隣の夜は青い

No.26

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『教え子』

01

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 初めてギターを触ったのは、俺が小学五年生のときだった。

「せーちゃんも弾いてみる?」

 夏休み、祖母の家へ預けられていたときのこと。
 同じく泊まりに来ていた高校生の従兄がアコースティックギターを弾いていたのが、全ての始まりだった。

 俺は従兄の悠(ゆう)のことが大好きで、そのときギターを下げた悠は間違いなく世界で一番かっこいい高校生だった。
 ギターの弾き方を教えてもらったら本当に俺でも音が出せて、すごく楽しかったのを覚えてる。

「父さん、おれもギター欲しい!!」

 夏休みが終わり家に帰ってそう言うと、父さんはため息をついた。

「征一、急に何を言ってるんだ。ギターなんて小学生には早いだろ」

 俺の父さんは公務員で、真面目で、教育熱心な人だった。

「ゆーくんはおれでも弾けるって言ってたもん!」
「はあ、また悠くんの真似か……全く、あの家には悪い影響ばっかりうける」
「お父さん、わたしの友達にも五年生からギター弾いてる子いるよ」

 浮かない顔をする父の隣で、三つ上の姉がそう言った。
 俺の姉さんは母さんによく似て、天然でいつもふわふわした雰囲気で、父さんにも物怖じしなかった。
 父さんは少し考えてから、俺にこう言った。

「それなら、二学期四教科、四項目全部『よくできました』を取りなさい。それができたら買ってやろう」

 そうして、俺は勉強をがんばって、本当に計十六個の『よくできました』を通知表にもらった。
 そうして、冬休みの一日目。俺はアコースティックギターを買ってもらった。

「せーちゃん、すごくかっこいいよ!」
「成績が下がったら取り上げるからな」

 褒める姉の横で、父は相変わらず仏頂面をしていたけど、そんなのはどうでもいいくらい嬉しかったのを覚えている。

「へへ!ゆーくん、おれと一緒に弾いてくれるかな!」

 二人で一緒に弾いたら、きっと楽しいに決まってる。俺は冬休みが待ち遠しかった。

 ……けれど、その夢は叶わなかった。
 そのとき悠の家庭はごたついて、悠は冬休みに祖母の家にはこなかった。
 その次の年もこなくて、そうして疎遠になって、今も連絡は取れていない。


 隙のない両親は「将来、学校の先生を目指した時に困らないように」と、幼少期の俺にピアノを習わせていた。
 そんな素地もあって、ありがたいことに音感はある。暇さえあれば父のパソコンを開いて、ネットでギターの弾き方を勉強しまくり、春休みが来る頃にはちゃんと曲として聴ける音楽を奏でられるようになっていった。

「せーちゃん、本当にギター上手くなったね。歌は歌わないの?」

 あるとき、ギターを弾く俺を見て姉はそう聞いてきた。

「うーん、歌いながら弾くの難しいし……そうだ、ねーちゃんが歌ってよ!」
「えー、わたしは歌下手だからなぁ」

 姉は困ったように笑って、そうやんわりと断った。
 けれどだんだんと、俺は一人ではなく、誰かと音楽がやりたいと思い始めた。

 しかしその欲望は満たされないまま、俺はそこから約四年間、父親に言われた通り成績をキープしながら、毎日ギターを弾きまくった。


 転機が訪れたのは、中学二年生の夏。

「征一って、ギター弾けるんだよな」

 突然、クラスメイトの匡(ただし)がそう声をかけてきた。
 匡はいつも面白くて、クラスのムードメーカー的な存在の男で、いつも一緒にいるわけじゃないけど俺とも仲は良かった。

「そうだけど」
「一緒に文化祭のステージ出ないか? 俺歌うからさ」
「え?! なにそれ、すげー楽しそう!」

 匡とは去年も同じクラスで、歌が上手いのは合唱コンのときから知っていた。
 彼がステージに出たいと言った理由は、ただ『なんかかっこよくてモテそうだから』というしょうもない理由だったみたいだけど、俺は誘ってもらえて嬉しかった。

 そうして俺はギターと時々はもり、匡は歌とタンバリンというパート分けで、秋の文化祭に向けてひたすら練習をした。
 練習の時点で俺はすげー楽しくて、匡に無理を言って舞台でやる曲以外にもいろいろ歌わせたのも、いい思い出だ。

 そうして、結果的に俺たちの文化祭のステージは大成功だった。
 一度も間違えなかったし、匡のMCが面白かったのもあって、体育館は大盛り上がり。
 先生たちから直々に、卒業生を送る会にも出て欲しいと言われるくらい、客観的に見ても俺たちの音楽は良かった。
 あと、その後匡は望み通りモテた。俺もモテた。

 中学三年生にあがって受験勉強が本格的になってからは、お互い忙しくなってステージにはでなかった。
 けれど、俺は誰かと一緒に音楽をする楽しみや、ステージに出ることへの高揚感がずっと忘れられなかった。

「あの名門のA北高校を志望するなんて、父さんは本当に嬉しいよ。あそこは市内で一番国立の進学率もいいからな」

 ギターを弾かず机に向かい続ける俺を見て、父さんは満足げだったが、本当の理由は大学進学以外にあった。

 俺の志望するA北高校には、この市で唯一軽音部があった。
 ただ偏差値がクソ高くて、勉強に手をぬけなかったんだ。
 高校に合格して、軽音部に入る。そのために、俺はひたすら勉強した。


 そうして俺は晴れてA北高校に入学し、軽音部の入部届を家に持って帰った。

「軽音部?! そんなのやって何になるんだ。高校は勉強するところだろう!」

 父さんは俺の入部届を見て、そう怒鳴った。
 部活に入るには親のサインと印鑑がいる。けれど俺はそれが二つとももらえなかった。
 あいにく姉さんは大学生になって家を出ていて、父さんの緩衝材になってくれる人もいない。

「軽音部に入るために、この高校に入ったのに……」

 その日は悔しくて悔しくて、めちゃくちゃに泣いた。人生で一番泣いたと思う。

 それからやけになって、ギターはやめて女も男も問わずひたすら遊んだ。
 人と肌を触れ合わす快楽を覚えてしまったのと、自分の性癖の歪み具合に気づいたのはその辺り。


 それから、のらりくらりと過ごして、高校二年生になったとき。
 まさしくそれは『天の声』だった。

「友達に聞いたんだけど、真中ってギター弾けるんだよね?!」
 
 あまり喋ったことのないクラスメイトの女子・須貝凛(すがいりん)が、突然俺にそう話しかけてきた。
 軽音部への入部を諦めてから音楽に関するものを避けてきていたから、そのときはギターなんて単語も久々に聞いた。

「まあ、最近はあんまりやってないけど……」
「頼む!一生のお願い!」

 凛はパチンと手をあわせ、俺にこう言った。

「アタシたちと一緒に、文化祭でギターやって!!」
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