「これは依頼者の用意した部屋だ」
平成はルームサービスで、酒とツマミを頼んだ。
そこから話が始まった。
「さっきの話だけどな」
「うん…」
「まず、何がやりたいかは分からないんだな?」
「うん」
「ならば、風俗嬢としての知識と経験が武器なんだな」
「まぁ、そうかな」
「業界内で人脈あるか?」
「そんなの無いよ」
「だろうな…少し聞かせてくれ」
「なに?」
「女の身体を売る仕事は、いくつかに別れるよな…デリヘル、ソープ、AV、広く言えばガールズバーとか怪しいマッサージとか、その中で一番ハードなのは?」
「やっぱりAVでしょ」
「顔バレするしな」
「それに本番やるからね」
「本番したことは?」
「アタシは無いよ、それだけはダメって言ってる。やる子もいるけどね」
「そういえば、前にAV見た時に思ったことがある」
「なに?」
「スタジオやホテルでするのは分かるが、バスとか電車とかでするのもあるよね?あれ本物っぽいけどどうやってるの?」
「あ~、バスは専用を借りてる。客はエキストラだよ、電車は大量のエキストラを雇って本物の車内でするんだよ。最近は痴漢モノのイメプレ店のセットとかも使うみたい」
「なるほどね、病院とかも?」
「潰れた病院の一部を改装したり、同じ建物で図書館風にして使うのもあるよ」
「ほぉ…それで本物っぽく見えるのか…」
「なんでなの?」
「そういうのってたくさんの業者がいるのか?」
「詳しくは知らないけど」
「そうか」
「なんなの?」
「いや、君の身体が限界なら広い意味で風俗業界で生きてくのもアリかな、と思ってさ」
「バスとかが?」
「いわゆるレーベルってヤツ?たくさん制作会社はいるでしょ?それにAVは毎日何かしらが出てるし、手配するのも大変なのかと」
「確かに…」
「そういう会社を運営するってのは?」
「エェッ?アタシが?」
「そ、それだけじゃない、AV嬢へのケアもしてあげるんだ」
「ケア?」
「これは想像だけど、いくら金が貰えて演技とはいえ、本物のセックスをする訳だから、それなりの覚悟もいる。本番でしりごむ子も居るんじゃないか?」
「ああッ…それは聞いたことある…」
「スタッフに女性が居ると安心もあるだろう、例えばバスの運転手をキミがするとか…」
「考えたこともないな…でも、面白そう」
「貯金はあるか?」
「三百万ぐらいなら…」
「うん、中古のバスなら買えるし、運転手は日雇いでも雇うか、キミが免許を取るか、でもいいだろう」
「そんなの出来るかな」
「いいか、これは覚えておくんだ。どんな業界でも仕事でも人の信用は絶対に必要だし、救ってくれるものなんだ。キチンと誠実に対応すれば常連は出来るものだ」
「うん…ねぇ…」
「なんだ?」
「どーしてそんなに真剣に考えてくれるの?」
「見返り無いと不安か?」
「大抵は愛人とか身体とか求めるものでしょ?」
「そりゃそーだな…オレはそんなの要らないんだよ。先の人生に必要な金はなんとかなったしな…後は欲に縛られない仕事が楽しいのさ」
「金持ちなんだ…奥さんは?」
「五年前に亡くなった…今はフリーだ」
「彼女とかは?」
「居ないよ、仮に君と寝たとしても咎められることはない」
「そうなんだ…」
「やってみないか?」
「さっきの話?」
「そう、ダメ元でチャレンジしてみないか?」
有紗は考え込んだ。
言いたいことは分かるが、平成が何の見返りも無しに言う事が不思議だった。
かと言って、狙われてる気もしない。
たぶん、このまま襲いはしない。
それだけはなんとなく感づいていた。
「少し時間くれないかな、まだ分かんなくて」
「そりゃそうだ、じゃあ決心したら連絡くれ」
平成は名刺を渡した。
有紗は、まだ見返りも言わない平成を不思議に感じていた。
「成功したら、何すればいい?」
「ん?別に…君が潤うだけだろ」
「目黒さんに何も無いじゃん!」
「言ったろ、見返りなんて要らないんだよ」
「意味分かんない」
「そりゃ分からんだろ。たださ、業界シロートのオレの考えが成功したら面白いだろ?それで満足なんだよ」
「そんなもん?」
「あぁっ…それに愛のないセックスはしないことにしてるんでな…」
「へぇー、そ~なんだ」
有紗にとって、平成は初めてのタイプだった。
男なんて口だけで、スキあらば抱こうとしてくる。山ほどの男を相手にしてきたが、身体とか愛人とか、ウンザリするほど言われてきた。
「ねッ、うまくいくかな?」
「それは君次第だ。やりたいなら本気で考えろ。これから先の事も含めてな…それと…」
「なに?」
「君は、男に依存する傾向にあるだろ。それを断ち切れ」
図星を突かれて、有紗は無言になった。
「男に依存するのは、自分に何も無いと思い込んでいる。自信が無いんだよ」
「だって…他の生き方をしらないもん」
「だから、教えてあげたろ?やってダメなら諦めもつく。だが、何もしないで決め付けるのは愚か者だ」
