契約の森 精霊の瞳を持つ者

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森の研究者

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「エントに呼ばれて来たのだが」

 鍔つばのある帽子を深く被り、薄茶色の、本来はもっと濃い色だったのだろうコートを羽織っている。身に付けている物はどれも古めかしく、棺桶で眠っていた者が起き出して来たのかと思うほどだった。

 そんな風貌の体格の良い男が、こんな夜更けに正面玄関のベルを鳴らすのだから、応対に出た者は驚いてしまった。そんな時、アレルが通りかかり甲高い声をかけた。

「あら、グレイス?グレイスじゃない?」

 偶然なのかどうかは疑わしいが、アレルは偶然通りかかって良かったと言って、客人を食堂へ通し、他の者にエントを呼びに行かせた。

「今日はどんな要件でこんなへんぴな所にいらしたの?最近の森の様子はどう?城の調査は進んだ?ああ!そう!グレイス!あなたの書いた王家伝承はステキよ!私、全部読んだの!」

「私をグレイスと呼ぶのは、今ではもう、あんたくらいだ」

 目を輝かせ、机に乗り出して矢継ぎ早に質問を投げかけるアレルに、男が言った事はそれだけだった。

 アレルがその言葉を、どんな風に受け止めたのかは謎だ。

「あら……そうなの?嬉しいわ」

 そう言って上目づかいで男を見つめた。食堂にいた何人かは、このとんちんかんなやり取りを不思議そうに、または呆然と、あるいは興味津々で見守っていた。

 そんな中、エントを呼びにいった者が戻ってくると深刻そうな顔で言った。

「アレルさん、実はエントが見当たらないんです」

 アレルは男をちらりと見ると、わざとらしく驚いた。

「まあ!エントが?それは大変だわ!お手洗いは探したの?今日は色々あったから外で風に当たっているのかもしれないわ……心配ね」

 そう言ったアレルの顔には心配そうな表情はどこにも見えなかったが、それはグレイスと呼ばれる男も同じだった。

「ああ!そう、あなたはまだ聞いてないのよね?今朝、何があったのか」

 男が口を動かして答えようとした時、アレルはすぐさま男の隣に移動して小さな声で言った。

 その時には先程のエントを呼びに行った者は、もう一度探しに行こうと食堂の入り口に向かっていた。

「サラが大地の契約を交わしたのよ。あなたが何をしにきたのか分かっているわ。でも、来るのが遅いわ。もう行ってしまった後なのよ」

 男はアレルの顔をじっと見て、何を言いたいのか探ろうとした。けれど、それは廊下の話し声で中断させられた。

「エント!どこにいらしたのですか?ずいぶん探したんですよ」

 驚いた大きな声が聞こえる。アレルと男が食堂の入り口を見ると、エントが今まさに食堂に入って来た所だった。

「お、おお。トイレにな」

「トイレですか?何度も探しに行ったはずですが……」

 若い男は困惑しながら言った。エントはそうだったのかと言いながら少し考えたように、

「東側のトイレを見落としたんじゃないのかね」

 そう言って首を傾げた。それから客人に気がつくと、嬉しそうに近づいてくる。アレルはエントが来ると、もったいぶった様子で去っていった。

「では、私はこれで。外を散歩してきますわ。今日はとても月が綺麗なんですの」
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