隣の夜は青い

No.26

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『教え子』

03

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 数年ぶりに来たスタジオの内装は、俺が高校生のときから変わっていなかった。
 ただ、置かれている楽器は別のもので、ステージにはスタンドマイクとシンセサイザー。
 一芽はマイクの前に立ち、浦瀬はシンセの前に立つ。
 俺は観客として、目の前の椅子に座らせられた。

「先生って、ボクたちの『CIDER CLOWN』の曲、なにか聞いたことありますか?」
「いや、ないけど……」

 そもそも、ここ数年自分から邦楽を聴くこともなかったし、音楽の話題も避けていた。一芽が歌手だと知った時も、情報だけ見て曲を聞いたりはしていない。
 浦瀬はキーボードの音を調整しながら、

「じゃあ、まずはボクたちが初めて出した曲で。メジもそれでいいか?」
「もちろん!」

 二人は頷き合って、そして前を向く。
 そうして、二人の演奏が始まった。

「…………!」

 零れ落ちる宝石のように、磨かれた音を奏でる浦瀬のピアノ。
 はじけるような広音域と歌唱力、けれど耳に溶け込む透明感のある一芽の歌声。

 重なっているのはその二つだけなのに、聴く人を思わずその場に立ち止まらせるような、目を冴えさせるような音楽がそこにあった。

「『ーー君の心に、取り憑いてみせる』」

 一芽は、そう高らかに歌う。
 その姿は、いつもの可愛い俺の恋人じゃない。人気ユニットのボーカルの『メジ』が確かにそこにいた。
 そのよく通る声に、不思議と自分の鼓動が早くなる。

 そうして約三分半の曲が終わったとき、俺は自然と拍手を送っていた。

「曲名、『ブルーゴースト』です。……ボクたちの音楽、どうですか?」
「……かっこいい」

 素直に感想を述べると、二人は安心したように微笑んだ。

「次に出す新曲に、エレキギターの生音を入れたいんです」

 浦瀬は鍵盤から手を離し、改めて俺にそう言った。

「もちろんタダでとは言いません。楽器ならこのスタジオでも借りられます。一曲だけ弾いてくれませんか?」
「……なんで俺なんだ? 俺より上手い奴だって、お前らに協力してくれる奴だっていくらでもいるだろ」
「でもボクの中では、先生のギターの音が理想なんです」

 渋る俺に、浦瀬はそうはっきりと言った。

「先生の弾くギターって、全部計算されたみたいにすごく正確なのに、それでいて無機質じゃないっていうか……とにかく、もっと聴いてみたいって思ったんです」
「……褒めすぎだろ」

 ていうか、何年前の話をしてるんだ。蒸し返された青春に、思わず目を逸らした。
 けれど、浦瀬は一ミリも引かず、俺に言った。

「返事、今すぐじゃなくても大丈夫です。待ってますから」




「ごめんね、巻き込んじゃって」
「ううん」

 スタジオからの帰り道を、一芽と歩く。
 俺の家に来るわけではなく、一芽の今住んでいる家が、俺のアパートとそう遠くないらしい。なんでも、バイト先もこの辺なのだとか。
 もう夕方も近くなっていて、空は少しピンクがかっている。裸の街路樹の枝が北風になびいていた。

「どうして、音楽辞めたの?」

 一芽は、唐突にそう俺に聞いた。
 マフラーに口元まで埋まり、気まずそうな表情でこちらをチラリと見る。

「聞かないって言ったのに、聞いてごめん。けど、今日オレたちに着いてきてくれたってことは迷ってるんでしょ? お金にならないからっていうのも、きっと本当の理由じゃないよね」
「…………」

 白い息をひとつ吐いてから、俺は言った。

「『ちゃんとした大人』になりたかったんだ」

 その言葉に、一芽は顔をあげた。
 
「大した理由じゃない。勉強して、いい大学に入って、就職して……そうやってちゃんとした大人になって、家族に認めてもらうっていう理想を叶えるのに、音楽を両立できなくて見切りをつけただけ。……だから、今更音楽しようって言われても、どう向き合ったらいいかわかんないんだ」
「……なんだ、よかった」