平成は続けた。
「いいか、これからの時代は寄り添うだけではダメなんだよ。男も女も自分で生きる力は身に着けなきゃならない。風俗嬢がダメと言うなら、それを打ち破る気持ちが大事なんだよ」
「どうすれば?」
「まず、一週間は仕事を休めるか?」
「キツいけど…なんとか…」
「ならば、その間は頭を空っぽにするんだ、デリヘルの事は一切考えるな。本気で未来を考えろ」
平成はポケットから財布を出し、万札を七枚を抜き取り、有紗の前に差し出した。
「えっ?なに、これ…」
「休業保証だ」
「なんで?」
「これで金の面はなんとかなるか?」
「まぁ…」
「この金はあげるのではなく、貸すんだ」
「貰ってバイバイするかもよ」
「確かにな…だが、バイバイしたらそこで終わりだ。未来の可能性を、お前は七万円で捨てたんだ」
「捨てる…」
「テーブルの前に置いて、じっくり見て考えろ」
「なんでこんなこと…」
「これは試練だ、目先の金に眩むか、先を見据えて一歩踏み出すか、変えたいなら答えはすぐに出る。自分で試してみろ」
有紗は差し出された万札を手に取った。
「分かった…やってみる…」
有紗は携帯を出して、番号とメアドを渡してきた。
「店や客はSNSだけど、プライベートはこっちにしてるんだ」
「分かった。じゃあ、来週の今日に名刺の住所に来るんだ」
「行かなかったら?」
「そこで終わりだ」
一週間後。
平成は事務所で領収証の整理をしていた。
朝からの雨続きで気分も滅入る。
夜七時前にインターフォンが鳴った。
「はい」
「アタシ、有紗です」
ロックを外すと、リクルートスーツ姿の有紗がそこに居た。
髪も黒に変わっていた。
「驚いたよ」
「ヘヘッ、どうかな。安物だけど…」
「うん、似合ってる」
ネイルも派手な化粧も落としていた。
ソファーでコーヒーを勧めた。
一口飲むとため息をついた。
「どんな一週間だった?」
「…今までで一番考えた…」
カバンから封筒を出して平成に渡す。
中には七万円がそのまま入ってる。
「なんでバイバイしなかった?」
「うん、渡されたとき、凄く重かった」
「札がか?」
「そう、客から貰う金と違った。なんでか分かんない…でも、これは無駄にしちゃイケないって思った。それから本気で考えた。未来の可能性ってヤツを本気でやりたいと思った」
「ほぉ、それでリクルートスーツか?」
「これは私なりに思った決意ってやつかな」
「決意?」
「うん、やるなら今の自分を捨てようと思った、でも何していいか分かんなくて…考えて見た目を変えることにした…変かな?
「いや、発想がいいぞ」
「そう?」
有紗の顔が明るくなった。
「たぶん、来ると思ってた」
「ハハッ、どーして?」
「君には基本的なものが備わってるからだ」
「基本的なもの?」
「まず、謝ったろ?あれはとても大切なものだ。悪いことは必ず謝ること。それが出来ないと足元からすくわれる」
「そんなもの?」
「どんな商売でも、どんな規模でもミスは必ずある。その時に謝ること事が出来ると、出来ないとでは天と地ほどの差がある。それから万年筆だ…」
「あれが?」
「お爺さんからのプレゼントを大事にする…これは人の想いを受け止める心があるからだ」
「だって形見だもん」
「そう、あの万年筆は売れば小遣いにはなる品物だ。たぶんコレクターなら二十万は出すだろう…」
「そんなにするの?」
「あぁっ…どうだ?売りたいか?」
有紗は首を横に振った。
「だって…おじいちゃん好きだったから…売れないよ」
「うん、いいか?規模なんて関係無いんだよ。商売は人がやるもんだ。人との絆は信用から生まれる。人を信用するには誠実さがいる、誠実さを出すには人の想いを受け止めて、悪いときは謝ること…だからなんだよ」
「うん、良くわかるよ」
「いいぞ、見込んだ通りだ」
「よし、ならばこれを見てくれ!」
平成は纏めたデータ表を見せた。
「俺なりに纏めたんだが、AVビデオは毎日百本以上が新しく作られている。年間にすると三万五千本になる」
「そんなにあるの?」
「まぁ、ビデオと言ってもネット配信とか裏モノまで含んでるけどな」
「はぁ~そんなにあるんだ…」
「しかも毎年、二千人ぐらいの子がデビューしてるらしい」
「へぇー」
「その中で痴漢モノAVは、三分の一ぐらいみたいだ」
「一万本てこと?」
「うん、だが最近は低迷していてコストを如何に抑えるか、がどこも当たり前だ」
「じゃあダメなの?」
「いや、そうとは言えない、必ず隙間はあるものだ。他には無いサービスや特典を付ける」
「分かんないよ、サービスなんてさ。他にやる奴出てきたら対抗出来ないよ」
平成は考えた。
たしかに有紗の言う通りだ。
ライバルが出たら競争に巻き込まれる。
価格競争になるだろう。
「まだ、練らなきゃならないな…」
平成は真剣に考えた。
スッと缶コーヒーが目の前に出て来た。
