世界で一番幸せな呪い

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2章:贋作は真作足りえるか

プロメノ

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森の中は、外の快晴がウソのように、霧が立ち込めていた。歩くたびに、クロウの髪や顔、衣服が濡れていった。

「ぬぁー、全身濡れるし、むわっとしてるし最悪だな。早く館に着かねぇもんかねぇ」

そうこぼすクロウがふとアリスを見ると、彼女の顔や髪の毛はクロウと同じように濡れているが、その豪奢なドレスは全く濡れてなかった。

「ん?なんでアリスの服は全然濡れてないんだ?」

「あぁ、この服は特殊な繊維と糸で作られているからね、よほどのことでもない限り、この服に外部から何か影響を与えることはできないんだよ」

アリスはそう言い、金色の刺繍が縫いこんである漆黒のドレスをひらひらさせた。

「いいなぁ、俺もそういう服ほしいんだよなぁ。思いっきり戦闘すると、毎回服が破れちまうんだよ。ってか、絶対その服高いだろ、アリスってもしかして結構金持ちの生まれだったりするんか?」

アリスはそんなクロウの問いに対し

「さて、どうだろうねぇ」

とお茶を濁した。まぁ、聞かれたくないことはだれしもあるものだと、クロウは一人で納得し、深く追及はしなかった。その後、二人は無言で歩き続け、半刻程度たったあたりで、更に周囲の霧が濃くなり始めた。先ほどまでは、5メートル先までははっきりと視認できていたが、今は1、2メートルの距離さえはっきりとは見えなくなってしまっていた。

「アリス、霧が濃くなってきたからあんまり離れるなよ」

クロウはそう隣に立っているはずのアリスに声をかけた。しかし、クロウの言葉にアリスが返答することはなかった。クロウは周囲を見回すが、一面真っ白で、アリスの姿を確認するどころか、周囲に映えているはずの木さえ視認することは出来なかった。また、試しに手を周囲に伸ばしてみたが、その手は空を切るばかりであった。

クロウはこのままじっとしていても埒が明かないと思い、アリスの名前を呼びながら、ゆっくりと道を進み始めた。目的地は同じなのだから、いつか合流できると信じて。しかし、一向に目的地には着かず、クロウは自身の進む道があっているのか自信がなくなってきた。

もう、どれほど歩いたかクロウ自身にはもうわからないが、視界が少しづつ開けてきており、心なしか彼の歩調も速くなっていった。その時、クロウの瞳に、少し大きい岩の上に座っている人影が映った。クロウはその人影をアリスだと思い、小走りでその人影に走り寄った。しかし、近くまで来ると、クロウのその考えは誤りであることが分かった。その人影の主は、明らかにアリスよりも身長が高かったのである。

クロウは、警戒しつつもその影に近づいた。やはりというべきか、その人影はアリスなどではなく、やや無造作に伸ばしたような長い髪を持つ金髪の女だった。しかし、クロウの目を一際引いたのは、その女の瞳であった。彼女の両の目は同じ色ではなかった。彼女の左目は、アリスの瞳よりも一層深い色の翠色であり、右目は燃えるような赤色の瞳であった。女は、クロウの方を向くと

「やぁやぁ、こんにちは!こんな森に何か御用でもあるのかな!」

とこのじめじめとした森の雰囲気を吹き飛ばすような陽気さでクロウに声をかけた。その女の顔は端正なものであったが、満面の笑みを浮かべる彼女の顔にクロウは少しだけ不気味さを覚えた。しかし、クロウの性格上、声をかけられて無視するわけにもいかず、彼は返事を返した。

 「あぁ、こんにちは。俺の名前はクロウと言って、この森にはとある館に用事があって入りました。あなたのお名前をうかがっても?」

 「年もさして変わらなさそうだし、敬語なんか使わなくて結構だよ。私の名前はプロメノと言うんだよ、以後お見知りおきを。迷いの森で館っていえば、一つしかないね。あんな不気味な洋館に何か用があるの?」

白く長い足をぷらぷらと遊ばせながら、彼女はクロウに尋ねた。クロウは言うべきか一瞬迷ったが、言ったところでどうなるわけでもないと判断し、プロメノに話した。

「実は、人探しをしててな、どうやらその洋館で働いているらしいんだよ。だけど、森の中で迷っちまって、困ってたんだ。もしその屋敷の場所をしってるなら、どう行けばいいか教えてくれないか?」

彼女は快活に笑って

「あぁ、もちろんだとも。ただ、その前に個人的な興味で一つクロウに聞きたいことがあるんだ。どうして君は彼女を探しているんだ?仲のいい知人だったりするのかい、それとも高い報酬がもらえたりするとかなのかい?」

「いや、そういうわけでもないんだけどさ。やっぱり、困っている人がいるなら助けたいと思うだろ?」

プロメノはその返答を聞いて、一瞬ぞっとするような無表情になったが、何事もなかったかのように笑顔に戻り

「そうか、そうか。ひどく退屈でつまらない理由だね!まぁ、約束した通り、屋敷までの道を教えよう」

そう言って、プロメノは岩の後ろを指さして

「こっちにまっすぐ行けば5分くらいで着くはずさ。それじゃあ、ひどく歪な勇者さん、また会いましょう、さようなら!」

プロメノは張り付けたような笑顔のまま、一気にまくし立てた。クロウが道を教えてくれたことに対し礼を言おうとすると、突然一陣の風が吹いた。とっさに、一瞬目を閉じたクロウだったが、再び目を開けるとプロメノと名乗った女の姿は影も形もなくなっていた。

 クロウはプロメノに言われた通り、岩の後ろ側へと歩き始めた。歩きながら、クロウの頭にふとした疑問が2つ浮かんだ。一つ目は、彼女はこの霧の中、着ていた白いワンピースだけでなく、顔も髪も一切濡れていなかったこと。2つ目は、どうして彼女はクロウの探し人が探しているのが女だとわかったのだろうかと。しかし、頭に浮かんだ疑問に関して、クロウは考えたが、ついぞ答えが出ることはなかった。
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