【月影録】 ー新選組江戸支部ー

愛希

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第一章

香月流、始まりの陣

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 長く続いた選別が、ようやく終わりを迎えた。

 中庭に整列した者たちの数は、もはや最初の半数にも満たない。
 去った者。退いた者。そして──己の志を見失った者たち。

 それでもこの場に残った者たちは、静かに背を伸ばし、まっすぐに前を見据えて立っていた。

 悠臣のまなざしが、ひとりひとりに注がれる。
 そこにあるのは、称賛でも慰労でもない。
 ただ、彼らの“覚悟”を見極めるための、深く澄んだ視線だった。

 やがて、悠臣の口から名が呼ばれ始める。

 ひとつ、またひとつ。
 落ち着いた声が、静かに空気を震わせるたび──
 名を呼ばれた者が、地を踏みしめて一歩、前に出る。

 その足音が、これまで歩んできたそれぞれの道を、静かに刻んでいった。

 ──天城朔也。
 ──御影直熙。
 ──真木智久。
 ──桐原篤哉。
 ──朝倉洸太。

 名が重ねられるたび、中庭の空気が変わっていく。
 緊張が溶け、代わって立ちのぼってきたのは──
 目には見えぬ、だが確かに肌に感じられる“静かな熱”。

 家柄も、生き方も、背負ってきたものも違う。
 剣を手にした理由すら、誰ひとり同じではない。

 それでも今──彼らは、同じ「道」の起点に立っていた。

 名をすべて呼び終えると、悠臣はひと呼吸置き、静かに一歩、前へ出た。

 もはや「選ぶ者」ではない。
 そこにいるのは──道を示し、共に歩もうとする者の姿だった。

 やがて三十人の手に、稽古刀が渡される。
 それを受け取った三十名が、自然と一列に並ぶ。

「構えよ──」

 悠臣が告げると、一斉に稽古刀が構えられる。
 彼らは“ここに立つ”という、自らの意志で動いていた。

 その中で、ひときわ揺るぎないまなざしを向ける者がいた。

 ──天城朔也。

(……ようやく、“ここ”まで来た)

 誰かを傷つけるためでなく、誰かを守るために。
 そのために剣を選び、走ってきた。

(ここからは、“志”で斬る)

 構えた剣先が、そのまま彼の信念を貫いていた。

 ──御影直熙。
 精緻な構えの中に、ほんの微かな震えがあった。
 だがそれは、恐れではない。

(……これが、“名”の外に立つということか)

 与えられる立場ではなく、自ら選び取る誇り。
 その選択が、今この場で、確かなかたちとなる。

 ──真木智久。
 両の掌で、静かに木刀を包み込むように握る。

(……力が、声なき者の盾になるならば)

 理不尽に晒されてきた日々。
 それを許せなかった自分のまなざしを、今こそこの剣に託す。

 ──朝倉洸太。
 控えめな構えは小さくも、内に秘めた火は揺らいでいなかった。

(……誇りを、もう一度)

 失ったものに縋るのではなく、
 守りたいという願いを掲げて、前に進むと決めた。

 ──桐原篤哉。
 立ち姿はどこまでも軽やかで、風に乗る羽のようだった。
 だがその目だけは、どこまでも真っ直ぐだった。

(……さて、どこまで行けるかやな)

 飄々と笑いながらも、誰よりも真剣に、“居場所”を求めていた。
 言葉にはせずとも、胸の奥には確かな覚悟が宿っていた。

 ──そして。
 三十人が一斉に、構えを取ったその瞬間──
 床を打つ足音が、中庭の空気を振動させる。

 縁側でそれを見守っていた美織は、
 思わず膝の上で掌を握りしめていた。

(……これが、兄上の“選んだ人たち”)

 剣のかたちも、心のかたちも、何もかもが違う。
 それでも──たったひとつ、共通していたものがあった。

(みんな、自分で“選んで”ここに立っている)

 それが、どれほど尊く、眩しいものか。
 かつて“選ぶことすら許されなかった”少女には、痛いほどわかっていた。

(……兄上、ありがとう)

 声には出さず、胸の中でそっと呟いた。

 悠臣が見つめる先にあったのは、
「弟子」ではない。「志願者」でもない。

 ──共に、剣の道を歩む“仲間”たちだった。

 三十の稽古刀が、静かに空を切る。

 それは、まぎれもなく──香月流、始まりの陣形。

 床を打つ三十の足音。凛と張り詰めた空気を貫く、剣の気配。

 この瞬間。

 香月流は、ただ受け継がれたものではない。
 ここに──新たに、生まれた。
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