「少し休憩しよ?」
「あぁっ…そうだな」
時に気分転換は必要だ。
「ねぇ、目黒さんて堅苦しい…なんて呼べばいいかな?」
「ん?あぁっ…みんなはヘイさん、て呼ぶな」
「OK、ヘイさんてさ、何で見下さないの?」
「どういう質問だよ?」
「だって風俗嬢なんて、男ならみんな見下すよ。そんな雰囲気まるで無いよね」
「オレは職業で見下すことはしないからな。人を見るようにしてる」
「へぇー…だから話しやすいのか…」
「しかし、AVってこんなにたくさん出して儲かるのかな…」
「どうかな…それだけ男が求めてるって事なんでしょ?女向けの風俗なんて無いのが、時々不公平だなって思うよ」
「女性向けって…あったら使うか?」
「ううん、あっても使わないかな。でも、女だって性欲はあるんだよ。それなのに男と同じことしたら、ヤリマンだのビッチだの言われて居られなくなるから頭くるのはあるかな」
平成の脳内にピンと来た。
「なぁ…AVって女性向けあるのかな?」
「あるよ、少ないけどね」
「何が違うんだ?」
「簡単に言えば、男のAVはヤルのがメインなの。女をやりまくってぶつける感じ。でも、あれ見ても女はあんまり興奮しないんだよね」
「なんでだ?」
「女はヤル前が大事なの。雰囲気とかに酔う感じかな。例えば悪い男だけど色気があれば、そっちの方が濡れちゃうの」
「そんなものか」
「男はさ、現実と風俗の違いが分かってるの。客でも聞くけど顔射好きでも、奥さんには出来ない…だから風俗嬢使うとか。でも、女はセックスっていうのは同じなの。テクニックは下手でも、雰囲気良ければ満足出来ちゃう」
「そんなものか」
「よく、入れるとこアップで撮すでしょ?あれ、女にはあんまり要らないんだよね。逆に見たくないって思うよ」
「それは意外だな」
「むしろ、セックス中の言葉とか耳をねっとり愛撫されるシーンの方が興奮するわ!」
「それだ!」
「ん?」
有紗は平成の思いつきが理解出来ないでいた。
「なぁ、女性向けのAVを作るってのは?」
「えぇぇぇっ!」
「骨組みはこうだ。ストーリー性のあるAVだ。女の弱い部分をさらけ出して、危険な男と知りつつ抱かれるとか…」
「それ、いい!」
「入れるシーンが要らないなら、実際に本番もしない。レベルはデリヘルと同じこと。男優はマネをするだけ」
「でもさ、それって監督とかカメラマンとか台本作る人要るよね。そんなに雇えないよ」
「うん、だから極力抑えるところは抑える」
「どんな風に?」
「まず、同じデリヘル嬢で共感してくれる子を集める。社長は君でいいが、出資者を募るんだ」
「どうやって?」
「まず、ネットでも知り合いでも声をかけるんだ。但し、ヤクザとか黒い噂のあるやつは外せ。キチンとお金を貯めてて、これからの生き方を考えてる奴だ。年齢はタメか上に絞れ」
有紗は携帯にメモしていた。
「監督は?」
「そこだ、君たちが主演であり監督だ」
「私らがやるの?」
「そうだ。AVとは言え、あくまで本番無しの恋愛ビデオにする。それぞれが監督する事で仕上がりも違う。それは新鮮に映るだろう」
「じゃあ台本はどうするの?書けないよ」
「それを脚本と言うが、それは募集するんだ」
「募集?」
「そう、作家を夢見る卵連中からの作品を募るのさ。原稿料は三万円もあればいいだろう」
「出来るかな…」
「やるだけやってみようじゃないか!」
有紗は缶コーヒーを一気飲みして、覚悟を決めた。
それから半年間。
有紗は紆余曲折はありながらも新しいレーベルとして【ラヴスウィート】を立ち上げた。
幸いにも、業界でも名の通った人物が後押しをしてくれた。
新しい可能性を感じてくれたのだ。
そのおかげで、男優の手配や場所の確保、他のレーベルとの摩擦防止などの仲立ちをしてくれた。
第一弾の有紗主演の「堕ちる女の涙」が出来上がった。
最初はビデオ販売から始めた。
コマーシャルはSNSを徹底的に使った。
中々芽が出なかったが、SNSの効果が出始めた。
一番のキッカケは、美容に拘る芸能人が高評価を呟いた事から始まった。
またたく間に拡散し、注文がネットで殺到した。
年末の少し前。
平成の事務所に有紗が訪れた。
「聞いてるよ。成功おめでとう!」
「全部、ヘイさんのおかげです」
この時、有紗は社長としての振る舞いが身についていた。
「これからがスタートだな」
「ハイ、今日はお礼をしにきました」
「お礼?いいよ、成功してくれればいいから」
有紗は微笑みながら、平成に近寄った。
「なんだ?」
有紗は窓の外を指差した。
そこを見ても何も無い。
「なにもな…」
振り返りざまに有紗はキスをした。
手を頭に絡ませて、柔らかい舌が入ってくる。
「ん…うん…んふっ…」
濃いキスの後、有紗は耳元で呟いた。
「今だけ愛してください…今だけ…」
深夜の事務所で二人は一つになった。
均整のとれた身体を、何人の男が通り過ぎたのか?