 俺の答えに、なぜか一芽は嬉しそうに笑った。

「音楽が嫌いになったから辞めた、じゃないんだね」
「…………!」

 その言葉に、思わず彼の目を見た。
 一芽は瞳を細め、笑って言った。

「せーちゃんは、十分すぎるくらい『ちゃんとした大人』だよ! だから、ちょっとくらいまたギター弾いてもいいんじゃない? ってオレは思うけど」

 そんな彼の笑顔を見て、自然と言葉がこぼれた。

「……好き」
「え?」
「あ、いや、音楽が」

 慌てて取り繕うと、一芽は目を瞬かせ、そして思いっきり笑った。

「うん、オレも好き!」




 ピックを当てると、懐かしい爆音がスタジオに反響する。
 これでも五年以上毎日弦を触っていただけあって、指や体は感覚を忘れていなかった。

「ギターの音、近くで聞くとやっぱかっこいい……」

 嬉しそうな一芽の言葉に、隣に立つ浦瀬も緊張気味に頷いた。

「録音の日、伸ばせますけどどうしますか?」
「年末で大丈夫だと思う、弾く時間短いし。それに、今日も明日も明後日も、一日中練習できるし」

 そう言って笑うと、浦瀬もぎこちなく笑った。

「……ブランクあるし、期待通りじゃなかったらごめんな」
「先生なら期待通りに弾いてくれるって信じてるので」
「ハードル上げるなよ。けど、二人の音楽についていけるようにはする」

 そう言って楽譜に目を戻し、練習を再開した。


 ……浦瀬にギターを担当してもいいという承諾を伝えるとき、俺はある条件を出した。

「曲が弾けるようになったら、俺も二人と合わせたい」

 自分自身のことを改めて考えて、気づいたことがある。
 俺は、ただギターを弾くことだけが好きなんじゃなくて、誰かとする音楽が好きなんだ。
 だって、一人でギターを弾くだけが好きなら、こんなに拗らせて悩んだりしてない。
 だから、ただ録音されるだけじゃなくて、せっかくならちゃんと演奏がしたいと思った。

「そんなことなら、いくらでもやりますよ。むしろやらせてください」
「オレも!せーちゃんとセッションしたい!」

 俺の条件を、二人は当然のように喜んで聞いてくれた。


 久しぶりに誰かと演奏ができる。そう思うと、俄然やる気が湧いてきた。
 それに、浦瀬の作った新曲は本当に良くて、ギターのメロディもクソかっこいい。
 あんだけ音楽をすることを謙遜していたのが笑っちゃうくらい、俺は寝食を忘れてギターを弾き鳴らした。

「……いやだめだよ、ちゃんと食べなきゃ!」

 一芽はそう叫んで、俺の口に唐揚げを押し込んだ。
 サクッとした衣を噛むと、肉汁が口の中に広がる。

「……うま」
「お昼も食べてなかったよね?! 集中してくれるのはオレも嬉しいけど、死なない程度にして……」

 あっという間に夜になり、スタジオから出て、浦瀬とも別れ、今日はギターがあるという一芽の家に泊まることになった。
 俺が一芽の部屋に来ても弦を触っていると、気がついたら横のテーブルには唐揚げ定食があった。

「豪華だな。出前取ったのか?」
「いや、オレが作った」
「……え?!」

 その言葉に驚いて、改めてテーブルの上を見た。
 つやつやの白米に、彩りのあるサラダ、いい匂いの湯気が立つ味噌汁。そしてメインの唐揚げ。
 定食屋の飯と言われてももうし分のない夕食に、感動するとともに、急に忘れていた食欲が湧いてきた。

「うまそ……」
「結構ジュージュー音してたと思うけど、聞こえなかった?」
「いや、気づかなかった。俺も食べていいの?」

 よく見たら、一芽はちゃっかりエプロンまでつけてる。
 俺の疑問に一芽は笑って頷き、

「もちろん! せーちゃんが和食好きだって言ってたから、和食にしてみたんだ」

 その言葉に、少女漫画ばりにときめいてしまった。

「え……好き……」
「え?」
「違っ、その、唐揚げが! いただきます!!」
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