だが、今は仕事では無い。平成はプロのテクニックを味わいながら果てた。
終わると暗闇の部屋から、都会のネオンがハッキリと見えた。
「おじいちゃんが会わせてくれたのかな…」
「そうかもな…万年筆の恋ってやつかな」
「それ!頂きます!」
「ん?」
「ヘイさんと私の出会いをストーリーにしますので」
「えっ…!」
「フフッ…学んだことは、何でも吸収しろって事です」
「参ったね…OK!但し、実名は勘弁してくれよ」
「そうですね!フフッ…」
二人は事務所を出て、タクシー乗り場に来た。
「アタシ、頑張ります!」
「あぁ…応援してるぞ」
タクシーに乗り込み、手を降る有紗を笑顔で見送った。
「クション!…風邪かな?」
平成は駅まで走り始めた。
最近は老眼が進んだのか、近くが見えにくくなった。ルーペをかけてデータと仕様を整理していた。
長岡駅に止まると、空いていた横の席に女性が乱雑に座ってきた。
茶髪の女性で、三十手前ぐらいだろうか。
スマホを取り出し何か操作している。
気にせず、パソコンをいじり出す。
関越トンネルに入り、電波が途切れたのか女性はスマホをカバンに終い、平成のパソコンを横目にチラッと眺めた。
平成は大体の整理が終わったので、お気に入りの音楽動画を見始める。
イヤフォンで聞きながら目を瞑ると、腕を叩かれた。
見ると女性が何か言っていた。
「えっ?」
「これ…キライ」
「えっ?なんで…君に言われなきゃならない?」
「消して!」
思わぬ言葉に理解が追いつかなかった。
「じゃあ見なきゃいいでしょ?」
「イヤなの!」
いきなり女性はパソコンを閉じた。
「オイ!」
そのまま、立ち上がり女性は後ろの車両に去っていった。
(なんだ?)
東京駅に着いて、そのまま東海道新幹線に乗り換え、静岡市に向かった。
夜に講演が入ってたからだ。
車両に乗り込んで、またパソコンを取り出すと、見覚えのあるカバンが目に入った。
あの女性だ。
見上げると、その女性と目があった。
目を細めて睨むように過ぎていった。
(ここも一緒かよ…)
例の音楽動画を聞きながら、講演のパワポを少し手直する。
一応、辺りを見渡しても彼女は居なかった。
到着五分前にパソコンを閉じて、降りる用意をした。昼過ぎで腹が鳴った。
(何か食うか…)
チェックインまでには時間が少しある。
駅前のファミレスに入り、ステーキ定食を頼んだ。客入りはまぁまぁという感じだ。
「ふざけないでよ!」
携帯をポチポチ弄ってる時に後ろから怒鳴り声がして、思わず携帯を落としそうになった。
振り向くと、あの彼女がいた。
(げっ!)
周りの客も見ていた。
その彼女は構わず、向かい合う男に怒鳴っていた。
「話が違うじゃないですか!」
「声が大きいよ…」
男は宥めようと小声で制した。
「ここまで自費で来てんのよ!」
かなりヒステリックな声が響く。
「仕方ないだろう…」
「なんなのよ、その客は!」
「キャンセルはよくある話だ、まぁ新幹線代は出すからさ」
「当たり前よ!全く…」
ブツブツと文句垂れながら、男の出す金をむしり取った。
平成は定食を始末しながら、早々にホテルに向かうことにした。
少し早いがチェックイン出来るだろう。
フロントに名前を告げる。
宿泊カードを書くときは、出されたボールペンではなく、愛用の万年筆を使う。
平成は私服類は無頓着だが、ビジネス用のスーツ、カバン、小物類には拘った。
この万年筆もその一つである。
ファーバーカステルの特注品だ。
木製ボディを細めに作ったものだ。
海外では、これを出すだけでフロントの対応が変わることがある。
その時、横から声が飛んできた。
「それ、ファーバーカステル?」
「えっ?」
横を見ると、あの女性がいた。
(げっ!)
ここまで会うとは…
「あっ、あんた…」
「キミは…」
「ここのホテルなの?」
「まぁね…」
「ふぅーん…それ…」
万年筆を指して顔を寄せてきた。
「ファーバーカステルだよね?」
「よく知ってるね」
「おじいちゃんが持ってるのと似てた!」
「万年筆コレクターなの?」
女性はカバンをガサガサ探りながら、万年筆を取り出した。
「これ!」
似つかわしくないが、確かにファーバーカステルの万年筆だ。
「おじいちゃんがくれたものなの…」
「そうか…良いものだから大切にするといい」
「万年筆ってモンブランとかオノトが多いから、初めて持ってる人見た」
「ほう、よく知ってるね」
「うん、おじいちゃんが話してくれたの」
チェックインを済ませて、エレベーターに向かうと後ろから着いてきた。
「君も泊まるのか?」
「まぁね、予定が無くなったから…帰ってもいいんだけど、つまんないから少しの贅沢!」
話してみると、それほど悪い子ではなさそうだ。
「おじさんは仕事?」
「講演でね」
「偉い人?」
「まさか。頼まれ仕事だ」
「どんなの?」
「独立の仕方と心がけってとこかな」
「へぇー…あのさ、それアタシ聞いてもいいかな?」
「ん?君にはアクビが出る内容だぞ」
「そうでもないかな。面白そう」
「会費いるぞ」
「いくら?」
「一人三千円だ」
「うん、大丈夫」
「なら、六時にフロント前で待っててくれ。待ち合わせしよう」
「うん」
微笑んだ顔が印象に残った。
講演は六時半スタートで、約二時間ほど話す。
終わると関係者との挨拶が始まる。
九時には開放される。
ホテルのレストランで腹を満たそうと向かう。
後ろから肩を叩かれた。
「聞いたよ」
「そうか…つまらんかったろ」
「ううん、面白かった…ね、ご飯奢って!」
「あん?」
「腹ペコなの」
平成は人懐こい感じに負けて、連れて行くことにした。
テーブルに向かい合う。
「何か飲むか?」
「何があるの?」
「何でもあるよ、ワインは?」
「うん、任せる」
平成は軽めのワインを頼んだ。
「そうだ、ゴメンナサイ」
頭を下げられた。
「なんだっけ?」
「新幹線で音楽キライってパソコン閉じたでしょ?」
「あ~驚いたよ」
「あの曲…振られた元カレが好きでさ…」
「なんで別れた?」
「浮気…」
「あらま…そりゃ頭くるな」
「あっ、アタシ、有紗…矢田有紗」
「目黒平成だ」
「どう書くの?」
「年号の平成だ…」
「珍しいね」
「まぁね、それで浮気ってなんで?」
「ダメ男でさ、アタシの稼いだ金で暮らしてるくせに、同業のオンナと家でエッチしてたの」
「同業?」
「うん、デリヘルやってんの」
なんとなくそんな気がした。
「デリヘルか…新潟にはどうして?」
「最近は都内で稼げないと地方に行くのね。新潟は新幹線で近いし、うまく行けば一週間で二十万以上は稼げるの…」
「そうなのか」
「目黒さんは使わないの?」
「もう、そういうのは興味ないかな…」
「性欲無くなったとか?」
「いや、それはまだあるけどガツガツするほどの若さと体力が無い…悲しいけどな」
「へぇ~」
「でも、デリヘルも大変だろ?」
「まぁね、ウチは貧乏で学歴も無いから身体で稼ぐしかなくて…」
「やっぱり将来は結婚か?」
「まぁ、それもあるけどさ…デリヘル嬢のオンナなんかイヤでしょ」
「あけすけに言える仕事ではないな」
「先の事考えても分かんなくて、だから目黒さんの話聞いてみたかった」
「参考にならないだろ?」
「でも、自分のやりたい事とユーザーのニーズが合えば、そこに希望があるってのは分かった」
平成は意外に思った。
そこは一番に伝えたいことだったからだ。
どうやら感性は悪くないようだ。
それに悪いことは謝る姿勢もある。
基本は分かってる。
「デリヘルって長くは出来ないよな」
「まぁね、どんどん若い子出てくるしね」
「キミはいくつだ?」
「二十五歳」
「まだ若いだろ?」
「この世界じゃババァだよ、若いってのは二十歳前後を言うの…」
「そうか…」
「AVも話はあったけど、そこまではね…」
「親バレしたら大変だもな」
「親はいいのよ、どうせろくでなしだから」
「毒親って奴か?」
コクンと頷いた。
「何か始めたい仕事あるのか?」
「分かんない、でも今さら会社勤めも出来ないし、バカだから何にも出来ない…」
こういうのが一番多い。
だが平成は、有紗に興味を覚えた。
感性を持っている。
「探してみるか?」
「えっ?」
「君のやりたい事探しだよ」
「なんで?」
「少し込み入った話になる、オレの部屋に来るか?」
有紗は警戒した。
「そんなに警戒しなくていい、襲うなんてことはしないよ」
「そういうヤツは沢山いたけど、みんな結局のところ身体目当てだった!」
「そうだろうな、だがオレの身分はバレてるし襲われたら訴えればいい。カネも取れるぞ」
有紗は考え出した。
「込み入った話って?」
少し食い付いたようだ。
「まず、独立するなら何をしたいか?というところから始まる。絶対に思ってはいけないことは欲を出すこと、大抵は失敗する。そこが落とし穴なんだ。次にやりたい事の経験値と知識を探る、これは足りないモノとあるモノを整理する意味でね。ユーザーは一般大衆なのか、それとも限定されたユーザーか?それも見極める。そんな話だ」
平成の言葉に感じたのか有紗は同意した。
「うわ!広い部屋…金持ち?」
「これは依頼者の用意した部屋だ」
平成はルームサービスで、酒とツマミを頼んだ。
そこから話が始まった。
「さっきの話だけどな」
「うん…」
「まず、何がやりたいかは分からないんだな?」
「うん」
「ならば、風俗嬢としての知識と経験が武器なんだな」
「まぁ、そうかな」
「業界内で人脈あるか?」
「そんなの無いよ」
「だろうな…少し聞かせてくれ」
「なに?」
「女の身体を売る仕事は、いくつかに別れるよな…デリヘル、ソープ、AV、広く言えばガールズバーとか怪しいマッサージとか、その中で一番ハードなのは?」
「やっぱりAVでしょ」
「顔バレするしな」
「それに本番やるからね」
「本番したことは?」
「アタシは無いよ、それだけはダメって言ってる。やる子もいるけどね」
「そういえば、前にAV見た時に思ったことがある」
「なに?」
「スタジオやホテルでするのは分かるが、バスとか電車とかでするのもあるよね?あれ本物っぽいけどどうやってるの?」
「あ~、バスは専用を借りてる。客はエキストラだよ、電車は大量のエキストラを雇って本物の車内でするんだよ。最近は痴漢モノのイメプレ店のセットとかも使うみたい」
「なるほどね、病院とかも?」
「潰れた病院の一部を改装したり、同じ建物で図書館風にして使うのもあるよ」
「ほぉ…それで本物っぽく見えるのか…」
「なんでなの?」
「そういうのってたくさんの業者がいるのか?」
「詳しくは知らないけど」
「そうか」
「なんなの?」
「いや、君の身体が限界なら広い意味で風俗業界で生きてくのもアリかな、と思ってさ」
「バスとかが?」
「いわゆるレーベルってヤツ?たくさん制作会社はいるでしょ?それにAVは毎日何かしらが出てるし、手配するのも大変なのかと」
「確かに…」
「そういう会社を運営するってのは?」
「エェッ?アタシが?」
「そ、それだけじゃない、AV嬢へのケアもしてあげるんだ」
「ケア?」
「これは想像だけど、いくら金が貰えて演技とはいえ、本物のセックスをする訳だから、それなりの覚悟もいる。本番でしりごむ子も居るんじゃないか?」
「ああッ…それは聞いたことある…」
「スタッフに女性が居ると安心もあるだろう、例えばバスの運転手をキミがするとか…」
「考えたこともないな…でも、面白そう」
「貯金はあるか?」
「三百万ぐらいなら…」
「うん、中古のバスなら買えるし、運転手は日雇いでも雇うか、キミが免許を取るか、でもいいだろう」
「そんなの出来るかな」
「いいか、これは覚えておくんだ。どんな業界でも仕事でも人の信用は絶対に必要だし、救ってくれるものなんだ。キチンと誠実に対応すれば常連は出来るものだ」
「うん…ねぇ…」
「なんだ?」
「どーしてそんなに真剣に考えてくれるの?」
「見返り無いと不安か?」
「大抵は愛人とか身体とか求めるものでしょ?」
「そりゃそーだな…オレはそんなの要らないんだよ。先の人生に必要な金はなんとかなったしな…後は欲に縛られない仕事が楽しいのさ」
「金持ちなんだ…奥さんは?」
「五年前に亡くなった…今はフリーだ」
「彼女とかは?」
「居ないよ、仮に君と寝たとしても咎められることはない」
「そうなんだ…」
「やってみないか?」
「さっきの話?」
「そう、ダメ元でチャレンジしてみないか?」
有紗は考え込んだ。
言いたいことは分かるが、平成が何の見返りも無しに言う事が不思議だった。
かと言って、狙われてる気もしない。
たぶん、このまま襲いはしない。
それだけはなんとなく感づいていた。
「少し時間くれないかな、まだ分かんなくて」
「そりゃそうだ、じゃあ決心したら連絡くれ」
平成は名刺を渡した。
有紗は、まだ見返りも言わない平成を不思議に感じていた。
「成功したら、何すればいい?」
「ん?別に…君が潤うだけだろ」
「目黒さんに何も無いじゃん!」
「言ったろ、見返りなんて要らないんだよ」
「意味分かんない」
「そりゃ分からんだろ。たださ、業界シロートのオレの考えが成功したら面白いだろ?それで満足なんだよ」
「そんなもん?」
「あぁっ…それに愛のないセックスはしないことにしてるんでな…」
「へぇー、そ~なんだ」
有紗にとって、平成は初めてのタイプだった。
男なんて口だけで、スキあらば抱こうとしてくる。山ほどの男を相手にしてきたが、身体とか愛人とか、ウンザリするほど言われてきた。
「ねッ、うまくいくかな?」
「それは君次第だ。やりたいなら本気で考えろ。これから先の事も含めてな…それと…」
「なに?」
「君は、男に依存する傾向にあるだろ。それを断ち切れ」
図星を突かれて、有紗は無言になった。
「男に依存するのは、自分に何も無いと思い込んでいる。自信が無いんだよ」
「だって…他の生き方をしらないもん」
「だから、教えてあげたろ?やってダメなら諦めもつく。だが、何もしないで決め付けるのは愚か者だ」
平成は続けた。
「いいか、これからの時代は寄り添うだけではダメなんだよ。男も女も自分で生きる力は身に着けなきゃならない。風俗嬢がダメと言うなら、それを打ち破る気持ちが大事なんだよ」
「どうすれば?」
「まず、一週間は仕事を休めるか?」
「キツいけど…なんとか…」
「ならば、その間は頭を空っぽにするんだ、デリヘルの事は一切考えるな。本気で未来を考えろ」
平成はポケットから財布を出し、万札を七枚を抜き取り、有紗の前に差し出した。
「えっ?なに、これ…」
「休業保証だ」
「なんで?」
「これで金の面はなんとかなるか?」
「まぁ…」
「この金はあげるのではなく、貸すんだ」
「貰ってバイバイするかもよ」
「確かにな…だが、バイバイしたらそこで終わりだ。未来の可能性を、お前は七万円で捨てたんだ」
「捨てる…」
「テーブルの前に置いて、じっくり見て考えろ」
「なんでこんなこと…」
「これは試練だ、目先の金に眩むか、先を見据えて一歩踏み出すか、変えたいなら答えはすぐに出る。自分で試してみろ」
有紗は差し出された万札を手に取った。
「分かった…やってみる…」
有紗は携帯を出して、番号とメアドを渡してきた。
「店や客はSNSだけど、プライベートはこっちにしてるんだ」
「分かった。じゃあ、来週の今日に名刺の住所に来るんだ」
「行かなかったら?」
「そこで終わりだ」
一週間後。
平成は事務所で領収証の整理をしていた。
朝からの雨続きで気分も滅入る。
夜七時前にインターフォンが鳴った。
「はい」
「アタシ、有紗です」
ロックを外すと、リクルートスーツ姿の有紗がそこに居た。
髪も黒に変わっていた。
「驚いたよ」
「ヘヘッ、どうかな。安物だけど…」
「うん、似合ってる」
ネイルも派手な化粧も落としていた。
ソファーでコーヒーを勧めた。
一口飲むとため息をついた。
「どんな一週間だった?」
「…今までで一番考えた…」
カバンから封筒を出して平成に渡す。
中には七万円がそのまま入ってる。
「なんでバイバイしなかった?」
「うん、渡されたとき、凄く重かった」
「札がか?」
「そう、客から貰う金と違った。なんでか分かんない…でも、これは無駄にしちゃイケないって思った。それから本気で考えた。未来の可能性ってヤツを本気でやりたいと思った」
「ほぉ、それでリクルートスーツか?」
「これは私なりに思った決意ってやつかな」
「決意?」
「うん、やるなら今の自分を捨てようと思った、でも何していいか分かんなくて…考えて見た目を変えることにした…変かな?
「いや、発想がいいぞ」
「そう?」
有紗の顔が明るくなった。
「たぶん、来ると思ってた」
「ハハッ、どーして?」
「君には基本的なものが備わってるからだ」
「基本的なもの?」
「まず、謝ったろ?あれはとても大切なものだ。悪いことは必ず謝ること。それが出来ないと足元からすくわれる」
「そんなもの?」
「どんな商売でも、どんな規模でもミスは必ずある。その時に謝ること事が出来ると、出来ないとでは天と地ほどの差がある。それから万年筆だ…」
「あれが?」
「お爺さんからのプレゼントを大事にする…これは人の想いを受け止める心があるからだ」
「だって形見だもん」
「そう、あの万年筆は売れば小遣いにはなる品物だ。たぶんコレクターなら二十万は出すだろう…」
「そんなにするの?」
「あぁっ…どうだ?売りたいか?」
有紗は首を横に振った。
「だって…おじいちゃん好きだったから…売れないよ」
「うん、いいか?規模なんて関係無いんだよ。商売は人がやるもんだ。人との絆は信用から生まれる。人を信用するには誠実さがいる、誠実さを出すには人の想いを受け止めて、悪いときは謝ること…だからなんだよ」
「うん、良くわかるよ」
「いいぞ、見込んだ通りだ」
「よし、ならばこれを見てくれ!」
平成は纏めたデータ表を見せた。
「俺なりに纏めたんだが、AVビデオは毎日百本以上が新しく作られている。年間にすると三万五千本になる」
「そんなにあるの?」
「まぁ、ビデオと言ってもネット配信とか裏モノまで含んでるけどな」
「はぁ~そんなにあるんだ…」
「しかも毎年、二千人ぐらいの子がデビューしてるらしい」
「へぇー」
「その中で痴漢モノAVは、三分の一ぐらいみたいだ」
「一万本てこと?」
「うん、だが最近は低迷していてコストを如何に抑えるか、がどこも当たり前だ」
「じゃあダメなの?」
「いや、そうとは言えない、必ず隙間はあるものだ。他には無いサービスや特典を付ける」
「分かんないよ、サービスなんてさ。他にやる奴出てきたら対抗出来ないよ」
平成は考えた。
たしかに有紗の言う通りだ。
ライバルが出たら競争に巻き込まれる。
価格競争になるだろう。
「まだ、練らなきゃならないな…」
平成は真剣に考えた。
スッと缶コーヒーが目の前に出て来た。
「少し休憩しよ?」
「あぁっ…そうだな」
時に気分転換は必要だ。
「ねぇ、目黒さんて堅苦しい…なんて呼べばいいかな?」
「ん?あぁっ…みんなはヘイさん、て呼ぶな」
「OK、ヘイさんてさ、何で見下さないの?」
「どういう質問だよ?」
「だって風俗嬢なんて、男ならみんな見下すよ。そんな雰囲気まるで無いよね」
「オレは職業で見下すことはしないからな。人を見るようにしてる」
「へぇー…だから話しやすいのか…」
「しかし、AVってこんなにたくさん出して儲かるのかな…」
「どうかな…それだけ男が求めてるって事なんでしょ?女向けの風俗なんて無いのが、時々不公平だなって思うよ」
「女性向けって…あったら使うか?」
「ううん、あっても使わないかな。でも、女だって性欲はあるんだよ。それなのに男と同じことしたら、ヤリマンだのビッチだの言われて居られなくなるから頭くるのはあるかな」
平成の脳内にピンと来た。
「なぁ…AVって女性向けあるのかな?」
「あるよ、少ないけどね」
「何が違うんだ?」
「簡単に言えば、男のAVはヤルのがメインなの。女をやりまくってぶつける感じ。でも、あれ見ても女はあんまり興奮しないんだよね」
「なんでだ?」
「女はヤル前が大事なの。雰囲気とかに酔う感じかな。例えば悪い男だけど色気があれば、そっちの方が濡れちゃうの」
「そんなものか」
「男はさ、現実と風俗の違いが分かってるの。客でも聞くけど顔射好きでも、奥さんには出来ない…だから風俗嬢使うとか。でも、女はセックスっていうのは同じなの。テクニックは下手でも、雰囲気良ければ満足出来ちゃう」
「そんなものか」
「よく、入れるとこアップで撮すでしょ?あれ、女にはあんまり要らないんだよね。逆に見たくないって思うよ」
「それは意外だな」
「むしろ、セックス中の言葉とか耳をねっとり愛撫されるシーンの方が興奮するわ!」
「それだ!」
「ん?」
有紗は平成の思いつきが理解出来ないでいた。
「なぁ、女性向けのAVを作るってのは?」
「えぇぇぇっ!」
「骨組みはこうだ。ストーリー性のあるAVだ。女の弱い部分をさらけ出して、危険な男と知りつつ抱かれるとか…」
「それ、いい!」
「入れるシーンが要らないなら、実際に本番もしない。レベルはデリヘルと同じこと。男優はマネをするだけ」
「でもさ、それって監督とかカメラマンとか台本作る人要るよね。そんなに雇えないよ」
「うん、だから極力抑えるところは抑える」
「どんな風に?」
「まず、同じデリヘル嬢で共感してくれる子を集める。社長は君でいいが、出資者を募るんだ」
「どうやって?」
「まず、ネットでも知り合いでも声をかけるんだ。但し、ヤクザとか黒い噂のあるやつは外せ。キチンとお金を貯めてて、これからの生き方を考えてる奴だ。年齢はタメか上に絞れ」
有紗は携帯にメモしていた。
「監督は?」
「そこだ、君たちが主演であり監督だ」
「私らがやるの?」
「そうだ。AVとは言え、あくまで本番無しの恋愛ビデオにする。それぞれが監督する事で仕上がりも違う。それは新鮮に映るだろう」
「じゃあ台本はどうするの?書けないよ」
「それを脚本と言うが、それは募集するんだ」
「募集?」
「そう、作家を夢見る卵連中からの作品を募るのさ。原稿料は三万円もあればいいだろう」
「出来るかな…」
「やるだけやってみようじゃないか!」
有紗は缶コーヒーを一気飲みして、覚悟を決めた。
それから半年間。
有紗は紆余曲折はありながらも新しいレーベルとして【ラヴスウィート】を立ち上げた。
幸いにも、業界でも名の通った人物が後押しをしてくれた。
新しい可能性を感じてくれたのだ。
そのおかげで、男優の手配や場所の確保、他のレーベルとの摩擦防止などの仲立ちをしてくれた。
第一弾の有紗主演の「堕ちる女の涙」が出来上がった。
最初はビデオ販売から始めた。
コマーシャルはSNSを徹底的に使った。
中々芽が出なかったが、SNSの効果が出始めた。
一番のキッカケは、美容に拘る芸能人が高評価を呟いた事から始まった。
またたく間に拡散し、注文がネットで殺到した。
年末の少し前。
平成の事務所に有紗が訪れた。
「聞いてるよ。成功おめでとう!」
「全部、ヘイさんのおかげです」
この時、有紗は社長としての振る舞いが身についていた。
「これからがスタートだな」
「ハイ、今日はお礼をしにきました」
「お礼?いいよ、成功してくれればいいから」
有紗は微笑みながら、平成に近寄った。
「なんだ?」
有紗は窓の外を指差した。
そこを見ても何も無い。
「なにもな…」
振り返りざまに有紗はキスをした。
手を頭に絡ませて、柔らかい舌が入ってくる。
「ん…うん…んふっ…」
濃いキスの後、有紗は耳元で呟いた。
「今だけ愛してください…今だけ…」
深夜の事務所で二人は一つになった。
均整のとれた身体を、何人の男が通り過ぎたのか?
だが、今は仕事では無い。平成はプロのテクニックを味わいながら果てた。
終わると暗闇の部屋から、都会のネオンがハッキリと見えた。
「おじいちゃんが会わせてくれたのかな…」
「そうかもな…万年筆の恋ってやつかな」
「それ!頂きます!」
「ん?」
「ヘイさんと私の出会いをストーリーにしますので」
「えっ…!」
「フフッ…学んだことは、何でも吸収しろって事です」
「参ったね…OK!但し、実名は勘弁してくれよ」
「そうですね!フフッ…」
二人は事務所を出て、タクシー乗り場に来た。
「アタシ、頑張ります!」
「あぁ…応援してるぞ」
タクシーに乗り込み、手を降る有紗を笑顔で見送った。
「クション!…風邪かな?」
平成は駅まで走り始めた。
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